徒然日記
2018年1月分

 日記と言うより、自分の行動記録からの抜粋と日々の雑感です。

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先月の日記          来月の日記


1/31(水)曇り降雪少々 飯川病院ボランティア わらび座公演東海林太郎伝説
 1:00起床。新聞チェック、徒然。午前から飯川病院ボランティアとなる。6:00除雪5回目、8:15レガシー、通り町コーヒー店から徒歩で飯川病院。日本生命スタッフ來訪。13:30-15:00にぎわい交流館わらび座公演東海林太郎伝説。通り町書店経由。間違って添え川線に乗車、終点まで往復。天徳時から徒歩。17:00帰宅、19:00夕食、20:20就寝。BR視聴なし、深夜便数篇聴く。Σ14158歩とかなり歩く。

四季2018年(2) ついに私に冬が来た 1月末日現在の除雪機稼働回数比較
 12月28日に今季初の除雪をした。
 私にとって冬が来た。しかし、その後の一月間ほとんど降雪なかった。

 私にとっての冬の訪れ初除雪の日と決めている。

 1月24日夜間から朝までの降雪5-6cmで風も強く、方々に吹きだまりとなって、5:30-6:20に2回目の除雪をおこなった。私にとっての冬は除雪が必要になる時から不要になるまでの間なので、これからが本格的な冬である。

 私の四季はアクセスが悪い胎盤・臍の緒様の道路の除雪を中心に一年が回る。
 
 今季は雪が多い、と予測されていた。今日までの印象では平年並と思うが、これからの降雪はどうなのか。来年3月上旬迄、私は雪と闘い、戯れる。

 私は毎年1月末日の段階での我が家の除雪機稼働回数を取り出して比較している。
 
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■2010年 13回  ■2011年 9回   ■2012年 14回 
■2013年 21回  ■2014年 11回  ■2015年 7回 
■2016年 2回    ■2017年 8回 ■2018年 5回
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 除雪回数では2013年をピークに、昨年までは確実に少なくなっている。温暖化か?

 今年は予想としては降雪量が多いとされていた。
 しかし、雪のない正月を迎え楽勝かと思っていたら、1月下旬から冬型の気圧配厦が続いた。それもただ事でないほどの寒波と降雪であった。

 1月中旬から下旬にかけての寒波は全国的に規模で、山陰地方、九州沖縄まで降雪があったという。

 県内では冬本番を迎えて各自治体が、除雪予算を追加して計上したと言うニュースが相次ぐが、今年はまだ触れていない。また、秋田市の今年の除雪はちょっと手抜きか、と思う。私の通勤道路は轍が凄い。

 最近の日差しには春の息吹が感じられるが、そう甘いものではないだろう。緊張感を失わないよう、毎朝の積雪状況を見守り、対応したい。


1/30(火)曇り降雪・寒波 外来 飯川病院 +職員学習会 
 1:10起床。本読み、文献チェック。早朝、降雪あり3cm、5:30可燃ごみ対応など。7:05レガシー飯川病院、8:45-12:45外来。13:00飯川病院、13:30職員学習会「高齢者のターミナルケア」、14:00-18;45勤務。18:30プリン届けに広表経由帰宅、19:15夕食、21:10就寝。計Σ7989歩。BRながら視聴:「100分で名著:歎異抄(1)-(3)」再視聴。親鸞の意向よく理解出来ない。

成人 成人式 はれのひ(2) 
 成人式の装いが華美になる一方で、成人式を簡素にしようと言う動きもある。
 振り袖を用意出来ず、成人式に行けなかった新成人もいる。

 一部の自治体が1970年前頃から成人式の開催月を8月に変えた。秋田県でも夏季開催の自治体は何ヶ所かみられる。だが、2014年にずっと夏季に開催してきた石川県の某町が行った調査では、1月開催を希望する人が約7割いて、その理由の1位は「振り袖・着物を着たい」、「着せたい」だった。

 うーん、はやり女心は分からない。
 個性が主張されている時代、女性たちはなんでこんなワンパターンの装いにこだわるのだろうか。
 <img src="https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/e2/ba5bfa2b86f41e8b398f08644d54d5cf.jpg" border="0">
 (今年の秋田市の新成人は2898人、女性1401人/男性1497人 広報秋田より引用 失礼ながら、観光地にある顔だけ入れて写真を撮るセットでも間に合いそう)

 私が購読している新聞4紙の読者の声他で成人式、「はれのひ」関連の意見は以下の様なものがあった。一部抜きだした。
????????????????????????????-
■一生に一度の日が台無しになり、かわいそう。
■振り柚を着るまれな機会にひどい。業界不信が広がり、和装が減らないか心配だ。  ■そもそも成人式に振り袖が必要だろうか??
■華美になると種々事情で式に出にくい人もいるだろう。
■高い費用は親の負担だろうか、本人だろうか??多分前者。
■振り袖一色となるより、個性を出して。
■娘や孫に着物を新調したが着たのは一度きり。
■着飾って騒ぐ日ではなく、質素でも自立を考える日にしてほしい。
■成人という節目。世の中をよくしようと行動する機会にしてほしい。
■成人年齢を18歳に引き下げる前に、この年代の若者に様々な視点で「成人とは何か」を語り合って欲しい。
■・・・
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 そうそう、10数年前までNHKが青年の主張と言う番組を放送していた。私はこれを聴くのが好きだった。大人のズルかしこさがない青年達の主張はいつ聴いても新鮮であった。
 しかし、いつしか番組から消えていた。かつては5000人はいた応募者も2000人程度にまで減り、2003年度の50回目の開催を節目として中止にした、と言う。続けて欲しかった。とても残念である。

 成人の日に問題が発覚した「はれのひ 」の社長は1月26日に公の場に姿を表し謝罪会見した。信じ難い事件であるが全容の解明は始まったばかりである。


1/29(月)くもり降雪 健康クリニック  飯川病院 除雪5回目
 0:30起床。本読み、文献チェック等々いつもと同じ。5:30-6:10積雪5cm除雪5回目。
6:20レガシー出飯川病院に。渋滞。9:00-11:15健康クリニックドック13人。11:45飯川病院、微睡、14:00-19;00勤務。入院患者対応、19:00帰宅、夕食、20:00就寝。BRながら視聴:「ザ・プロファイラー;エリザベス1世」。計Σ11049歩。

成人 成人式 はれのひ(1) 
 成人とは、広辞苑によれば心身ともに成長して、一人前の人間になること、または、そのように見なされること。現在では日本では満20歳以上の男女をいう。
 政府は今の通常国会に民法の成人年齢改正案を提出する予定で、2022年4月の引き下げ実施を目指している。すでに選挙権が18歳に引き下げられたから、合わせて成人の資格を与えようと言うもの。

 成人に達すると何が変わるのか??、
 親の同意なしに、結婚ができ、車や家などをローンを組んで購入したりできる。また、公認会計士司法書士や行政書士、土地家屋調査士、社会・保険労務士などの資格がとれるようになる。実際にはこれらの資格取得は結構難しく、年齢が早まることはないと思われる。

 成人式は、日本では地方公共団体などが、多くは成人の日近くでに成人に達する人々を招き、激励・祝福する行事である。敗戦間もない1946年(昭和21年)11月12日に現在の蕨市において実施された「青年祭」がルーツとされている。

 従来までの成人式の話題と言うと、呆れる程にワンパターンに着飾った新成人女性達の姿、最近少なくなったが荒れた成人式?かなと思う。

 なんで成人式で女性達はワンパターンに着飾るのか??
 これだけ個性が珍重される時代、振袖、白いショールに身を包むのか?
 私の理解を越えている。女性の気持ちは理解できるものではない。ましてや若い娘など、解らない。尤も、我が家の娘もかなり前に御多分にもれずそんな格好で式に出席し、写真に納まっている。

 今年の成人式の話題といえば着物の販売・レンタルなどを手がける「はれのひ」が突然店を閉じ、成人の日の8日、多くの新成人が晴れ着を着られなかったと言う事件が発生した。私には全く予想も出来ないことで驚いた。成人式を当て込んだ、こんな大規模な業界があったのか??ひたすら驚くばかりであった。

 いつから、振り袖が成人式の制服の様になったのか。
 大戦後に着物業界が成人式に注目したのがきっかけだという。未婚女性の礼装である振り袖を成人式に着てもらおうと、呉服業界、百貨店が強力に動いた、という。成人式は着物業界にとってかき入れ時で、呉服市場約2800億円でうち700億円程度が成人式の振袖関連らしい。

 今年、多くの新成人が振り袖を善られずに涙した。2年前から予約し、60万円を払い込んでいたという新成人もかなりいたと言う。成人人口が滅る中で、客の奪い合いが激しくなっているから、契約が早くなっていると言う。

 そのうちに小学生あたりから勧誘が始まるかも知れない。わが家の孫の場合はどうなるのだろうか。まだ就学前だが、そんなことが頭をよぎる。


1/28(日) 寒波風雪一段落 曇り 
1:20起床。読書・新聞・文献チェックなどいつものごとく。終日読書、データ整理で過ごす。除雪不要。12:00NHK TVニュース、のど自慢楽しむ。微睡後BR視聴:「映画:君の名は」をじっくり観る。それでも理解困難。19:00夕食、20:30就寝。計Σ4747歩。

終末期医療(4) 生きる権利もあれば、死ぬ権利もある
 尊厳死法制化の背景には延命治療を中止した医師に責任を問わないという免責がある。かつてはそのような場合、医師は殺人罪を問われていた。だが、厚生労働省の終末期医療に関するガイドラインができた2007年以降、延命治療を中止した医師が法的責任を問われたケースはない。

 終末期の治療方針の法制化について2014年の厚労省の調査では、「定めなくてもよい」、「定めるべきではない」との回答が国民の53.2%、医師は71.3%であり、医療の現場では尊厳死法制化に消極的な声が多い。人生の終末期にどんな死を望むかは個別性が高く、尊厳死の法律ができると、むしろその選択枝が狭まる可能性がある。

 厚労省も法制化よりも患者との対話をより充実させて記録に残す方向性に向いている。
だから、尊厳死の法制化は我が国では出来ないか、或は大幅に遅れるだろう。

 高齢者は意に沿わない医療を回避するためには元気なうちにリビングウイルを書面で残しておけばいい。いわゆる死生観の表現である。治療方針も病気や事故の際にどうするか、高齢者は認知症が進んだ時などに分けて記載しておくといい。そして、家族や医師と話し合い、納得性を高め、合意の中で緩やかな環境の中で人問らしく終わるのが良い。
 
 終末期医療の現場は、徐々にかつての自然なみとりの状況を理想とし、徐々に近づきつつあるようにみえる。
 私は昭和30年頃、まだ子供であったが医師であった祖父に連れられて臨死患者の往診について行った事がある。そこでの死は全て穏やかで、私の医療観のもとになっている。

 欧米諸國、最近では韓国でも、延命治療の中止による尊厳死、薬物投与による安楽死を法制化している国か少なくない。

 以下にその例を示した。
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■1977年 米カリフォルニア州自然死法施行
■1997年 米オレゴン州尊厳死法施行
■2002年 オランダ安楽死法施行
■2002年 ベルギー安楽死法施行
■2005年 フランス尊厳死法施行
■2009年 米ワシントン州尊厳死法施行
■2016年 韓国延命治療中止法制化
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 2016年のリオデジャネイロ・パラリンピックで2個のメダルを取ったベルギーの車いす陸上女子の元選手M.F氏(38)は2008年に安楽死の許可を得た。進行性の脊髄の病気で時折激痛に襲われる。念願の来日が実現した際、関係者に「自分の最期は自分で決められるようになり、心が平穏になった。安楽死はより良く生きるために必要・・・」と話した。

 一方、生物学者の池田清彦早大教授は、「いのちは自分の所有物ではない。だから、死ぬ権利はない」と述べている。

 私は「いのちは自分のもの、死ぬ権利もある」と思っている。そう簡単には社会的にコンセンサスは得られないだろう。高齢化社会、多死社会を迎えやっと生きる事の意義が問われ始めてきたレベルである。


1/27(土)寒気降雪緩む、晴れ 除雪4回目  
 1:30 起床。録音データ整理他何時もの朝と変わらず。積雪5?6cm、本日は時間的に余裕があり、一時間遅らせて6:30-7:30に4回目除雪。必需品のノイズキャンセルヘッドフォン不調となる。その後倦怠感あり微睡休息。午前午後と読書とデータ整理。ネコとたわむる。玄関前、プリウス上の雪の排除若干。19:00夕食、21:30就寝。歩数計Σ12851歩。

終末期医療(3) いのちは誰のもの?? 死ぬ権利は無いのか??
 最近、高齢者医療の中で、延命治療や過剰医療を廃した自然死、平穏死、尊厳死など取りざたされているが、それでも無理矢理死の過程に枠をはめる死のかたちであり、個人の自由は無い。自由になるのは今のところ唯一、自死しかない。なのに自死は責られる。
 
 自死も多様であって、いじめや生活苦など、生き難い状況や社会の中で選ぶ自死は強制死であり、間接的他殺に近い。この場合、原因として社会そのものよりも個人の資質のほうが安易に問題にされるが、これは問題である。私の目でいじめ問題の第三者委員会の検討結果を見ると、自死との因果関係の判断が歯に絹着せた様に甘すぎる、と思う。

 自死の原因別では、秋田県の場合、健康問題が40.3%>経済・生活問題>家庭問題>勤務問題6.4%であった。
 健康問題の場合、自分で死の形を選択出来ずに自死を選ぶのは二重、三重に悲惨は最期である。自死ができたと言うことはまだ健康状態に余裕がある、と言う事である。自分の先々の姿を読んで不安が高じて来る。
 健康問題に起因する自死を防ぐために、個人の自由と尊厳を守るために、私は安楽死も選択の中に入れるべきと思う。

 自分はどのような死を望むか、常に考えているが結構楽しい作業である。
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 前程は、私のいのちは自分のもの、誰でも死を迎える、死には「救い・解放・安息」という魅力がある、ということである。

■ 他人の、医療者の、家族の、法などの介入のない死
■ 基本は在宅死。孤独死・自殺もありうる
■ 入院・施設死なら、延命不要 家族の見守りも不要       
■ 生きている意義を享受できない状態、食べられなくなったら終わり。
■ 点滴、高カロリー輸液、鼻管栄養、胃瘻希望せず、餓死希望
■ 何もしないで死を待つのは生きるより辛い。可能であれば意識あるうちに安楽死を希望する。    

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 尊厳のある自分らしい死に反対する人はいない・・・はずである。
 尊厳死の法制化を望む人も反対する人も、ともに人間らしい安らかな最期を願っている。ただ、尊厳死の法制化は終末期医療の現場を縛り、むしろ尊厳死ができなくなると懸念する声もある。多様な考えは尊重すべきだが、人様の考えは分からない

 尊厳死は過剰医療、延命治療を廃した、一見理知的で格好の良い死に方の選択であるが、私はそうは思わない。苦悩の押しつけである。「ただベッドに横たわってひたすら死を待つ」なんて辛いからそうなる前に死なせてほしい。

 然し乍ら、日本では安楽死はもちろん、尊厳死の法制化も国会で議論されたことはない。何しろ日本医師会ですら「従来の延命至上主義からの脱却」なんていま頃提示する程で、いのちの議論は大幅に遅れている。

 「これ以上、生きたくない」と個人として納得した死を迎えることは何の問題もないはずである。一方、「個人の死ぬ権利」を法で定めるのは早計で、死のルール作りの前にもっと良い生きる環境を考えるべきだ、という発言が必ずついて回る。
 理屈ではそうだが、生き難い環境は天国にでもいけば無くなるだろうが、人間は生き難さとの戦いを強いられている動物である。
本:「このあと どうしちゃおう」ヨシタケシンスケ著 ブロンズ新社 2016年 1512円(1)
本:「このあと どうしちゃおう」ヨシタケシンスケ著 ブロンズ新社(2)

 そもそもわれわれ人間に「死ぬ権利」はあるのか??憲法には守られる権利はあるが「死ぬ権利」は認められていない。憲法改正論議の議論にこの項目を入れてほしい。


1/26(金)秋田降雪若干・大曲激しい降雪 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
 1:00起床、文献チェック他本読み等いつもと変わらず。5:00可燃ゴミ提出。積雪5?6cm、5:30-6:20除雪3回目。7:20Taxi駅に。渋滞激しいも何とか間に合う。8:10こまち。大曲激しい降雪、駅病院間徒歩出来ず。帰路こまち30分遅れ。14:15飯川病院着、ボランティア。入院対応。19:00Taxi帰宅、夕食、20:00就寝。BRながら視聴:「100分で名著:歎異抄(3)(4)」、「知恵泉:徳川家光(1)(2)」。歩数計Σ13224歩。

四季2018年(1) ついに私に冬が来た
12月28日に今季初の除雪をした。
 私にとって冬が来た。その後、降雪の日が続くかと緊張したが、その後の一月間ほとんど降雪無く肩透かしを食らった感じであった。

 私にとっての冬の訪れ初除雪の日と決めている。
 記録を確かめると、2013年は12月13日、2014年は同16日、2015年は同27日、2016年は1日12日、2017年は1月6日、今期は2017年12月25日であった。温暖化?のためか徐々に遅くなってきている。今季は昨年末であったが、その後は除雪を要す降雪は一度もなかった。

 1月20日は二十四節気の1つ「大寒」であったが、秋田県内は午前を中心に晴れ間がのぞき、秋田地方気象台によると、26観測地点中25地点で、平年よりも0.1〜5.0度高かった。秋田市は歩道沿いなどに雪はほとんど見られなかった。

 1月24日夜からは日本列島は数10年振りと言われる寒気に覆われ、東京他関西地方でも20cmほどの降雪があり、交通機関を中心に大混乱となった。秋田では夜間は -5〜7℃といつもより冷えた。

 24日夜間から朝までの降雪5−6cmで風も強く、方々に吹きだまりとなって、5:30-6:20に2回目の除雪をおこなった。私にとっての冬は除雪が必要になる時から不要になるまでの間なので、これからが本格的な冬である。いつ降るのか期待半分、不安半分で過ごしていたが、これでむしろホッとした。

 県内は厳しい冷え込みか続き、路面の圧雪や凍結に伴う交通渋滞が各地で発生し、鉄道ダイヤも乱れた。25日朝は盛岡で-11.0℃、東北秋田新幹線計5本が最大約50分遅れた。気象台によると、県内は26日も強い冬型の気圧配置が続き、激しい降雪があるとの予報である。 

 本日、大曲中通病院の診療応援であったが、大曲の降雪の様は秋田とはスケールが全然ちがう。道路脇には雪がうずたかく積まれて道が狭まり、屋根には50−60cmの雪があった。ここ2日間に激しく降ったという。

 私の四季はアクセスが悪い胎盤様の道路の除雪を中心に一年が回る。
 いつも、冬の除雪をのことを思っている。むしろ雪がないときほど深刻に思い、やや落ち込む。雪が降ってしまえば、もう迷いは無い。降るなら降れ!!! 連日でもいい。朝早くから心は外に向かい、除雪をどのようにしようか、と考え、ウイークデイは早めの出勤のために5:30にエンジンを始動する。
 
 今季は雪が多い、と予測されていた。これからの降雪はどうなのか。来年3月上旬迄、私は雪と闘い、戯れる。


1/25(木)寒波降雪 除雪2回目 外来 飯川病院 
 0:50起床、新聞・文献チェック他いつものごとく。朝までの降雪5?6cmだが吹きだまりあり。5:30-6:20除雪2回目。7:00レガシー飯川病院着。8:45-13:00中通外来+人間ドック判定総括。今週は外来患者数少ないが内容で疲弊。13:30-18:30飯川病院、19:15帰宅、夕食、就寝21:30。歩数計Σ12668歩、除雪関連。

終末期医療(2) 日本医師会の答申
 日本医師会の生命倫理懇談会が、会長に「超高齢社会と終末期医療」の答申をした。

 答申は、以下の項目からなる。
―――――――――――――――――――――――――――――――-
 (1)はじめに、(2)超高齢社会における終末期医療の現状と課題、(3)本人の意思決定とその支援、(4)終末期医療におけるケアの質、(5)おわりに


 項目別提言の概要
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 (2)超高齢社会における終末期医療の現状と課題
 「従来の延命至上主義からの脱却」、「医療・ケアチーム、家族等の関係者の合意を目指す努力とプロセスの重要性」など4点にまとめた。
 課題として、■患者の意思決定による終末期の生き方と平穏な死を実現するための意思決定支援の仕組み、■終末期医療の質の向上を図る、の2点を提示した。

 (3)本人の意思決定とその支援
 アドバンス・ケア・プランニング(ACP)の重要性や、意思決定支援において、かかりつけ医が担うべき役割の大きさが指摘された。
 「高齢者の意思決定支援」については、■独居生活者、在宅医療下での意思決定支援、■成年後見制度とその問題点―の3項目を取り上げた。
 ケア提供者ができる限り情報収集をすること、本人が意思決定能力があるうちに何らかの意思表示をする様進めていく。
 成年後見人には医療的判断をする権限がないから、制度に頼る必要性を少なくする様な支援が重要である。

 (4)終末期医療におけるケアの質
 「本人の意思に反するケアは質の良いケアと言えない」という基本を確認した上で、本人の意思に基づき、かつ本人の人生にとって最善となるケアを実現することは重要。
 緩和ケアについては、終末期であるか否かを問わず、疾患の全時期を通じて早期から必要に応じてなされるべきであり、疾患への対応とQOLをターゲットとするケアを併せて行うこと等を通じて、尊厳ある生および死を実現することが重要としている。


感想 日本医師会の答申を読んで
―――――――――――――――――――――――――――――――-
■「従来の延命至上主義からの脱却」
■「医療・ケアチーム、家族等の関係者の合意を目指す努力が重要」
■「終末期医療の質の向上を図る」
■「独居者、在宅医療下での意思決定支援」
■「本人の意思に反するケアは質の良いケアと言えない」
■「本人の人生にとって最善となるケアを実現する」
■「緩和ケアは、疾患の早期から必要に応じてなされる」
■「疾患への対応とQOLをターゲットとするケアを併せて行う」
■「尊厳ある生および死を実現することが重要」

 上記の如くの耳当たりの良い文章が並んでいるが、実際に終末期医療に携わっている実地医家、医療福祉関係者にとっては「何を今更・・・」という感が強い。少なくとも私にとってはそうである。

 ここでも、私は、3歩進めて安楽死の方向についても言及して欲しいと思う。


1/24(水)寒波降雪 一気に冬景色に 飯川病院ボランティア
 1:00起床。文献チェック他。徒然。自炊。蓄積データ整理。降雪は3-4cm、除雪なし。8:45レガシーにて飯川病院、終日ボランティア。13:00-17:30大学病院に。入院患者対応数件。19:45帰宅待ち夕食、20:45就寝。BRながら視聴「世界はいま:リトアニア」など2本、「池上:2018国際的ニュース」など、歩数計Σ9001歩。

終末期医療(1) 厚労省が指針を改定する方針
 厚労省は終末期医療に関し治療方針の決定手順などを定めた国の指針(2007年)を改定する方針を決めた。

 2007年に厚労省は終末期医療に関する治療方針を策定したが、指針の策定のきっかけとなったのは、2006年に発覚した富山県・射水市民病院の人工呼吸器取り外し事件がきっかけだった。
 2000年から2005年にかけて、7人の患者が外科部長によって人工呼吸器を取り外されて死亡していた。患者は50歳代から90歳代の男女の7人、内5人は末期ガン。いずれも意識がなく回復の見込みがない状態だったとされる。1人は家族を通じて本人の同意が得られていたとカルテに記載があった。残りの6人は、家族の同意のみが得られたと記されていた。この事件で、医師2人が殺人容疑で書類送検され、後に不起訴となった。

 この事件がきっかけとなり、行政や学会で終末期医療に関するガイドラインを作る動きが活発化した。厚労省が2007年6月にまとめたガイドラインでは、医療・ケアチームと患者・家族らによる慎重な手続きを踏まえた決定の必要性が強調された。

 また、2007年10月に日本救急医学会が指針を作成した。 治療中止が許される4類型が提示されており、厚労省のものよりも一歩踏み込んだ内容である。

 2015年に「終末期医療」を「人生の最終段階における医療」と名称を変えたが、内容の変更はなかった。今回が初の改定となる。
 国は、住み慣れた場所で最期まで暮らせるようにする「地域包括ケア」や在宅医療の普及を進めており、それらに合わせて指針の見直しが必要と判断した。

 現行の指針は,
―――――――――――――――――――――――――――――――
■患者本人による決定が基本
■患者と十分話し合い、合意内容を文書にまとめる
■医療・ケアの方針は多職種のチームで判断
■可能な限り苦痛を緩和し、患者と家族を精神的に社会的に援助する、など。


 改訂の検討事項の骨子は、
―――――――――――――――――――――――――――――――
■患者本人による決定を基本とし、医師や看護師・ソーシャルワーカーら多職種のチームで判断
■患者と医師らが十分話し合い、合意内容について文書を作成
■可能な限り苦痛を緩和し、患者と家族を精神的、社会的に援助
■患者の意思を確認できない場合は、家族による推定意思を尊重
■治療方針の決定が困難な場合は、複数の専門家による委員会で検討
■自宅や介護施設でのみとりへの対応
■患者、家族、医師らが本人の人生観を踏まえて繰り返し話し合う

―――――――――――――――――――――――――――――――

 終末期医療の現場では近年、患者と家族、医師らが治原円容や療養場所を繰り返し話し合って決めるアドバンス・ケア・プランニング(ACP)という取り組みが進んいるが、その考え方も取り入れる方向という。

 私は、3歩進めて安楽死の方向も考慮して欲しいと思う。


1/23(火)寒波 降雪少々  外来 飯川病院 
1:00起床。新聞チェック、徒然他。昨日からの積雪2cmほど。6:00可燃ごみ集積所に搬出。6:50プリ飯川病院へ、8:45-13:00外来。14:00-18:45飯川病院、秋銀、JAバンクスタッフ来訪。19:30帰宅、夕食、21:15就寝。歩数計Σ7472歩。

トランプ大統領1年(2) 政権2年目も、さらなる混迷を覚悟せざるを得ない??

 トランプ米大統領が就任1年を迎えた。

 威圧的な政治手法を改める兆しはなく、政権の安定は望むべくもない。
 場当たり的な政策決定は米国民を右往左往させ、国際社会を右往左往させ、米国の国際的な地位の低下を加速させた。

 この一年間のトランプ米大統領の主な政策は以下の様にまとめられる。
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■法人税率の大幅な引き下げ(評価?)
■行き過ぎた規制の緩和など(評価?)
■支持基盤である白人貧困層の歓心を買うために人種差別的な発言繰り返す
■多民族融和・国民統合の努力を崩壊
■国際秩序を揺るがし、話し合い、譲り合いでの気運排除
■環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱
■地球温暖化に関するパリ協定からの米国の離脱宣言
■世界を弱肉強食の時代に逆戻りさせた
■中国やロシアの膨張志向許容
■米メディア批判
■北朝鮮への対応が危惧、相当に複雑かつ深刻な状況に置かれている
■エルサレム首都宣言
■ロシアゲート問題 氏が窮地に追い込まれる可能性も否定できない
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 政権2年目も、さらなる混迷を覚悟せざるを得ない。
 トランプ就任以降、世界は地図、羅針盤を失った船団と化して、どこへ向けて航海しているのかもわからず、どこに停泊地があるのかもわからない、という状態に陥っているように見える。

 北朝鮮問題も落としどころが分からない。日本の「平和」も、もろく不安定な国際関係の上にあることを知っておく必要がある。


1/22(月)晴れ寒波 健康クリニック 飯川病院
 0:20起床、新聞データ化、蓄積画像処理、一部廃棄、本読み、徒然。
7:15プリウス飯川病院へ。9:00-11:00健康クリニックドック。胸部レ線コンピューター化。11:30飯川病院へ。読書など、14:00-18:45勤務、入院患者対応。JAバンク医療センター支店解約。19:00帰宅、夕食、20:30就寝。BRながら視聴:「映画:君の名は」、結局よく分からん作品だ。歩数計Σ7207歩。東京は積雪20cmで大混乱、秋田は雪なし。明日以降が荒れるらしい。

トランプ大統領1年(1) 世界のバランスは崩壊しつつある
 大統領選を米国特有の偉大なジョーク?と捉え、選挙の過程でいずれはトランプ氏は消えていくと、思っていた。私も傍観者として結果に驚いたが、選挙結果に最も驚いたのはトランプ氏自身でなかったのか?

 トランプ氏の暴言虚言は選挙に勝つための方便であり、政権に就けば現実志向になる・・・、こんな意見は1年前によく耳にした、私もそう思っていた。此の楽観論は全く当て外れだった。トランプ氏は裏表が無い、単純な方ということが分かった。

 トランプ大統領1年経過した。
 大統領としての発言は従来の流れを排することを辞さない急進的、刹那的なものが多く、世界第一の経済力、軍事力を持つ大国の大統領として政治的手腕に長けているとは思えない。異次元の不確実性?を持つ政権だと思う。 

 報道された内容から見ると、言いたい放題の大統領の発言の中には、確かに納得できる内容も多数含まれる。しかしながら、米国の大統領がポピュリズム的価値観が優位であることは危険である。ポピュリズムは簡単に言うと、「下からの運動」、「生活者からの運動」と集約できる。ポピュリズムには政治理論よりも生活実感が優先する。

 米国の政治にはプロフェッショナルが求められるのに、である。
 米国は軍事力だけで世界をリードしてきたのではない。人権の尊重、民主主義、市場経済といった普遍的な価値こそが米国の支配力の源泉だった。そこに米国の存在意義があった。トランプ氏はそれらを手放してしまった。そして世界のバランスが狂って来た。

 この扱いづらい大統領と全世界はどう付き合うかである。

 EU連合諸国もこの間に多少は落ちつきを取り戻した様に見える。大規模テロも15年のパリ同時多発テロほどの大事件は生じなかった。しかし、欧州はEUを維持するので手がいっぱいで、もはや世界の紛争に関与するどころではない状況にある。

 この間、中国が急速に大国化を進め、いまや、現代版シルクロード構想「一帯一路」を軸に、ユーラシア大陸の東から西まで影響力を及ぼそうとしている。そして、習近平国家主席は、中国こそがグローバリズムと自由経済を守護する、と述べておリ、欧米は指をくわえてそれを傍観しているだけなのである。

 要するにアメリカの理念・指導力はトランプによって形骸化した、と言うこと。代わって中国が台頭してきている。

 トランプ大統領就任1年で世界のバランスは崩れ始めて来た。この動きがもたらすものはとてつもなく大きい。


1/21(日)寒波・降雪若干 飯川病院当直医補助
1:30起床、無風、雪なし。本読み、文献・新聞チェック。録音データ整理。午前は若干の降雪あり。サッシ窓ロックとかネコ対策など。以降は終日読書、文献整理等。午後は久々書斎ですごす。BRながら録画:「N響定期公演2本」、「らららクラシック:コントラバス」、「題名のない音楽会:伊福部作品、マユズミ作品」。14;30休宝寺に家内迎え、客人を秋田駅に。16:00-19:00飯川病院の当直医補助。19:30帰宅、夕食、20:15就寝。「映画:君の名は」途中まで。歩数計11041歩。

生老病死2018(2) 自死は責められるべきか
 他の方の感覚はわからないが、私にとって自分にとっての死は決して不自然なことでなく、恐れるべきものではなく、身近な存在である。職業柄、患者即ち他人の死についても日頃からいろいろ感じ取れ、個々の人生に感慨をもつ。

 私は72歳で高齢者だからいつ死んでもおかしくはない。いつその日が来ても受け入れるしかない年齢である。だから、私以上の年齢の方の死はほぼ当然の事象であり、その死を悔やむと言う意味では殆ど関心はない。

 自死は不自然な死である。それでも自分に関係のないことだ、とは考えていない。人には死ぬ権利があると思っている。私のいのちの使い方については最終的には誰からも指図を受けたくは無い。

 死はあらゆる苦痛、苦悩からの解放であり、安息の獲得と思う。むしろ、死が、家族の価値観、他人の価値観、社会の価値観で、安易に医療に委ねられ、不自然な形で生きながらえなければならない現実の方に疑問を抱いている。

 最近、高齢者医療の中で、延命治療や過剰医療を廃した自然死、平穏死、尊厳死など取りざたされているが、それでも枠をはめた死のかたちであり、個人の自由は無い。自由になるのは唯一、自死しかない。私は自死を防ぐためにいわゆる安楽死も個人の自由と尊厳を守るために選択の中に入れていいと思う。

 ただ、社会に殺されるような形で、生き難い状況の中で、死を選ばなければならない状況は困る。自死を選ぶ個人の資質の問題もあるが、これは社会による強制死である。悲惨ないじめによる自死も同様である。教育現場の責任は大きい。

 また、誰でも経験するであろう自我の形成の過程で生きることへの疑問等に端を発する自死もあるが、これは一時的な通過儀礼的生長過程だから、これも防がなければならない。
 政府は昨年7月に策定した新たな自殺総合対策大綱で、若者の自殺対策を重点施策として褐げた。12月の関係閣僚会議でSNS上で第三者による自殺を誘引する書き込みの削除や、自殺について投稿した人を早期に相談機関につなぐなどの再発防止策がとりまとめられた。
 労働環境の是正、教育現場におけるいじめ自死対策、この様な動きは必要である。

 自死は「この世の中に生きる意味や価値がなかった」という主張である。自死には必ずこの様な問題提起があるから、関係者にとっては大変である。反論したくても、心情を理解したくとも、相手はもう居ないから、解決する事はない。理解し難い気まずい気分が生涯晴れる事はない。

 いのちの使い方については最終的には自分という考え方に立っても、自死がもたらす影響は余りにも大きい。


1/20(土)晴れ、総長は底冷え、比較的温暖   
 1:30起床、久びさ自宅で過ごせそうな週末。新聞チェック、文献読み。降雪なし。早朝は何時もの如く。午前は居間のメインテーブルの脚修理と固定。40年以上使用しているからです愛着あるも、予想以上に難渋す。居間のサッシドアにもネコ用ロック完成。午後は座学。16:00-18:30買物送迎で飯川病院で過ごす。BRながら録画:「そこまで言って委員会」2本。19:00帰宅・夕食、20:30就寝。歩数計Σ11305。

生老病死2018(1) 自死者数は全国的に減少 秋田でも減少 
 毎年この時期になると自殺に関する統計が発表になる。

(1)全国的状況
 自殺する人が減り続けているが、若者の自殺が増えている,
 警察庁が19日に公表した昨年1年間の自殺者数は、前年より757人少ない2万1114人で、8年連続の減少となった。
 警察庁は1978年に自死の統計を取り始めた。しばらく2万人台で推移後、1998年に3万人超に、2003年に3万4423人となった。2012年以降は2万人台が続いてきた。昨年は、2015年より2261人減り、過去最大の減少となった。
 
 厚生労働省の昨年1-11月の分析では、未成年の自殺は増加。20代も微減どまりで若者への対策が急務となっている。この間の自殺者1万9754人のうち、40-49歳が3416人で最多。20歳以上は全年代で減ったが、19歳以下は29人増えて516人だった。20代は2053人で、5人減にとどまった。19歳以下の年間自殺者数は近年、500〜600人ほどの横ばい状況が続いている。

(2)秋田県の現状
 県警によると、2017年の県内での自死者数は245人で、前年より18人減、記録が残る1979年以降最少となった。減少は2年連続で、65歳以上の高齢者は101人で70代以上が大きく減少した。
 16年と誌べ、60代が15人、40代も2人、10代以下が3人増となった。
 原因別では健康問題が40.3%>経済・生活問題>家庭問題>勤務問題6.4%であった。

(3)減少の背景
 自死は個々のケースごとに事情が大きく異なる。
 全国的に見た場合、近年の自死者の減少は自殺対策基本法と関連施策が充実し、市民への啓発が進んだことに加え、介護や家庭内暴力、いじめなど孤立しやすい人に向けた対応、労働関連過労死対応の効果と考えられる。

 本県では民・学・官の連携による自死対策が進んでおり、「秋田モデル」と呼ぱれて全国的に高い評価を得ている。秋田県の自死者は2003年に559人、昨年は245人で大幅に減少し、全国の減少比率に優っている。これは関係者が10年以上の歳月をかけてつくり上げた連携の成果である。
 県自殺予防対策推進会議では、18年度から5ヵ年計画「県自殺対策計画」、■ガン・慢性疾患患者の心のケア強化、■自殺未遂者への対応力向上、■児童生徒の「自らを守る力」の強化、などに取り組むことを明らかにした。一層の減少が期待できるとしている。

 関係者の地道な活動は評価したい。


1/19(金)曇り 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア 
 1:00起床、文献チェック他本読み。5:30可燃ゴミ集配所に。降雪なし。7:30Taxi、飯川病院経由駅に。8:10こまち。大曲雪溶けていた。徒歩病院、9:00-12:10大曲中通病院外来。13:45市民市場経由。業務用スーパーが入店していた。飯川病院ボランティア、外来、入院対応。読書など。19:00帰宅・夕食、20:30就寝。BRながら視聴:100分で名著「歎異抄(2)」。歩数計Σ7826歩。岩手日報購読中止、情報過多と郵送価格高騰のため。残念です。

家内・福田二代の随想(2) その生き方から学ぶことは大きい
 家内の病気に対する姿勢からは学ぶ事が多い。

 大腸ガンを患い、頻回の再発を手術と化学療法で乗りきり、12年間にわたり淡々と治療を受けてきた。何でもかんでも生き続けることにこだわった生き方ではなく、自分の人生を静かにまとうする為に、自分の運命を受け入れ、やるべき治療を受け入れてきた様に、私には見える。

 淡々と治療を受けて来たと、本人は随想に記載しているが、化学療法に於いては側から見ている私の目から見ても、かなりの副作用、合併症に耐えてきた。化学療法直後から食欲を失い、1週間で4Kgも体重減少が生じ、次の2週間で回復し、次の治療を受ける、そんな生活を2008年から間欠的に7年間も継続した。最終的には副作用のために化学療法継続は困難となった。

 化学療法後は倦怠感が強く、飯川病院の業務継続も困難と思われたが、ほとんど休む事なく現在まで続けてきた。これは驚きである。スタッフからの求めに十分対応出来ずに後指をさされたことも少なくなかった。そんな事もあって、いま、私は体力が落ちつつある家内の援助のために、午後週3日は飯川病院の補助医師として、ほかの日はボランティアとして援助している。

 少なくとも私と家内は、自身の病気に対する考え方とは大きく異なっている。

 私は、もし自身に、予後不良な悪性疾患が見つかった場合には、自然経過に身を委ねようというものである。自身や家族に対して実に無責任であった。家内の姿勢をみて反省した。もし、ありえない仮定ではあるが、家内が私と同じ様な考えであったなら、もうとっくにこの世にはいなかったはずである。そういう意味では、家内の考え方は正しかった。学ばされた。

 もちろん医師である以上、患者の場合には標準的な治療を中心に治療計画をたて実行する。あるいは専門医に紹介する。それが医師の勤めである。

 私は2008年3月、職員検診で肺ガンを濃厚に疑われた。経過観察の結果、幸いに肺ガンではなかったので今生きている。
 指摘された時点で悪性か否か、もう体内では決まっていることだから、どちらでも良い。悪性の場合は、どうせ結果に大差ないから焦って知る必要もない。だから、無検査・無治療で行こう、と決めた。
 私の外傷歴・疾病歴(5) 疾病歴(3) 肺ガンが疑われた

 結果として、6月の胸部レントゲンは異常陰影が縮小し、まず肺ガンは否定的となった。
 私は元来、人生は無常と考えており、与えられた運命を受容する方である。肺ガンの疑いは幸い間違いであった。もしそれが本当ならもう私はこの世にいなかった。

 私はつくづく運のいい人間だと思う。家内からはそのほかにも多くを学んでいる。感謝である。


 1/18(木)曇りのち晴れ 外来 飯川病院 
0:30起床、新聞・文献チェック他。寒波厳しいが夜間積雪なし。7:15プリウス飯川病院。8:45-12:45中通病院外来+クリニックドック判定総括。13:30飯川病院。入院患者対応。秋銀スタッフ來訪。19:00帰宅、夕食、21:15就寝。歩数計Σ7987歩。

家内・福田二代の随想(1) 「年男・年女になって」 久々の投稿を紹介 
 年女なんて,気にしたことはありませんでした。
 還暦を迎えた2006年は、
 @上行結腸ガン(StageVb)の術直後であったので「もう十分生きた。子供達も一人前になったし,いつ死んでもいい筈」と自分を納得させました。その時,秋田医報のエッセイに『3年位は,何とか持ちそうだ』と書いたので,12年も過ぎた現在,経過を報告する義務がある、と筆をとりました。病気が私に教えてくれたこと 

 この12年間の生活は決して平穏ではなく,ガン関係で5回,痔と白内障も入れると7回手術を受けました。

 A初再発は,初回手術の2年半後の2008年で、吻合部近傍と傍下行結腸に腫瘤を認め,化学療法を先行させ、1年後の2009年に下行結腸部分切除。

 B2011年1月,化学療法中でしたが前回と同部位に腫瘤が見られ、3回目の摘出手術(右半大網・回腸部分切除、S状結腸部分切除)。

 C2013年4月、左肺S10の気管支分岐部近傍に1.5cm大の腫瘤出現し、左肺底区域切除術。

 D2013年9月、臍直下皮下に1.5cm大の腫瘤出現し、10月摘出手術。

 化学療法に必要な血管確保が,肥満のために困難だったので上腕皮下にポートを埋め込みましたが、「こんなに難儀したポート造設は初めて」と担当した息子に嘆かれました。以降10年まだポートは生きてます。

 入院中に受けた化学療法は全く副作用がなく,楽勝と思ったものです。しかし、最初の外来化学療法を受けた日,帰りの車にエンジンをかけた途端,なんの前触れもなく「ガブッ」と嘔吐。治療後の数日間は,食べなければ吐き気もなかったので,鎮吐剤やステロイドの内服はしませんでした。1週間くらいすると吐き気が治まり次の治療までに体重はほぼ元に戻るという繰り返しでした。

 経過中,サプリメントや代替療法など全くしませんでした。
 また、エルプラットによりショックも経験しました。
 手術も回を重ねると余裕が出て来て,術後の硬膜外麻酔の使い方も上手くなり,トイレに行きたくなった時とか,大きく咳き込みたい時などに,鎮痛剤をフラッシュしておくと幾分楽でした。
 
 化学療法後は倦怠感が強く、数日は最低限の業務だけにしてほとんど仰臥して過ごしました。髪の毛は薄くなり、顔色は黒ずみ、シミも増え、爪は薄く割れやすくなり、指先に力が入らなくなりました。

 平成27年2月までなんとか化学療法を続けましたが,手足口粘膜症候群(?)がひどく,手指の感覚鈍磨と表皮剥離で触診や打診が困難になりました。最終的には足底の感覚鈍磨と筋力低下により歩行も困難となり,道路で転倒するようになったため化学療法を中止し天命を待つことにしました。

 初再手術から12年、再発から10年、肺転移の手術から4年半、化学療法中止から3年経ち、再発は一段落かと思っていましたが,そうは問屋が卸してくれませんでした。

 たび重なる再発に的確に対応してくれた主治医と治療チームの皆さん方、職場のスタッフの方々に深く感謝します。

 現職時代には、退職したら、子育て中の女医さん方のために素敵な保育所を作りたいと思っていましたが,ガンに罹患した事で先が見通せず果たせませんでした。

 6回目の年女ともなるとロコモティブシンドロームで動くのが大変、不自由な身体に鞭打って高齢者の終活を手伝っています。
             (秋田市医師会報556号 平成30年1月10日に掲載)

 家内はあまり文章を書かない。
 この度は秋田市医師会から特集「年男・年女になって」の原稿募集があって、上記の文を投稿し掲載された。


1/17(水) 快晴・寒波緩む 飯川病院ボランティア
0:30起床、文献・新聞チェック,PDF化。 降雪なし、これで良いのだろうかと不安になる。5:30資源ごみ大量廃棄。7:15プリウスにて病院に。9:00-18:30飯川病院ボランティア。院長整形外科受診、病理への相談など。外来、入院患者対応。19:00帰宅、夕食、20:15就眠。歩数計Σ7882歩。

写真集「湖上の命」 カンボジアトレンサップの人びと 高橋智史著 2013年 発行所(株)窓社 2200円
 写真集「湖上の命」の著者高橋智史氏は秋田出身の若手フォトジャーナリスト。
 1月14日、氏は秋田ゾンタクラブにより表彰され、15分ほど受賞者講演をした。引続くコンサートでは私は氏の隣席でゆっくりと話す機会があり、東南アジア、特にカンボジアの人びとの生活ぶり等を聴くことが出来た。現フン・セン首相の強権で底辺にいる人々の人権は無視されて厳しい生活を強いられている、と言う。氏も取材時に身の危険を感じることも少なくないと言う。
 私が全く知らない世界の実情に心から驚いた。

 高橋氏は1981年秋田市生まれ。日大芸術学部写真学科卒。
 大学在学中の2003年からカンボジアを中心に東南アジアの社会問題の取材を開始。これまでにカンボジアや東ティモール、スマトラ沖大地震津波被災地、アフガニスタン、ラオス、ベトナムなどを取材されている。
 07年からカンボジアの首都プノンペンに拠点を移し、同国の社会問題や生活、文化、歴史を秋田魁新報連載「素顔のカンボジア」で発表。現在もプノンペンに拠点を置き、政府と開発業者が結びついた土地の強制収容問題をはじめ、人権問題に焦点を当て取材活動を続けている。

 カンボジアは1970年から内戦が始まり、ポル・ポト政権下では大量の虐殺が行われ、3年8ヶ月あまりで、少なくとも当時の国民の4分の1にあたる、およそ170万人が殺害されたと言われている。ポルポト政権崩壊後は一時民主化の動きがあったが、フン・セン政権による強権政治、独裁化が進んでいる、と言う。

 私は不勉強にして殆ど知らなかったカンボジアでの人権抑圧の現状や、強権化した現政権の横暴な振る舞いを、氏が記録した映像を通じて一部を知り只々驚くばかりだった。

 いま、カンボジアの歴史や現状についてブリタニカなどで学び始めたが、ちょっと知るだけでもなかなかの道は遠い。とても私の知識ではカンボジアの現状について触れることさえできない。

 秋田ゾンタクラブの新年チャリティコンサートの会場入り口で氏の写真集が数冊販売されていた。
 私はそのうちの1冊「湖上の命」―カンボジアトレンサップの人びと―を購入した。

 

 カンボジアの中央部に大きな湖があり、ここに100年以上も前から生活の為にベトナムから大勢の人々が移ってきた。国籍も無く陸上に住むことは許されず手作りの船の上で生活している。彼らの生活は貧しく、医療も受けられない。水上警察の監視が厳しい。高橋氏はこれらの人たちにスポットをあてて厳しくも明るく生きる戦場生活者の姿を記録している。


(明るい表情の一家 水上警察によって射殺された女性、医療も受けられず臨死状態にある少年と見守る家族達)
 写真一枚一枚が語っているものは大きい。

 他の写真集として「素顔のカンボジア ((秋田魁新報社))」がある。これも入手する予定である。


1/16(火) 晴 外来 飯川病院
 0:30起床、文献・新聞チェック,PDF化。降雪なし。5:00可燃ごみ集積所に、7:10プリ飯川病院。8:45-13:00外来。13:15飯川病院、14:00-18:45勤務、19:15帰宅、夕食、20:15就眠。BRながら視聴:「プロファイラー:ニクソン」。歩数計Σ6905歩。

秋田ゾンタ クラブ 新春チャリティーコンサート2018 結構楽しめた
 社会奉仕活動を謳っている団体としてロータリークラブ、ライオンズクラブ等がよく知られている。前者の国内会員は10万人程度、後者の会員数は全世界で140万人、国内で15万人とされ、共に巨大な団体である。
 一方、あまり知られていないが、女性だけによる奉仕団体としてソロプチミスト、ゾンタがある。

 国際ゾンタは1919年に設立され、奉仕と支援を通して、世界中の女性の地位を高めるための活動をする団体で、会員数は約33.000人、国連認定のNGOである。
 秋田ゾンタクラブは現在14人の会員で超小規模であるが、和気藹々と、時間と体力を使って奉仕活動をしている。バザーやチャリティコンサートなどを開催し収益の殆どはユニセフ他を通して世界の女性と子供のために寄付している。そのほかに、健康セミナ一、子宮頸ガン予防の啓蒙運動も行っている。
 かつて家内が副会長であった事もあり何かの際には動員がかかる。隠遁生活の私には些か辛いが、協力せざるを得ない。

 1月14日正午、秋田ViewHotelにおいて恒例の新年チャリティパーティが行われた。
 会は300名もの出席で、9割以上が若くない女性達で占められていた。

 コンサートの前に秋田県出身のフォトジャーナリスト高橋智史氏他3名の方々が表彰され、15分ほど受賞者講演があった。カンボジアの底辺に暮らす人々の生活が紹介された。全く知らなかった世界の衝撃的な実像を提示され、見ごたえ聞きごたえがあった。
 私は今回で4-5回目の出席であるが、今回は不本意ながらNo2テーブルを指定された。舞台の正面、高橋智史氏の隣席であった。氏は気さくな方でありいろいろな話を聞くことが出来た。
 昨年のゾンタ の後援会ではシリアの人々の生活について聴くチャンスがあり、それを機会にシリアについて勉強したが、今回は東南アジアの人々の生活についても考える機会になりそうである。
秋田ゾンタクラブの表彰式と講演会 「生まれた土地で生きる」

 コンサートはランチョンショーで、ピアノ、ソプラノ、日本舞踊の珍しいコラボであった。
 出演者はピアノが大山英子氏、ソプラノが後藤純子氏、日本舞踊が藤蔭小枝氏。いずれも秋田ゆかりの方々で豊かなキャリアをお持ちである。
 10曲ほど歌われた。「地唄舞い」、「からたちの花」、「宵待草」、「トロイメライ」、スペイン組曲から「マラゲーニア」、歌劇トスカから「歌に生き恋に生き」、歌劇ジャンニスキッキから「私のお父さん」などなど。結構見事な演奏と舞踊で私は感心して聴いた。曲の合間のトークも楽しく聞けた。
 ランチも美味しかった。

 私は前日が飯川病院の日直、当日は17:00から当直とちょっと時間に追われている。デザートが配られたのを機会に会の終了を待たずに退席し、病院に向かった。


1/16(月)晴れのち降雨 健康クリニックドック 午後飯川病院 
 1:00飯川病院起床。本読み、新聞・文献チェック他。7:00検食、9:00-11:00健康クリニックドック14名+結果説明1名。11:20飯川病院へ。微睡。14:00-18:45飯川病院、入院患者対応。19:10帰宅、夕食、20:15就寝。 BRながら視聴:「プロファイラー:葛飾北斎、R.ニクソン」。歩数計Σ6454歩。

秋田市立千秋美術館 「秋田蘭画と寿ぎの美」
 1月12日、大曲中通病院の診療応援の帰路、企画展覧会「秋田蘭画と寿ぎの美」が催されている秋田市立千秋美術館に立ち寄った。

 (同館のパンフの一部を引用させていただいた)

 千秋美術館が6月に購入した江戸時代中期の絵師伊藤若冲(1716〜1800年)の代表作「雨龍図」など49作品を展示している。
 「雨龍図」は1716年代前半に描かれた水墨画。県内で公開されるのは53年ぶりらしい。弧を描いてうねる竜の胴体がいったん途切れ、絵の右上から再び躍り出る構図や、墨の濃淡でうろこを描写する「筋目描き」など、若冲の奇抜な着想と高度な技が堪能できた。
 今回の企図展では、昨年秋田市民から千秋美術館に寄贈され若冲の水墨画「寒山拾得」も展示されている。
 松竹梅などを描いた佐竹曙山、小野直武らの秋田蘭画が並ぶ。

 私が感心し深く観賞できたのは以下の作品。
――――――――――――――――――――――――――――――-
小田野直武  児童愛犬図
小田野直武  笹に白兎図
平福百穂   兎
平福百穂   獅子図   
伊藤若冲   雨龍図
小田野直武  獅子図
佐竹曙山   紅蓮園
寺崎廣業   松に鶴・竹に鶴図
寺崎廣業   竹図   
佐竹曙山   竹に文鳥図
円山応震   白梅之図
伊藤若冲   寒山拾得  
――――――――――――――――――――――――――――――-
 目玉のひとつ、今回の若冲の展示品は、有名な極彩色、超精密な作品群とは異なり、地味な作品である。しかし、ユーモアすら感じられる名品である。

 2月12日まで会期中は無休。午前10時〜午後6時。

 とても一度では満足出来ない。まだ会期は残っているので何度か訪れようと思う。
 なお、1階のギャラリーでは30種類ほどの画集が通常価格の2/3から半額の値段で販売されている。これも良い企画である。私は前からほしかった「千秋美術館所蔵作品選」を購入、楽しんでいる。今度行ったら別の画集も買いたい。

 いつも思うのが、美術館や博物館などでは何で写真撮影がだめなのだろうか。優れた作品に接しても私などすぐに忘れてしまう。用意されていれば企画展の画集を入手するが、展示品の目録しかない場合もある。願わくばフラッシュ禁で撮影が出来るようにしてほしいものである。


1/14(日)晴れ 秋田ゾンタ新春チャリティコンサート 飯川病院当直
大学入試センター試験。1:00起床。文献読み・録音・PDFデータ整理など。室内配線の整理、壁固定など。12:00-15:00秋田ゾンタ新春チャリティコンサートに。ピアノ、ソプラノ、日本舞踊の組合せ。楽しめた。秋田出身フォトジャーナリスト高橋智史と歓談。病院で微睡。17:00当直業務に。18:00検食、20:15就寝。BRながら視聴:「昭和は輝いていた:お色気ソング」、「100分で名著:歎異抄(1)」。歩数計Σ8661歩。

慰安婦問題(2) 韓国にとって慰安婦問題はもめているほうが良いのだ
 私は慰安婦問題は、ここまで来れば韓国の国内問題であって外交的意義はほとんどない、と思う。
 韓国政府にとって、慰安婦問題をひきずってナショナリズムの高揚を求めているほうが都合が良いのだ。もし、慰安婦問題が真に解決するような事があれば対日本との接点が大きく変わっていく。慰安婦問題を取り上げている間は優位にたてる可能性があるからである。

 日本政府はここまで対応すれば十分であり、今後は神経質に対応する必要はない。無視すれば良い。

 韓国外相が発表した主たる内容は、今回の「両国間の公式合意」は簡単に覆せるものではなく、今回は破棄や再交渉には踏み込まないとし、合意に基づき日本政府が拠出した10億円を韓国政府が「肩代わり」し、日本の関与を除こうとするものである。日本に返還すべきという一部元慰安婦らの主張を踏まえた。

 韓国政府の言う事は理解不能である。
 慰安婦問題に関して交わした先の日韓合意は、朴政権との間で結ばれた。日本が政府の責任を認めて韓国の財団に10億円を拠出し、韓国はソウルの日本大使館前にある慰安婦少女像の問題解決に努力するという内容。これは「最終的かつ不可逆的な解決」であり、両国は未来志向の関係に向けて歩み出すはずだった。

 しかし、少女像は撤去されるどころか、1年後には釜山の日本総領事館前にも設置された。国内の統治すら上手くいっていないのではないか?
 「不可逆的合意」の意味は何だったのか。日本は交渉には応じない姿勢。もう解決済みの問題だからそれでいい。

 しかし、文大統領は政府作業部会の検証結果を受けて「手続き的にも内容的にも重大な欠陥がある」と表明。これも意味不明。もっと具体的に述べるべき。前政権が結んだ合意に不満があるようだが、前政権が交わした事項だからといって覆すのは外交上の大問題となる。国内的にもそのような考え方は通用しない風土なのだろうか。

 日本拠出の10億円を財源とした財団の事業は、存命だった元慰安婦の7割以上が受け入れた。一部元慰安婦には強固な反対者がいるようだが、いまさら韓国政府のお金に置き換えることにどんな意味があるのか。もともとは政府拠出のお金で償って欲しいと要求してきたのは韓国側ではないか。

 両国の間には歴史的に不幸な時代があったが、日本による統治は荒れた国内をまとめるために韓国側から求めてきた事ではないのか? いまだに複雑な感情が残ることは理解出来るが、その統治によって国が存続出来たのでは??私はそう理解している。

 文政権は、大統領選挙でも日本との関係を厳しく捉えた発言は多かった。韓国民の感情をあおるために慰安婦問題を利用した。そのツケが今回ってきている。だから考え方に力がない。

 日韓関係を冷やす選択で北朝鮮、中国などとの関係維持もうまくいくとは思えないが、慰安婦問題は火を消さない程度に維持しておくほうが得策だろう。


1/13(土)快晴 飯川病院午前外来補助 日直    
大学入試センター試験初日、新潟地方異状降雪 1:15起床。いつもの如く。新聞文献PDF化。文献読み、本読み。11:40プリウス飯川病院、午前外来補助と午後日直。検食後微睡、ラジオ深夜便録音再聴数篇。18:00帰宅、夕食、21:00就寝。BRながら視聴:「NHKアーカイブ:セザンヌ」、「サイエンスゼロ:ワイン」、「知恵泉:高橋是清」。歩数計Σ8991歩10644Km。

慰安婦問題(1) 外交的に解決済みの懸案 あとは韓国国内問題のレベル
 韓国は9日、従軍慰安婦に関する2015年の日韓合意について新たな方針を打ち出した。 
 この様な動きは政府間合意に反することになり、外交上の原則に反する事だと思う。

 慰安婦問題、竹島問題は解決済みの事項であり、これらの蒸返しは日韓関係の悪化をきたすことになる。

 慰安婦問題についての経過は以下のとおりにまとめられる。
――――――――――――――――――――――――――――
■1965年の日韓請求権協定で解決済み。
■1990年以降元慰安婦であった女性たちが名乗り出て日本政府に対して謝罪と補償を求め、日本で訴訟を起こしたが却下。
■この間1993年8月に当時の河野官房長官が日本政府として初めて軍の関与と強制性を認める談話を発表し謝罪、村山総理がアジア女性基金を設立した。
■2007年3月に安部首相が強制性を裏づける証拠は見られなかったとの見解を閣議決定した。歴代の内閣で河野談話は踏襲された。
■2011年に韓国裁判所が韓国が日本に対し解決に向けた努力しない事は憲法違反である、との判断を下した。以降の政権は慰安婦問題を日韓外交の主問題として取り上げることになった。
■2011年暮れの野田・李首脳会談は慰安婦問題が大きく取り上げられた。
■2013年朴大統領慰安婦問題を巡り日韓関係冷え切る。
■2015年日韓 「不可逆的」合意。日本政府は10億円を拠出。
■2017年韓国 15年の日韓合意再評価。前政権批判、合意は不均衡。
■2018年韓国文大統領再交渉求めず。
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 慰安婦問題は日韓間でなんども蒸し返されて来た。

 1965年の日韓請求権協定、1993年河野談話、アジア女性基金設立、2015年日韓合意は外交的に明確にされたものであったが、蒸し返される度にわが国は誠実に対応し、譲歩してきたと思う。
 15年の日韓合意は「不可逆的」という言葉まで使ってなされ、二国間でやっと解決したかと思ったが、文政権になってまたも蒸し返絵され、合意は不均衡との結論が導き出された。

 韓国内で、2011年に政権が努力しないのは憲法違反である、との判断がなされても、日韓関係においては二国間の政権同士で純然たる合意がある以上、慰安婦問題は韓国の国内問題であって、これを外交問題として蒸し返すことはどういうことなのか?と思う。


 1/12(金)小雪寒波 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア 秋田市千秋美術館
 1:00起床。文献・新聞PDF化。6:00可燃ゴミ廃棄、7:30Taxi駅に、8:10こまち。大曲駅・病院は往復共Taxi、歩くスペース狭い。9:00病院着、12:10診察終了。新幹線定時。13:50千秋美術館秋田蘭画展。14:30飯川病院ボランティア。15:00Wi-Fi機器交換。
18:50Taxi帰宅。19:00夕食、20:30就眠。 歩数計Σ12343歩。

社会保障環境2018年(6) 診療、介護、障害福祉の3報酬の同時改定はプラス改定 
  現政権は「安倍1強」と言われるほど強い基盤を持っている。にもかかわらず、不入気政策を含めた中長期的なバケージを提示できないのはなぜだろうか。

 第1は与党に将来どのような社会を目指すのかというビジョンが不明。
 第2は与野党間の論争の不在である。10月の衆院総選挙でも、野党勢力は役立つ公約を掲げることが出来ず自滅した。与党も人気政策を並べることで有権者の支持を集めようとした。

 日本の財政は先進国で最悪の状態にある。少子高齢化は刻々と進展し、団塊世代が全員75歳以上になる2025年以降は医療や介護などの社会保障費の膨張圧力がさらに強まる。
 にもかかわらず社会保障を支える消費増税を2回も延期し、国と地方をあわせたプライマリーバランスを黒字にする目標を先送りした。目先の経済成長による税収増だけで財政健全化を達成するという発想があるなら、とても危うい。
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 2018年度の予算規模は一般会計の総額が97兆7千億円。6年連続で過去最大。社会保障予算の大枠も固まった。最大の注目点は6年に1度となる診療、介護、障害福祉の3報酬の同時改定。

 全体的にプラス基調を前面に打ち出し、国庫負担は合計800億円増えることになった。薬価は大幅に引き下げるが、医師の人件費などが上るために、患者らは負担の重みを一層味わうことになりそうだ。

 介護や障害医療もプラス改定。12年度の前々回改定以来、6年ぶりの増額。障害者向けサービスの報酬もプラス改定で、介護と障害医療を合わせ、国庫負担は200億円増える。
 介護報酬は事業者の厳しい経営に配慮した。
 薬価引き下げで今回は1500億円程度の財源を捻出した。政府はこれ以外にも、効果の低い薬の価格下げなどを柱とした薬価制度の改革を来年度から始める予定で、それによって300億円程度を上積みする。薬価全体では1900億円の財源を捻出できる計算だ。

 2018年度の社会保障予算は今年度よりも5000億円前後増え、33兆円程度になる見込み。
 一般会計の歳出総額は6年連続で過去最高となる97.7兆円前後。このうち社保予算は33%以上を占め、最大の歳出項目だ。他の政策経費は今年度から大きく変わらず、社会保障の経費が国の財政を圧迫している。

 こうした中で、生活保護費は食費や光熱費に充てる生活扶助を最大5%減額する。低所得者の消費支出より生活保護の支給額の方が多いケースが目立つためだ。

 ただ今年は抜本改革論が進まなかった。以下の議論が俎上にあがっている。
 ■原則1割となっている75歳以上の医療費の窓口負担引き上げ問題。年間の医療費のうち、75歳以上の高齢者か使う分は4割弱。1人当たりで換算すると93万円。65歳以下は18万円だから5倍も多い。

 ■現役世代の窓口負担は3割。負担見直しの議論は深まらなかった。

 ■医療機関の役割分担の明確化も議論は深まらなかった。財務省はイギリスの例にならい個人のかかりつけ医を明らかにして、それ以外の医療機関を受診した場合は、一定の負担を求める精度にすべきと主張する。結論は持ち越した。

 ■介護保険にかかる費用は制度が始まった2000年度の3倍の10兆円になった。団塊の世代が75歳以上になる25年度には、20兆円に連するとみられる。これでは何らかの手を打たなければならないが、今回も増額した。増額せざるを得ない状況を作り出していたからやむを得まい。


1/11(木)寒波・降雪4-5cm 外来 飯川病院
 1:00起床、文献・新聞PDF化。夜間降雪4-5cm、除雪せず。7:10レガシー病院へ。 8:45-13:00外来、やや混雑、疲弊。14:00-18:40飯川病院勤務、入院対応数件。ラジオ深夜便録音再聴数篇。19:00帰宅、夕食、20:30就寝。歩数計Σ8407歩。

社会保障環境2018年(5) 順風の年こそ難題を片付けて欲しい
 新年を迎え、目標に向けて決意を新たにした方も多いだろう。私はダラダラ過ごしている。

 次ぎの2019年は、天皇陛下の退位と改元、統一地方選挙と参院選挙、G20首脳会議の議長国など行事が目白押しである。その前に片付けなければならない課題は多い。10年後の日本はそれで決まってくる。

 2018年をどんな年にしたら良いのか。政府の課題を考える。

 北朝鮮問題など外患は少なくないが、国内政治は波風の少ない年になると思われる。
 衆院選は終えたばかりで、参院選も19年夏まで無い。秋に自民党総裁選があるが、党内に安倍首相を脅かす有力な対抗馬はいない様に見える。総裁3選なら、東京五輪・パラリンピックをまたぐ超長期政権になる。

 世界経済は2010年以来、予想を上回る拡大を続けている。2018年の世界経済の実質成長率が17年の3.7%から4.0%に高まるとみている。久しぶりの順風である。

 日本の景気も、庶民にとって実感は乏しいが7-9月まで7回連続のプラス成長を記録した。17年度は2%近い成長率を見込む声が多い。

 安倍政権は発足から丸5年を迎える。
 10月の衆院選で自民党が圧勝し、安倍首相は政権涯営の基盤を固め直した。経済の先行きに明るさが見える今ごそ、持続的な成長と財政健全化に道筋をつける改革に長期的な視点で取り組むべきだ。政治的に困難事項だからといって何時迄も避けて通れるわけではない。

 中でも、超高齢化社会を乗り切る社会保障と財政再建の道すじをきちんと描いてほしい。

 団塊の世代が全員、後期高齢者になる2025年以降、社会保障支出の膨張を抑えるのは難しくなる。
 今後20-30年は生産年齢人口は減るのに後期高齢者は増え続ける時代。
 健康寿命が延びているのに、年齢区分で高齢者への社会保障給付を優遇する仕組みは今後の日本では成り立たない。高齢者の健康状況、経済状況に応じた新区分での税負担と給付にすべきである。

 65歳以上で働いている人も多い。年金の支給開始を段階的に70歳まで遅くする必要があろう。

 安倍政権の前は一年毎にクルクルと政権が変わっていた。こんなときには長期的展望に立つと政策は提起できない。
 然し乍ら、安倍政権は長期政権にふさわしい長期的展望に根差した政策を取っていない。「地方創世」、「一億総活躍社会」、「人造り革命」・・・と、総括もしないままクルクルとキャッチコピーを並べ、バラマキで信望を得ているようにしか見えない。

 政治・経済が順調ないまの間に社会的重要事項をに手を付けてわが国の今後の在りようを論じてほしい。国民の欲求に迎合するのではない、プロの政治的にしか出来ない判断で実践してほしい。

 人口問題、社会保障、財政再建など困難事項を何時迄も先送りしていては日本はダメになる。


1/10(水)曇り晴れ 飯川病院
0:20起床、文献チェック他、医学書、本、数冊に目を通す。7:10レガシーで出勤、飯川病院、8:30-17:50勤務。入院患者対応、鼠径部血管確保。19:00帰宅、夕食、20:30就寝。BRながら視聴:「ぶらぶら美術・博物館:画廊巡り、運慶展、ダビンチ&ミケランジェロ」、「昭和は輝いていた:昭和24年生まれ」、「同:北島三郎」。歩数計Σ5499歩。

年末年始休暇2017-2018 計画も目標も設定せず気ままに過ごすことに
 私の今年の年末年始の状況は例年までと異なっていた。年末12月22日から1月10日にかけて飯川病院院長が長期休暇を取ったためである。

 本来は私が積極的に担う必要はないのだが、日常から補助医、ボランティアで飯川病院の業務を手伝っていた事もあって、また、代診医が見つからないこともあって今回は代診のほぼすべてを担うこととなった。
 この間の勤務及びボランティア状況は以下のごとくであった。

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           午前     午後 ほか
12月22日(金) 大曲外来診療応援  飯川病院
12月23日(土)(天皇誕生日フリー) (フリー)
12月24日(日)(フリー)    (フリー)  4:30-6:00am呼出出勤
12月25日(月) 飯川病院      飯川病院
12月26日(火) 中通総合病院外来  飯川病院
12月27日(水) 飯川病院      飯川病院
12月28日(木) 飯川病院      飯川病院
12月29日(金) 飯川病院      飯川病院
12月30日(土)(フリー)     (フリー)
12月31日(日)(フリー)     (フリー)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――-
1月1日(月) (フリー)      (フリー)
1月2日(火)  飯川病院日直、   飯川病院日直   飯川病院当直 
1月3日(水) (フリー)      (フリー)
1月4日(木)  飯川病院      飯川病院
1月5日(金)  飯川病院      飯川病院
1月6日(土) (フリー)      飯川病院日直、 飯川病院当直
1月7日(日) (フリー)       (フリー)
1月8日(月) (成人の日フリー) (フリー) 9:30-11:00am呼出出勤
1月9日(火)  中通総合病院外来  飯川病院ボランティア
1月10日(水)  飯川病院   飯川病院
―――――――――――――――――――――――――――――――――――-
 この間、年末年始休暇があるのだが中通総合病院は12月29日−1月3日まで、飯川病院は12月31日−1月3日とズレている。年末年始休暇中は飯川病院日直当直は一回だけでフリーが4日間あり、かなりの時間を自宅で過ごし得た。

 私的には、12月23日(土)午後休宝寺法要、29日は遠来の友人と会食。年末年始は長女一家、次男一家が来訪して夕食等をともにした。孫5人、活発でペースを合わせるのに大変であった。

 フリーの日は録画で「N響定期公演」数回分、年末の「第九演奏会」、「ウイーンフィルNYコンサート」、「読売日本交響楽団特別演奏会」、「NHK NYオペラコンサート」など音楽番組の録画をじっくりと楽しんだ。
 
 家内も比較的ゆっくり出来たようである。
 ネコ7匹、元気すぎる。対応が大変であったが、徐々に落ち着いてきている。

 この1月10日で変則勤務が終了した。まず、通常に復帰できた事を喜びたい。

 私は歳と共に体力気力の減退を感じている。
 だから、昨年から新年に気持ちをリセットすることも止め、目標設定などは行わず、肩を張らず、あるがままに、気の向く方向で生きようと思っている。今年がどんな風になるか、楽しみである。


1/9(火)早朝から降雨 中通外来 飯川病院
1:00起床、12月22日から院長不在にて代行してきた飯川病院勤務が解け、本日から通常勤務になる。新聞チェック、文献、本読み。いつもと同じ。7:00可燃ゴミ廃棄をかねてレガシー飯川病院へ。8:45-12:30中通病院外来、余裕有り。13:00飯川病院へ、14:00-18:30勤務。病棟外来対応。19:00帰宅、夕食、20:45就寝。歩数Σ6492。

書籍:「声が聞こえる野鳥図鑑」(増補改訂版)上田秀雄・叶内拓也 文一総合出版 2014年
 便利で有用な本を購入した 鳥類図鑑だが、鳴き声が聴ける。書籍2000円、音声を聴くためのタッチペンが10,800円とちょっと高い。タッチペンの仕組みを読むと結構複雑な上、まだ十分認知されていないのでこの値段はやむをえないかもしれない。

 私は伝書鳩の飼育を介して鳥類にも興味が広がった。積極的に探し求めたわけでなく、わが家周辺、里山周辺の鳥、上空を飛ぶ鳥、渡り鳥などのレベルであった。

 わが家ではなぜか家内が野鳥について興味を持っているようで、日常的にも双眼鏡を覗いてバードウォッチングを楽しんでいる。
 私も若干家内にひきづられている。2008年家内が長年勤務していた病院を退職した。早速、野鳥を聴く会に参加したり、森吉山自然観察会に参加したりした。そのときに私も同伴したが、姿は見えなかったがアカショウビンの鳴き声を聴き感激した。家内は自然保護活動を展開している日本野鳥の会に毎年少なからぬ額を寄付しつづけている。

 わが家には鳥類図鑑が何セットかあり、鳴き声を収録したカセットテープ、CDなどもでも適宜愉しんでいるが、各々の一長一短の感が否めない。図鑑では姿かたちは知れるが鳴き声が聞けない。カセットテープ、CDは音声だけしか楽しめない。音声を聞きながら図鑑で突合するのは結構大変な作業であった。

 最近、図鑑をみながらペン型のプレイヤーでデータ部分をタッチするだけで、瞬時に野鳥の鳴声が聞ける便利な本を購入した。紙面に印刷した特殊な二次元ドットコード部分を、タッチすると、本体の先端に組み込んだカメラで読み取り、音声を再生する仕組み、という。
 これで、野鳥の姿と名前と鳴き声がリンクし、バードウォッチングが一層楽しくなった。図鑑の収録は250種で、さえずりだけでなく、地鳴きやドラミング、警戒声など複数の鳴き声が収録されている。自分が見知っている鳥はほんの一部なのだということを思い知った。
 
 この「声が聞こえる野鳥図鑑」のほかにも「昆虫」、「カエル」の鳴き声を収録した図鑑が発売になっている。

 このタッチペンは視覚に障害があって本を十分に読めない方々の為に応用すれば、点字本に頼らずとも読書が可能になるのではなかろうか。

 
 (図鑑とタッチペン アカショウビンのページを示す ページの上隅のマークに軽く触れると直ぐに鳴き声が再生される)
 (タッチペンは発売元 文一総合出版????ISBN?koe-pen??2012年7月19日発売 定価10,800円)


1/8(月)成人の日祭日 快晴のち曇り  
1:30起床。文献検討.徒然など処理。新聞記事のチェックDPF化など。レガシー飯川病院8:30-11:00ボランティア、有熱患者対応。11:20帰宅、新聞スクラップ入力。午前中は快晴で温暖、桜の季節に似た雰囲気。午後からは一転曇に。今夕からまた荒れるらしい。座学中心。BRながら視聴:「世界が驚いた日本:巨大木造建築」、「らららクラシック:M デル・モナコ」、「題名のない音楽会:和楽器を楽しむ」。19:00夕食、20:30就寝。歩行Σ8006歩。

コンビニの店員の対応にまた感心した
 昨日1月7日朝は当直明けであったが、家内から「子連れの来客がありそうなのでお年玉袋を7枚買ってきてほしい」とのメールが来た。早朝帰宅だからいつもの文房具屋は開いていない。何処で売っているのか?私は知らなかった。「コンビニにあるのでは?」との事なので帰路寄ってみた。私の自宅付近はコンビニが5軒ほどある。だから、どこかにはあるだろう。

 私は通常、買い物はしない。毎週新幹線の切符を購入する程度である。コンビニは年に1−2回程度しか利用しない。
 とりあえず帰路最初にあるコンビニに立ち寄った。

 御祝儀・不祝儀袋のコーナーを見たが、お年玉袋に相応しいのは見つからない。
 お年玉なんてもらう側にとっては中身に関心があるだろうが袋などどうでも良いのだろう、小型の御祝儀袋でも代用出来るだろうと思って10枚入りのセットを持ってレジに並んだ。先客が一人いたが、中年女性の店員が「お客さんがほしいのはこれで無く、お年玉袋ではないですか?ソレならコチラのコーナーにありますよ」と言いながらレジから出て手にとって持ってきた。

 店は結構混んでいて店員はずっと対応に追われていた。私はどれにしようかと迷っていたことは確かであるが、私の姿を目で追っていたとは思えない。何で私がお年玉袋を探していたのか分かったんですか?と問うてみたら「何と無くそう思ったので声を掛けてみました・・・」とのことであった。

 ちょっとした事だろうが、私は感心した。この様な気配りがさりげなくできているなど驚きである。

 最近は金融機関の門口などに特殊詐欺の疑いをある方に声を掛ける職員が配置されていると聞く。かなりの頻度で振り込みを防いでいるとされている。ちょっとした落ち着きのない客の様子から判断して声を掛けるという。私もその様に見えたのだろうか?

 私はコンビニをあまり利用しないのでコンビニのサービスがどのようなものかはよく知らない。今日の様なサービスが店員のマニュアルにあるのだろうか。もしマニュアルがあっても笑顔で、と迄は書いていないだろう。あるいはたまたま感じのいい店員にあたっただけなのだろうか。
 
 過去にも切手一枚の購入で似た様なサービスを経験した事がある。
 品物以外に何を売っているのか(1) コンビニで82円の切手を買って

 今回もわずか108円の買い物だったが、1日気分がよかった。


1/7(日)曇りときどき晴れ   
0:00飯川病院で起床、文献・録音データ整理。文献読みと整理。7:00検食、当直明け。10:00ひらのや書店、コーヒー店、コンビ二経由帰宅。文献整理など。正午軽食、「NHKのど自慢」。13:3017:30次男一家来襲、4月に入学する孫にランドセル贈答式?一応格好つけた。夕食会。私はシャンパンで酔って退散、19:00夕食、21:30就寝。Σ6348歩。
社会保障環境2018年(5) 日本の社会保障は貧者にとって不公平(4)
 少子高齢化、財政ひっ迫状態を乗り切るための課題について考える。

 今迄の政策の踏襲では財政赤字を増やすことなしに、政策の目玉である人的支出を増やすことはムリだろう。

 日本の課題は明らかだから方法はある。
 年金や医療などを効率化し、保育・教育・職業訓練に充当することである。
 私は医療関係者の一人としていつも考えることは日本の医療はとても非効率的だということであるが、日本医師会を始めとする諸団体がこの面での効率化にむけては動いていない。このままでは医療のprofessional freedomの範囲は政治的に狭められかねない。

 社会の格差は広がると傾向にあり、早急に手を打たなければますます拡大する。低賃金・不安定雇用にある人たちを教育や職業訓練で支援しなければ、経済成長も鈍化する。男性の片働き・正規雇用などを前提としたわが国特有の社会構造は制度疲労を起こし、非正規の急増、男女間の差別などで問題はより深刻になっている。

 日本政府は社会保障の費用を緊縮しようとする立場を鮮明にしている。方向性としては正しい。ただ、選挙になると議員達は保身のために、投票率の高い高齢者の票を得るために甘い言葉を口にする為に、高齢化に伴う社会保障の膨張を抑えられなかった。いわゆるシルバーデモクラシーである。
 更に、日本では増税に対する嫌悪感が強い。だから、社会支出と教育支出の合計はかなりの額になる。

 年金・医療の問題は保険制度路上の不公平さがある。
 年金・医療の保険料は所得税と異なり、所得が高いほど負担割合が低くなるという逆進性が強い。国民年金保険料はだれでも原則1人月1万6490円である。貧乏な人は払えない。一方、厚生年金保険料は月収が約60万円を超える高額所得者はすべて同額である。
 こうした逆進性ゆえにより貧しい国民は国民年金保険料も払えず、納付率は6-7割と低く制度がうまく回っていない。低所得者の年金額は削減される。
 社会保険は通常、給付と負担がリンクするので規律が働くが、国保の場合は規律が働かない。一般財源と被用者保険からも拠出金が投入されるからである。

 社会保障制度は年金・医療・生活保護などであるが、投入される税の合計は15年度の時点で約46兆円で、その中で最も多いのは厚生年金で全体の20%ともっとも多い。これは基礎年金部分の半額が税で賄われるからで、要するに、低所得者が払った消費税が大会社の退職者の基礎年金部分に充当される、というおかしなことが生じている。不公平ではないか。

 厚生年金は相対的に豊かな者が加入しているが、一律に税で支援するのは適切だろうか。医療でも豊な高齢者を税で支えている。

 給付面でも日本は低所得者に冷たい。日本の低所得者の負担は北欧と同じだが、現金給付は北欧より低い、とされている。

 社会保障の改革の基本は、国は公的最低保障に責任を持つ一方、中高所得者には所得に応じた負担をしてもらうと事だろうと思う。高齢者の経済的状況は千差万別であるから年齢に応じた一律な分類はむしろ不公平となる。
 参考までに、私は天候によっては100円バスを利用しで通勤している。通常の値段は片道340円だから恩恵は大きい。ただ私はまだ働いていてある程度の収入がある。だから私は200円の負担でもいいと思っている。

 このように、格差の逆利用がわが国の社会保障を救う、一方法と思う。


 1/6(土) 比較的温暖  飯川病院午後日直当直
1:00起床。新聞・文献チェックほか。洗面所のネコトイレの改修など。微酔、録音データ整理、11:45レガシー、コメリにて院長室ソファベットの高さを上げるためにブロック4け購入、飯川病院日当直勤務に就く。12:00検食、入院患者対応。磁器の傘だて破れて左手指に1cm切創作る。止血困難。微睡、ラジオ深夜便数篇再聴。18:00検食、20:00就寝。歩数Σ6484歩。

社会保障環境2018年(4) 安倍政権の政策から今後の社会保障を読む(3)
 2018年度の予算案が決まった。予算規模は97兆7千億円で過去最大である。
 社会保障制度に投入される費用の合計は約46兆円(15年度)で予算の約半分を占める。

 我が国は世界一の高齢化国である。高齢者には社会保障が必要で、社会保障費は伸び続けた。一方、日本の財源は限られる。現在の制度が作られた頃とは人口も、人口構成も、疾病構造も変わった。日本の経済状態の位置づけも変わった。
 社会保障の発展を喜ぶ時代は去り、国民は将来への不安のために、消費を控え貯蓄に励む。だから、経済が冷え、景気は良くならない。

 アベノミクスでハッパを掛け、日銀低金利政策でデフレ脱却をはかるが、最も大事な国内消費が伸び悩み、なかなか成果をあげられないのは、国の経済構造、社会保障のありかたに手が付けられていないからである。

 社会保障は、国民の生活に密着した政策であり、単なるトップダウンだけで決められるものではない。国のビジョンに基づく政策が複数示され、有権者の選択を経て決定がなされるという、民主主義的プロセスが機能しなければ、改革を行えない。

 今回の社会保障は「全世代的社会保障」と称される。方向性は正しいが、今更なんだ!!! もう遅きに失した!!! と思う。
 長期的に見ればこの改革案は正しい。ただ、受ける印象はあいかわらず予算のバラマキでしかない。このままでは少子高齢化、財政赤字、較差固定化という我が国固有の三問題はむしろ悪化しかねない。

(1)まず、財政再建の道は遠のいた。予定される消費税増税の増収分を財政再建のために用いず、「全世代的社会保障」の名の下にバラマキに振り向けた。

(2)「全世代的社会保障」は高齢者向け支出の伸びの抑制とセットであるべきだが、公的医療・年金支出の抑制とそのバックアップ策は進んでいない。子育て・教育支援策も、実質的には将来世代への負担の先送りによっていて、現政権は国民と痛みを共有する気がないようだ。一時的人気政策という印象は否めない。

(3)新しい経済政策の柱が「人づくり革命」であるが、現行の制度の何が問題なのか?過去の政策の総括も無く、データに基づく分析や検証が乏しい。教育無償化は耳あたりが良いが実質的効果は、富裕層への恩恵の方が厚い??と思う。

 2018年度の予算から、日本の社会保障の将来像を予想しようとしても、ツギハギだらけの案だから、なかなか見えてこない。破れた障子にパッチを貼って乗り切るような印象である。
 課題ははっきりしているのだから、対策に手を付けるべきである。


1/5(金)曇晴れ一定せず 飯川病院
1:45起床。いつもの如くに読書他。降雪殆どなし。5:00可燃ゴミまとめ。6:45レガシーで集積所に、そのまま出勤。8:30飯川病院勤務。外来、入院患者対応。BRながら視聴:「NHKのど自慢総集編」、「池上:2017ニュース総ざらい」。19:10帰宅、夕食、20:30就寝。歩数Σ6857歩。昨年の本日初除雪、一昨年は1月13日。今季は12月28日。

徒歩通勤2018(1) 広島県を通過し四国に入った いま愛媛県
 平成13年3月から徒歩通勤を始めた。伊能忠敬が歩いた海岸線をたどり、東北、北海道、北陸、九州を終了した。広島県に入ったのは11月14日であった。広島を12月28日に終了、四国に渡った。

 広島県の海岸線は326.3Kmで比較的短い。季節柄天候不順で年末までに歩破出来るか危ぶんだが、何とか達成した。

 歩数計「新・平成の忠孝」で歩行実績を積算しているが、本年1月5日時点で1728日目、総歩数Σ1.669万歩、歩行距離Σ13.354Kmとなっている。
 4年半余かかったが、広島県終了までのデータから計算すると、一日9657歩、7.73Km歩行していることになる。日本一周の目標の70%の地点にあたる。

 最低1日10.000歩を目標にしていたが若干不足であった。
 9月上旬にヘルニアの手術を受けたが、その前はヘルニアの疼痛で、その後しばらくは術後の疼痛の為に充分歩行出来なかった。また、秋から冬にかけては天候不順、最近は自身の「ひやみこき」であってちょっとペースが落ちている。

 広島県は私にとってはなじみの少ない土地であるが、昭和の歴史を学ぶ上で広島の軍需工場群、戦艦大和を建造した呉軍港、江田島旧海軍兵学校などは文献的に知った。しかし、なんといっても私にとって平和記念公園、原爆ドーム、記念館訪問は意義があった。広島での学会時と、岡山での学会時に足を伸ばして再度訪問した。

 ただ平和記念公園という名称は頂けない。わが国ではなんでも無難に収めてしまう傾向がある。原爆投下、被曝など、反人道的行為、国際法違反などを具体的に表す名称の方がいい。



 愛媛県の海岸線は瀬戸内特有の複雑な地形、長い半島などがあり886.3Kmと意外と長い。
 桜の開花の季節までに到達できれば良いかな、とゆったりとした計画にした。


1/4(木)快晴 飯川病院
1:30起床。データ整理、歴史の本読み、新聞入力中心。7:00飯川病院へ。8:30-18:00勤務、外来入院患者対応、入院患者家族への病状説明など。BRながら視聴:「そこまで言って委員会」、「世界は今:インド」、「林修関連」。19:00夕食、21:00就寝。歩数計Σ15050歩。

社会保障環境2018年(3) 安倍政権の政策から今後の社会保障を読む(2)
 最近の安部内閣の政策を無理矢理箇条書にまとめて見た。文献として田中拓道一橋大学教授の論文を参考にした。

 将来的社会保障を語るには、我が国の固有の深刻な問題点である、少子高齢化、財政赤字、較差固定化という三問題について考えなければならない。これらは、政治家の資質の低下、一年余でめまぐるしく変わった政権、政権交代、小選挙区制度と議員の保身など、政治の不作為によってもたらされた側面が大きい。

 今回の社会保障面での改革案は、こうした行き詰まりを打開するきっかけとなるだろうか。

■日本は、労働市場と家族の変化への対応が遅れた。
 かつての終身雇用制が崩れたのは企業の経営のムダと生産性の向上を求める立場でやむをえなかった流れだと思う。日本特有の雇用制度からの離脱は日本の文化に深く浸透していただけに意識改革に時間を要した。

■20年にわたって政界内部で離合集散が繰り返された。
 場当たり的な対応が積み重ねられた結果、国の借金はドンドンと膨らみ国内総生産(GDP)比200%超と先進国最大の水準になった。

■長時間労働の是正や子育て支援も進まず、男性稼ぎ主型家族からの転換が遅れた。
 正規労働者と非正規労働者、男性と女性の格差が固定化され、不安定な暮らしに直面する若者が増えた。その結果、合計特殊出生率は20年にわたって1.5を下回るなど、少子化に直面している。

■安部政権は5年目を迎える長期政権になった。
 政策に一貫性が無く次々と看板を建て替えているだけで、長期政権がやるべきビジョンに欠ける。借金財政に関する感受性が乏しい、と思う。
 
■高齢者に過度に片寄った社会保障を「全世代型」へ転換を図っている。
 これは一定の成果が見込まれる。しかし、遅過ぎた。

■保育無償化などのサービス給付を増やす。
 受け皿整備と無償化は、車の両輪として進めるべきだろう。評価すべき。しかし、こんな程度の支援では出生率は多少改善するかも知れないが、出生数は改善すると思えない。何しろ子供を産める母体数が絶対的に不足してしまった。合計特殊出生率が3.0以上になればを人口減に歯止めがかかりうるが、いま提示されている程度の全世代型社会保障では実現不能である。もう、遅過ぎる。生産可能人口を外から受け入れるのは一方である。

(出世率の改善は出世数に反映されない 遅きに失した)

■約8千億円の財源が必要となる高等教育の一部無償化は評価か難しい。検証が必要。

 少子化は国の最大の内憂である。全世代型社会保障へ転換を図ったことは評価したいが、何をするにももう遅すぎるような気がする。


1/3(火)曇り雪時々晴れ 年始休暇三日目
 1: 30飯川病院で起床、医学文献、新聞などチェック。7:00検食、8:30珈琲店ドリップコーヒー仕入れ当直室に。9:00-11:45中通病院、12:00家内と共に帰宅。おせちにて昼食。午後はずっと居間でデータ整理、文献読み。BR視聴無し。19:00夕食、19:30-20:00次男一家6人来襲、てんてこ舞い。歩数計Σ9191歩。21:00就寝。一応、年末年始休暇としては終了す。今週中は変則的飯川病院勤務。

医療環境2018年(2) 安倍政権の政策から今後の社会保障を読むと(1)
 安倍政権はこの数年、「人づくり革命」、「1億総活躍社会」、「地方創生」などを提起して来た。
 総括もないまま目まぐるしく変わるためになかなか理解出来ない。

 最近の政策を無理矢理箇条書き的にまとめて見た。ただ私にはまとめるには力不足で荷が重い。文献として田中拓道一橋大学教授の論文を参考にした。

(1)安倍政権は2015年から「1億総活躍社会」を掲げ、
■女性の就労支援。
■働き方改革、を推進。

(2)2017年12月には「新しい経済政策パッケージ」を閣議決定。
■「生産性革命」。
■「人づくり革命」と称する子育て・教育支援策を新たに公表。

(3)子育て支援として、
■3-5歳児向けの幼稚園、保育所など認可施設の利用料を一律無償化。
■0-2歳児向けには住民税非課税世帯に限って無償化。

(4)待機児童対策として
■20年までに32万人分の保育の受け皿を用意。

(5)教育支援として
■大学など高等教育機関の入学金・授業料を低所得に限定して無償化。
■給付型奨学金も整備。
■私立高校の授業料も低所得世帯に限り無償化。
■保育士・介護人材の待遇改善。

 これらには総額2兆円を超える財源が必要となる。このうち1.7兆円は19年10月に予定される消費増税の増収分を充て、残りは企業の拠出金でまかなうという。

 これらの政策をどう評価できるだろうか。

■財政・雇用・社会保障とバランスのとれるセットとなっているか否か??
 税や保険料を引き上げることは難しく、財政確保は重要な課題である。
 労働市場と家族の変化は副次的に「新しいリスク」をもたらす。

@産業が製造業から情報・金融・サービスなどの第3次産業へと移行すると、短期や非正規などの不安定雇用が増大する。
A不安定な立場の人への支援がなけれぱ格差は一層拡大する。
B女性の就労が進むと、家庭と仕事の両立問題から少子化のリスクが一層高まる。

 財政が乏しい状況で家族の変容に対応する社会保障としては、3つのバランスの取れた政策が必要となる。
@高齢者向けの医療・年金支出の伸びを抑制する。
A労働時間の柔軟化、労働市場の流動化を進める。
B若年層や失業層への就労支援、子育て支環を強化する。

 要するに「高齢者中心社会保障」から「全世代型社会保障」への転換である。


1/2(火)晴れ曇り小雪一定せず 年始休暇二日目 飯川病院日直当直
 1:10起床、新聞、文献、雑誌など読み。蓄積データ整理。7:15レガシー中通病院経由飯川病院、9:00から翌日9:00まで日直・当直勤務。元旦の大量新聞チェック、外来レセプト点検チェック、病棟指示出し、など。BR視聴せず。ラジオ深夜便録音を数回分聴いた。18:00検食、20:00就寝。歩数計Σ5284歩。

医療環境2018年(1) 次年度予算から読み取れること
 ほとんどリタイヤした身とはいえ、まだ医療関係者の一員として働いている。だから、社会保障関連の動きには無関心ではいられない。
 次年度予算から何が読み取れるだろうか。

■年末に次年度の国家の予算案が発表になったが、それを見ると不思議な雰囲気を感じる。砂上の楼閣を更に増築しようと言う政府拡張政策と、その背景にあるの楽観性が不思議でならない。

■2018年度予算案は、一般会計の総額が97兆7千億円。6年連続で過去最大。日本財政のいびつさが例年以上に表れた予算と言えるが、苦渋の選択と言うよりは嬉々とした楽観ムードが目立つ。政権は膨張する姿を経済政策の成果としてアピールする。日銀は歴史に残る低金利政策を続ける。政府は大儒振る舞いをして、この雰囲気を盛り上げている。

■首相は「経済成長」こそが政権を強くする、という信念があるらしい。アベノミクスの成果を語る時に胸をはっている。
 
■景気の回復で、税収は増える見通しとなった。新年度の国の収入は59兆円超と見込まれる。

■外国人観光客の急増で、毎年数兆円の需要を新たに喚起した。1000万人を越える目標が2500万人規模にまで増えた。観光客は都市圏のみならず、全国各地に及んでいる。しかし、途上国の経済の伸びがもたらしている恩恵である。

■税収の伸びがあるにせよ、財政を立て直すには歳出を削る必要がある。

■社会保障は全世代社会保障の名の下に、高齢者中心の社会保障イメージからの転換を図っている。少子化が課題だから、これは当然の方向転換であろう。ただ、少子高齢化問題は20年以上前から予見されていた難問であり、歴代政権は通り一遍の政策でお茶を濁してきた。人口問題の重要性に対する感覚の鈍さは日本の政治の悪しき遺産である。私は完全に機会を失した、何を今さら、と考えている。

■社会保障費の伸びを5千億円程度に抑える目標は達成したものの、薬価の引き下げによるところが大きい。

■防衛費突出が際立つ。対北朝鮮の守りを固める地上配備の迎撃システムや長距離巡航ミサイルの導入で、5兆1900億円と過去最高になった。防衛力は国民の安全を守る為には整えるとしても、費用の問題は無視出来ない。

■東日本大震災の復興など災害対応はどこに行った??

■今回の予算で財政規律は一段と弱まった。

■積み上がった国の借金は1千兆円を超える。借金を次の世代に残していいわけがない。この大盤振る舞いの財源の3割以上を特例公債の発行によって賄っている。低金利政策によって政府の借金の利払いを軽減している。

■この数年、次々と華々しく打ち出された「人づくり革命」、「1億総活躍」、「地方創生」にどのような成果があったか、総括はあるのだろうか。


1/1(月)晴れのち曇り 年始休暇初日目 
 1:00起床。新聞入力昨年文終了。本読み、徒然などゆったり過ごす。7:15中通病院経由飯川病院。著変なし。8:45帰宅、9:30舩杉一家中通病院経由離秋、松坂に向かう。微睡、午後はデータ整理、新年に移行処理。録画BRで「N響第九演奏会:エッシェンバッハ指揮」,「2017クラシックハイライト」、十分楽しめた。次男一家も来襲。19:00夕食、「ウイーンフィルNewYear con、R・ムーティ指揮」一部視聴。文献検討。新聞電子化、読書など。20:30就寝。Σ7752歩。

2018年元旦 明けましておめでとうございます
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 2018年元旦、明けましておめでとう。
 我が家は家内がいささか体調を崩しているものの、全員揃って新年を迎えることが出来た。これは大きな喜びである。

 私の今年の新年の朝は1:00起床で始まった。新聞入力昨年分終了。
 本読み、文献読みなどいつもの如くである。昨年から肩の荷を下ろして自分の意のままに生きてみようと思っている。

 今朝の日の出は7:00amころ、朝陽は曇りの空に隠れて見えない。
 18年の初日と言っても本質的に特別変わったことはない。昨年一年積み上げたパソコン上のデータを閉鎖し、本日から新規にスタートした。このリフレッシュ感は大きい。あたらしい日記帳を開くが如しである。

 私は昨年末までは、水曜を除く午前は法人関連の3院所で働き、午後は3日間飯川病院勤務、2日間は私的にボランティアで過ごして来た。そろそろ引退の時期かと思うが、午後の飯川病院分は院長の体調が今ひとつと言う事なので現状のまま継続することになるだろう。

 なお、5年前から年賀状は欠礼させていただいている。

 今年一年がいい年になるよう,心から願っている。
 まずは新年のスタートが切れた事を喜びたい。

 追記:玄関の新年の御飾り、年々ちゃちになって行く気がする。


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   年を通じてワンパターンで淡々とした毎日です。AM2:00-5:00にメールチェック・返事送付、人間ドック(HDD)判定・報告書作成、新聞切り抜き、病院・医師会業務など。
  月〜土曜は6:00頃出勤、HDD報告書印刷、外来書類処理など。病棟回診、HDD受診者とミーティングと診察。8:45-14:00外来とHDD受診者に結果説明。昼食は摂りません。午後は病院業務・医師会業務、各種委員会等に出席など。20:00頃帰宅。
  日曜・祭日もほぼ同様ですが、病院には午後出かけます。時間的に余裕無いのが悩みです。


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