徒然日記
2015年12月分

 日記と言うより、自分の行動記録からの抜粋と日々の雑感です。

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先月の日記          来月の日記


12/31(木)終日曇り小雪ちらほら 寒い 年末休暇三日目 大晦日
2:30起床、年末休暇をゆっくり楽しむ。8:10こまちにて舩杉一家離秋、松坂に移動。午前はオーディオ・電気関連の部品や電線の整理と廃棄処分。午後は家の片付けなどで過ごす。CDにて「交響曲9番、合唱付」楽しみつつ今年分の蓄積データの整理、来年に向けての更新作業。18:00寿司中心に夕食。少量の日本酒に酔い18:45就寝。23:00起床、本年度最終日の時間を味わう。紅白の最終場面見ながら「年越しそば」味わう。本年の大晦日は日付の変更時間を持って終了。結局、除雪を一度もすることなく本年終了した。

2015年大晦日 終日雲、小雪ちらほら、寒い いつもと同じく「感謝」 で締める
 時間の経過は実に早い。2015年も大晦日を迎えた。

 私は先に勤務していた病院の嘱託医として外来診療を細々と続けている以外は外との接触・交流・対話は一切なくなった。家族とネコと共に、全て自己満足の世界、自分との対話を中心に過ごしている。

 新聞雑誌、文献等の活字体、録画映像、ラジオ番組の録音を通じていろいろ情報を仕入れ勉強した。無知であった自分を恥じながら新しい史実、事実を知ることは大きな喜びであった。知らなかったことを知る毎日に「わくわく・ドキドキ」している。
 不調な日はあったが、無為に過ごした日はなかったと自負している。今年一年の貴重であった日々は、時間経過の点線でなく、面として積み重ねることができた。

 今年の最後の夜は久々日宅で過ごしている。いま23:30過ぎである。NHK紅白歌合戦を観ながら今年最後の徒然を書いている。大きな満足感とともに短く締めくくる事とした。

 私がこうして無事年末を迎え得たのは、やはり多くの方々のお陰である。
 この一年、いつもと同じく「感謝」の気持ちを込めて、厳粛な気持ちで締めたい。


12/30(水)年末休暇二日目 曇天なるも降雪なし  
 1:30飯川病院で起床、新聞チェックほか,ほぼいつもと同じに過ごす。BR視聴:「世界一受けたい授業:犬・猫」、「林先生初耳学」、「CGによる古事記の世界:(1)(2)」、「英国一家:味噌・松坂牛」。9:30帰宅、「N響定期より」、「フィンランド放送交響楽団演奏会:シベリウス」、「ラララ・クラシック:ショパン幻想即興曲」見る。16:00飯川病院に。18:00-21:30友人と会食。22:00就寝。新平成の忠孝歩数計7882Km、丁度集計開始から1000日目、1日平均7.9Kmであった。

わが家の動き2015
 ■次世代・次次世代
 長男・長女・次男たち、その家族は私から見て元気に過ごしている。現在孫が秋田に3人、横浜に1人いる。何れも個性豊かにすくすくと育っている。幼児の成長、知能・心理の発達の観察は私の趣味の一つとなっている。幼児の発達過程に関する文献的考察も面白い。

 物心つき始めている孫たちのしつけ等に私は関与出来ない。ただ、少しでも爺婆の面影が残るよう、できるだけ接触する時間を確保している。時々、わが家にも来るが孫が振りまく笑顔は家中を和ませてくれる。
 私は孫たちが来るとドアに鬼の面をつけた自室、避難室に逃げ込む。適宜出て行っては相手し、また避難する。孫たちのペースには到底合わせられない。これが私にとっての精一杯の歓迎である。
 
 ■爺婆世代
 爺婆世代の話題といえばどうしても健康問題が生じてくる。
 私も間もなく71歳になる。右下腹部の腹壁ヘルニアが徐々に大きくなりつつあり、時に疼痛を発する。何れ、手術が必要になるだろうができるだけ回避したい。今年の最大のトラブルは8月の崖からの落下であった。結果として大事にはならなかったが一歩間違えば事故死の可能性もあった。つくづく運が良かったと思う。生活上の後遺症はないが、4け月を経過した今でも右の背部の一部、臀部の皮膚感覚は戻ってきていない。
 最近、体力の衰えを自覚している。気力はまだなんとか維持されているのが救いである。
 
 家内は元気であるが、11月上旬に胸壁にまた腫瘤が見つかった。私の目から見て悪いもののようには見えないが要注意状態である。もともとマイペース人間であまりストレスがないのか、労働意欲は保たれているようで一安心である。
 私自身はそろそろ引退、あるいは大幅な業務量の縮小を希望するが、家内が働いている間は補助的に手伝わなければならないだろう。

 賄いの石井さんも元気に過 ごしているが、共に年齢には逆らえないようである。

 ■その他
 我が家はこの1年でネコ屋敷になった。春先まで内ネコは黒の「ユー」1匹だけであったが、外ネコ「プチ」を正式に受け入れ、2匹になった。外ネコ「小さいかた」とその子供達4匹は風除室に保護して世話しているので7匹と一緒に暮らしている。いたずら盛りでネコ対策の工夫の毎日である。今日はちょっと微睡んでいる隙に小さなロールケーキ一本やられてしまった。今年は6匹不妊手術・去勢手術を行ったのでこれ以上は増えないようにしたのでその面では一安心である。
 
 息子宅のボーダーコリー3匹も時に我が家に来るが、私は仔犬からも逃げ回っている。女の気持ちは私には理解できないが、3人の子供と3匹の犬を育てている嫁さんにはほとほと感心してしまう。

 ・・・と、言うことで、今年も一年を「良かった良かった・・」で締められるのを喜びたい。


12/29(火)曇り・寒波 年末休暇初日 午後飯川病院勤務 そのまま当直
 1:00起床、徒然、文献読み。5:00可燃ゴミ出し。午前はバラの防雪対策。13:20バス予定も忘れ物で自動車で飯川病院。14:00-17:00飯川病院勤務、17:00当直勤務。BR視聴:「BS世界のドキュ:エイズ治療薬」、「NHKsp:パリ同時テロの衝撃」、「NHKsp:新映像の世紀 グレイトファミリーズ」観る。18:00検食、20:00就寝。歩数計Σ7878Km。 

2015年の出来事 世界は、日本は、医療界は
 この一年間に私が関心を持ってファイリングした項目は多岐にわたるが、10大ニュース調に項目のみあげてみた。

世界は
 @ IS関連テロ頻発
 @ 難民流出
 @ ギリシャ債務問題
 @ 南シナ海問題
 @ 米国キューバ国交回復
 @ FRB 9年ぶりゼロ金利解除
 @ アジア投資銀行設立 中国経済減速
 @ VW排ガスで不正

日本は
 @ 安保法成立 強行採決
 @ TPP大筋合意
 @ 辺野古埋め立て訴訟合戦
 @ IS邦人二人殺害
 @ 川内原発再稼働
 @ 70年談話
 @ ノーベル賞お二人受賞
 @ 関東東北豪雨などの自然災害

医療界は
 @ 難病医療法施行。医療費助成100疾患に
 @ 介護報酬改定率-2.27%で合意
 @ 認知症施策推進総合戦略決定
 @ 東北薬科大 医学部設置認可
 @ 東女医大、群大病院の特定機能病院の取り消し
 @ 2025年の必要病床数は叫在より約20万床減に?
 @ 厚労省検討会が胃がん検診に内視鏡検査も推奨
 @ TPP協定が大筋合意 首相は「国民皆保険は堅持」
 @ 化血研の隠蔽 血液製剤問題40年以上
 @ 国際医療福祉大の成田市の医学部設置計画認定
 @ ストレスチェック制度開始
 @ 2016年度診療報酬改定 本体部分+0.49%

秋田県は・・・
 2015年秋田県の主な出来事 事件はいろいろあったが、県の活力は乏しかった


12/28(月)曇り 降雪積雪なし 健康クリニック休診 飯川病院
 1:30飯川病院起床、徒然、文献読み。7:00検食、本日は健康クリニック休診でフリー。9:30車帰宅。入浴ほか、次男の孫来訪。13:15バス飯川病院着、14:00-18:30飯川病院勤務。19:00帰宅。夕食、20:00就寝。BR:「世界が驚く日本:看護師」、「ドラマ:私を見つけて(1)」、「バクモン:成田空港ー機内食向上、感染症水際作戦」、「フランケンシュタインの誘惑:キュリー夫妻・F ハーバー」観る。 Σ7874Km。靴底滑り止めアダプター初使用、結果良好。

2015年 自身の行動計画の評価と総括   
 私は他からの評価よりは自己満足の方を重視し、楽しんでいる。
 2015年の新年に立てた、あるいは途中から開始した目標の達成状況をざっと自己評価した。今年は、体力・気力の一層の減退を自覚した。

向上した項目
@ 対外的活動忌避--------------------------------------(↑)満足度10割(昨年9割)
@ 契約以外の就業回避----------------------------------(↑)満足度9割(昨年5割)
@ 時間を自分のために有効に使えたか---------------------(↑)満足度8割(昨年5割)
@ 園芸・野菜作り・除雪その他の作業---------------------(↑)満足度7割(昨年7割)
@ 医療・医学を学ぶ姿勢、取り組み------------------------(↑)満足度5割(昨年4割)
@ 終活・身辺整理--------------------------------------(↑)達成度3割(昨年1割)

低下または悪化した項目
@ 健康管理面への配慮、注意。努力-----------------------(↓)満足度6割(昨年8割)
@ 惰眠をむさぼらなかったか-----------------------------(↓)満足度5割(昨年7割)
@ 簡単な筋トレ・ストレッチ-----------------------------(↓)満足度1割(昨年2割)
@ LPレコード1.000枚ほど全てに針を通す-----------------(↓)満足度1割(昨年2割)

昨年とほぼ同じレベル
@ 徒然日記の連日更新-----------------------------------(←)達成度10割(昨年10割)
@ 新聞4紙の記事を電子化ファイリング--------------------(←)達成度10割(昨年10割)
@ 月収の2割以上を岩手県の復興基金に送る----------------(←)達成度10割(昨年10割)
@ 契約上の勤務達成度 ----------------------------------(←)達成度10割(昨年10割)
@ 英語、芸術、歴史、特に近代日本史を学ぶ----------------(←)満足度8割(昨年8割)
@ 録画の映画、ドラマ、音楽映像を視聴--------------------(←)満足度8割(昨年8割)
@ ラジオ深夜便「明日への言葉」録音聞き直し--------------(←)満足度7割(昨年7割)
@ 天候不順日をのぞく徒歩通勤----------------------------(←)満足度7割(昨年7割)
@ 階段昇降---------------------------------------------(←)達成度5割(昨年5割)

 上記の判断の尺度はほとんど客観性はない。自分の心の中にある良心と邪心を鬩ぎ合わせて適当に判断した。達成感、満足感は全般に低下傾向に有る。
 最近はやたらに睡魔が襲ってくる。それに負けて時折微睡を取る時間が増えた。仕事や作業が一段落した時などちょっと横になりたくなる。尤も、早寝早起型の習慣で1時前後から起き出しているという生活習慣の歪みが歳とともに具現化して来たのかもしれない。身体が要求するからそれには従っている。腰を守るという意味もあるようだ。

 簡単な筋トレ・ストレッチ、LPレコードの項目が低いのは、右下腹部のヘルニア保護のためと、映像を伴うライブ演奏を楽しむようになったからである。私にとってLPレコード、CDの意義は小さくなってきている。

 私の好きな言葉は「継続は力なり」であるが、中身より継続することの方を重視して本末転倒だと思うこともないわけではない。
 まあ、なんとか過ごし得た一年だから、自己満足度はこんな程度でも良かった、としみじみ思う。


12/27(日)新しい積雪なし 曇り寒波 餅つき大会 飯川病院当直
1:30飯川病院起床、本読み、新聞PDF化、徒然。室内レイアウト変更、整頓。7:00検食、花壇雪対策追加、BR視聴:「BS1sp:冷戦後の新たな戦い』、「岩手のホームスパン』、「オイコノミア:寄付の経済学』、「世界が驚く日本:鮭・タクシー」、「和食:だし」観る。9:30車帰宅。自室にてBR視聴:「指揮者ヤルヴィ特集、ドキュメント、モーツアルトP協奏曲24番、ラベルP協、田園など」。15:00餅つきで休宝寺へ。16:00辞し病院、17:00当直業務に。18:00検食、20:00就寝。

2015年秋田県の主な出来事(2) 県の施策に対する秋田県民の評価
 本年一年間の秋田県内の出来事を私のファイルから抽出してみたが、秋田県の活力を評価するような項目は残念ながら上げることは出来なかった。だだ、これは私の評価である。

 県民の方々はどう思っているのか。
 それを知る手がかりになるだろうデータが県のホームページ「美の国秋田」に公表されている。県が本年度県民意識調査として施策の満足度を調べたデータであるが、膨大な資料でなかなか理解しがたい。このデータの一部が本年10月の秋田魁新聞に集約されている。そちらも参照した。

 県民意識調査は、18歳以上の県民4100人を無作為抽出し、40.9%に当たる2048入から回答を得ている。県が昨年度スタートした運営指針「第2期ふるさと秋田元気創造プラン」に盛り込んだ施策について、「十分」、「普通]、「不十分」のいずれと思うかを尋ねたもの。
 結果は以下の通りであった。

 県の施策への県民の評価
―――――――――――――――――――――――――――――
               十分      不十分 
―――――――――――――――――――――――――――――
  @ 産業・エネルギー    8.7%      41,7%
  @ 農林水産       8.0%      40.4%
  @ 観光・交通       13.7%     41.7%
  @ 健康・医療・福祉   17.1%      34.0%
  @ 地域力創造      3.2%      60.6%
―――――――――――――――――――――――――――――-
  6分野の36項目別の平均 10.6%      42.7%
―――――――――――――――――――――――――――――-
  (36項目別の平均は取り組み項目別の集計の平均)

 分野別にみると、「十分」 は「健康・医療・福祉」が17.1%で最高、「地域力創造は3.2%で最も低かった。
 NPO活動などを促進する「協働の担い手確保」で「十分」が12.1%だったのに対し、「不十分」が69.2%、「県民一体の少子化対策」は「十分」が3.2%で、「不十分」が68.2%。これらはいずれも地域力創造分野だった。

 なかなか厳しい評価が示されている。
 しかし、この場合、回答者は県の施策の進捗状況などの資料をどれだけ与えられたのか、その検討のためにどれだけの時間を与えられての回答だったのか。それが問題であるが、その状況を知ることはできなかった。少なくとも無作為抽出された県民4100人が深く考えた回答をしたとは考えられない。

 だから、この結果は全く個人的な感覚的判断の集計と思う。
 各分野から選ばれた「県政モニター」的メンバーによる回答ならより信憑性の高いデータになるだろうと思う。

 そうは言っても、県民が県の施策に対して厳しい評価をしていることは示されていると思う。県がこの調査をしたことは、県民の意見を吸い上げて県政に生かすためと思われるので、今後の県政を見守っていきたい。


12/26(土)初積雪10cm 飯川病院日直・当直   
 1:00起床、新聞チェック、医学系論文読み、徒然ほか。午前中から降雪あり。11:30花壇の雪対策用の道具満載して車病院、12:00日当直に、検食。15:00花壇雪対策、18:00検食、20:30就眠。BR視聴:「池上:世界を変えた本」、 「未来世紀ジパング」、「久米書店:和食の知られざる世界」、「蚕・業革命』、Σ7868Km。午後横浜在住の舩杉一家来秋。

2015年秋田県の主な出来事(1) 事件はいろいろあったが、県の活力は乏しかった
 私のファイルから拾ってみた。

1月
 @鹿角市の病院で入院患者と職員59人がインフルエンザに罹患し患者4人死亡
3月
 @田沢湖駒ケ岳で源泉設備を調整していた市職員ら3人硫化水素ガスで死亡
 @国の地方創生特区に「農林・医療ツーリズム」の仙北市を指定
4月
 @県議選、自民が単独過半数 大里氏落選
 @旧ソ連で抑留死した日本人1万723人公表。本県出身者74人
5月
 @湯沢市で住宅が全焼、一家7人の焼死
 @秋田市で東北六魂祭 26万人参集
6月
 @2014年の自殺率が19年続いた全国ワースト脱却
 @花岡鉱山などで強制労働させられた中国人ら13人が国に賠償求め提訴
7月
 @県議会が安全保障関連法案を今国会での成立求め意見書案を可決
8月
 @夏甲子園大会で本県代表の秋田商が8強進出、80年ぶり
 @全国学カテストで本県か全国トップ級の成績、8回連続
 @安全保障関連法案に反対し、県内でも市民団体や学生が集会やデモ行進
9月
 @鹿角市のタクシー運転手(66)が市内の道の駅駐車場で殺害
 @県と秋田市が新複合文化施設を県民会館地に建設方針
 @男鹿市税務課長、約230万円を着服で逮捕
 @仙北市係長、収賄容疑で逮捕
10月
 @本県人口102万3151人
 @国体で本県男女共38位
 @くい打ちデータ改ざん、県内でも旭化成建材関連建物27件確認
 @ハタハタの2015年漁期(〜16年6月)枠が昨年比半分以下の800tに
 @元東大総長佐々木毅氏文化功労者に
11月
 @太平物産が肥料表示偽装
 @県の新PRキャラクターか「んだッチ」に
12月
 @秋田ガン死18年連続ワースト 
 @秋田-ソウル便来年3月まで運休
 @臨床研修医過去最多

 秋田県の活力を評価するような出来事は今年も残念ながら見られなかった。
 最も重大なデータは、10月の集計で本県人口が102万3151人に減少したことで、新鮮味はないが最も重大な事態である。
 人口減は日本全体の問題で、多くの道府県に共通したこと、日本創生会議のショッキングな報告が出てから久しく、ニュース性は乏しくなった。多くの県民も何とすればいいのか、何か方策はないか考えていると思う。
 知事をはじめ、議会、県職員たちが何と考えているか、まさか諦めムードではあるまいが、県議会のパンフレットや議会内容を報じる記事を見ても方策を把握できなかった。


12/25(金)曇りのち晴れ 大曲外来 飯川病院ボランティア 
0:30起床、徒然、文献読み。5:00可燃ごみ提出。7:30Taxi駅に。8:10こまち、9:00-12:00大曲中通病院外来、今年の最終回。13:50飯川病院着、ボランティア。19:00Taxi帰宅、夕食。20:30就寝。BR視聴:「認知症の私からあなたに」、「プロファイラー:ゴーギャン」、「ヒストリア:尾形光琳」、「100分で名著:サルトル(3)」、「林修世界の名著:幸福な王子」、「団塊スタイル:認知症のサイン」」。Σ7865Km。昨年積雪10cm除雪4回目、今年は積雪ゼロ。

ついに念願であった電動ノコギリを購入した
 最近、家事用品等はどんどん電動化が行われ、改良品が次々と発売される。驚くばかりであるが、その割には家事全体はそんなに楽になっているようには見えない。その一つの理由は家電などの機能はほとんど飽和状態にあり、新製品といえど小さな改良しかなされていないからではないだろうか。

 私の我が家における仕事の分担は、通常は食事、家事一般以外の全般である。その中でも住宅の内外の整理や修理、廃棄物関連、園芸や畑仕事が中心である。

 私に関連した分野の機器の電動化は関心があったがほとんど購入していなかった。しかし、私の腰痛予防の立場から徐々に電動化も仕方がないと考えなおした。

 2012年に電動草刈り機を購入した。草取りは最も腰に負担がかかる作業で、これで能率は向上し、腰痛予防にもなった。
 
 
 (今年も大活躍した電動草刈機と当時用いていたクロスバイク)

 私は工作が好きである。私の書斎のコーナーには一坪ほどと狭いが自作の作業台があり、穴あけ、切断、研磨、釘・木ネジ・針金・接着剤による固定程度の軽作業ができる。
 このうち穴あけは長い間キリを用いていたが、結構大変な作業であった。数cmの板の穴あけには10-15分もかかっていた。最近では金属板の加工の機会が増えたので30年ほど前に電動ドリルを購入し、私の作業能力が向上した。数cmの板でも数秒と、劇的な効果で応用力がぐんと広がった。これが今まで私のほぼ唯一の電動工具であった。

 木材・金属板の切断は大小数種のノコギリを用いて自分の手で行ってきた。今まではそれで何とか足りてきたが、腰に負担がかかる。最近は樹勢が落ちてきた庭木の伐採処理もしなければならなくなった。雪の季節を迎える前に処理しなければならない、と電動ノコギリを購入した。先週末はそれを用いて庭木数本を秋田市の家庭ゴミに出せるように裁断処理出来た。
 電動ノコギリは手動での作業とは比較にならない効率の良さであった。5cmほどの幹なら10秒もかからない。

 購入した電動ノコギリは刃を交換することにより金属も木材もプラスチック類も切断できる多機能型でパワーも強力である。ただ、電源が入りやすい構造をしており、作動スイッチと刃が近く、不用意にスイッチが入ると手指を切断しそうでとても危険である。せめて補助スイッチがあってそれを同時に押さなければ作動しないような構造にすべきである。アンケートのハガキにはそのように提言した。私は早速コンセントを細工して不用意に動作しないように工夫した。

 
 (30年近く働いているドリルと、最近購入した電動ノコギリ)

 この電動ノコギリは今後の作業に、趣味の分野で可能性を大きく広げてくれるだろうと思う。楽しみである。


12/24(木)曇り 外来 飯川病院
1:00起床、新聞、文献自炊,家電カタログPDF化。比較的新しい家電の仕様、仕様説明書はネット上で見ることができる。発想の転換必要。徒然ほか。7:30徒歩病院。8:45-13:30外来+ドック総括。14:00-18:30飯川病院、サンタ役で全患者にティッシュペーパー配る。19:00帰宅夕食、20:30就寝。Σ7859Km。BR視聴:「そこまで委員会:天皇制」、「世界の今・今世界は:北朝鮮問題ほか」。本年の中通外来診療終了日。

宗教とは何か2015(17) なんでクリスマスにケーキを食べるのか??
 今夜がはクリスマスイブだと言う。午後勤務している飯川病院の看護師から突然「サンタの役をお願いします」と言われて困惑した。私は超恥ずかしがり屋である。サンタの格好してプレゼントを配るだけだと言う。その程度ならと協力した。

 私は宗教に関心はあるがどちらかというと人間の心理学的立場から考えており、神道・仏教関連が中心である。キリスト教、イスラム教等文化圏の異なる宗教にはピンとこない。
 日本ではキリスト教国でもないのにクリスマス等の行事が広く祝われている。わが国の文化の包容力なのであろうが、日本の宗教観は神道・仏教文化を背景にしているように見えるが、実態は必要なときだけ宗教行事をちゃっかり利用しているだけ。経典など読む人はほとんどいないと考えられる。日本の宗教観は基本は神道・仏教を超えた「いのち」への畏怖、自然宗教にあると思われる。

 その日本で、クリスマスとは何なのだ?私はその実態をほとんど知らない。
 いつ頃から今風のクリスマスになったのか。何でプレセントがもらえるのか、何でケーキを食べるのか??また、他国ではどうか・・と疑問に思い若干調べてみた。

 クリスマスはキリストのミサの意味で、神の子であるキリストが人間界に誕生したことを祝う行事で12月25日とされ、敬虔な信者は教会でミサを行う。前日の24日の夜はイブとして祝われている。

 キリスト教国ではクリスマスは広く祝われており、イスラム教でもイエスは神の子でなく人間の預言者の一人とみなし、生誕を祝う。
 ユダヤ教では、イエスを救世主と認めていないので祝うことはないか、同時期に奉献祭が行われている。
 新約聖書にはイエスの誕生についての記述はないそうであるが、現行の12月25日がイエスの誕生日とされたのは4世紀以降とのことである。

 日本で最初にクリスマスが祝われたのは、1552年に周防の国(山口県)で宣教師たちと日本人信徒とで催されたのミサであったという。
 現在のような形としてのクリスマスは、1900(明治33)年頃からデバートや商店などでクリスマス商戦が始められてからでる。

 もともと日本人が外来の催事に寛容であったのと、年末という節目の時期で都合が良いことから、宗教とは関連ない、商業ベースで広く行われるようになったようである。
 戦後の一時期は企業仲間を中心に宴会形式のクリスマスが多ったが、最近は家庭で楽しむ形式か定着している。人間社会の対人関係の変化が反映されている。

 他国のクリスマスであるが、ヨーロッバ諸国では12月24日から1月1日までクリスマス休暇とされ、クリスマスは法定休日とされている。フランス・スペイン・イタリアなどでは、クリスマスは12月25日から1月6日までであり、子供達がブレゼントをもらうのは1月6日だと言う。
 イギリス・アメリカでは、12月25日にプレゼントが交換される。

 などなど、ちょっと調べた後に帰路に着いたが、途中でコンビニの看板を見た時に突然ケーキを食べたくなってミニホールケーキを買った。何年ぶりだろうか。何でこの日にケーキなのか?の疑問は解けなかった。でも、そんなことはどうでも良かった。美味しいお菓子を前に理屈などいらないのだ。


12/23(水)寒波緩む 天皇誕生日休日 
 1:00起床、徒然ほか。新聞、文献チェック。午前は徒然入力、サッシ修理、ゴミ箱ふた改良など。午後は電動ノコギリ初使用、便利だが、かなり危険な代物でもある。要注意。庭木倒木ほか細断。花壇の雪囲など検討、材料用意。19:00夕食、20:30就寝。BR視聴なし。

イヌ・ネコはペットにあらず?2015(14)猫屋敷化我が家(4)雌ネコ3匹去勢手術
 今年はネコの世話が大変な年であった。
 我が家にはいまネコが7匹いる。
 黒猫の雌「ユウー」11歳、「小さい方」雌3歳か、その娘「プチ」2歳、小さい方の子供で今年4月に生まれたプチの妹分「雪音」、弟分の「テツ」、「シマ二郎」、「グリフィス」である。

 私は今までメス猫しか飼っていない。
 半世紀前に死んだ初代の雌ネコの、母親としての行動から多くを学んだし、私を癒してくれたから、私はネコといえば雌ネコのイメージしかなかった。二代目「なんなん」、三代目「ミーシャ」、4代目『ユウ」、五代目「プチ」、我が家の一員と私が認定したのはみんな雌である。

 私は「小さい方」と今年生まれた子供たちを風除室に受け入れ、時に居間も開放しているが、我が家のネコとしてまだ認知していない。できればどっかに行って欲しいと心の隅で念じている。そうは言っても世話している以上、避妊手術や去勢手術せずに無責任に成長させるわけにはいかない。子供たちのうち3匹は雄である。私は初めて雄ネコを身近に置いたが、雌とそんなに違いはない。

 今年は「プチ」は3月に、「小さい方」は6月に、「雪音」は11月に避妊手術を済ませた。回復しているだけ術後数日は痛みのためかおとなしかった。最近の避妊手術は術後も隔離など特別な配慮が不要なほど軽くなっている。

 次に雄ども去勢手術である。オス猫の場合は睾丸の摘出を行う。今月12日は「シマ二郎」、「グリフィス」の二匹、18日は「テツ」を去勢した。「シマ二郎」、「グリフィス」の二匹は超活発である。家人3人がかりでなんとか捕獲したが、それぞれ噛まれて血を流してしまった。「テツ」は慣れていたのでスムーズに手術に持ち込めた。手術当日の夕方引き取りに行ったが、獣医から大豆ほどの可愛い睾丸が2ヶずつビニール袋に収まっていた。術後も痛みを感じている様子は見られなかった。

 ネコの生殖能力を人が奪うことに問題もあるが止むをえない。去勢後は性的な欲求からくる問題行動、例えばマーキング、叫び声、攻撃性などが軽減されるとされている。私は「シマ二郎」、「グリフィス」が温順しくなってくれることを期待している。

 今年はネコ達の避妊・去勢を集中的にやった。
 雌の避妊は一匹あたり2.5万円、雄の去勢が1万円、結構な出費となった。身近で生きていってもらうにはやむをえない。子供たちの性的行動について悩みのタネであったが、これで懸案の一つから開放されホッとしている。


12/22(火) 冬至 寒波曇り 外来 飯川病院
 1:00起床、体調やや不良、カゼか寝不足か。文献チェックなど。夜半までなかりの強風。降雪はほとんどなし。5:00可燃ごみ処理、7:10バス飯川病院。8:45-14:30外来、混雑。疲弊、体調不良。14:45-18:30飯川病院勤務、19:17バス帰宅、すぐに入浴したが柚子が5ヶ風呂に浮いていた。夕食、カボチャとあずき。20:00就寝。BR視聴:『サイエンスゼロ:温泉が発電する』、「世界一受けたい授業」、『英国一家:大阪』、Σ7845Km。電動ノコギリ入手。

四季2015(9) 冬至:寒くなるが、日ごとに明るくなるのが希み 
 本日は冬至。
 帰宅後、夕食前に入浴したが、柚子の実が数ケ浮かんでいた。夕食には「カボチャとあずき」が添えられていた。

 冬至を意識した柚子風呂にしろ「カボチャとあずき」に関しても、我が家の家族だけでは到底このような配慮はできない。我が家の食事を含め家事の大部分は、約40年にわたり賄いの石井さんにお願いしている。高齢となり労力としては大きな期待は出来なくなったが、家事の一部、留守の一部でも担ってくれていて有り難い。

 私は柚子を浮かした風呂の効能は主に皮の部分にあるのだから、と主張し昨年は柚子の実をむいて皮の部分だけが浮かべ、果肉はジュースにしてもらった。しかし、今年はまた元に戻った。昨年の試みは忘れたのであろう。ならば、今年は浮かべた柚子からジュースを絞ってみてはどうかと提案したが、家人から反対されコンポスト行きとなった。

 冬至は1年で日の出の時刻が最も遅く、日の入りの時刻が最も早い日とされているが、実際にはその日は冬至その日ではなく半月ほど前だという。私は天文学・暦学についてはよくわからないが、確かにここ数日若干朝が明るくなったような気がする。

 私の活動時間は深夜から朝にかけてがメインである。出勤時間は6:30am、帰宅は19:00以降となっているが、10月末から12月末までは真っ暗である。懐中電灯で足下を照らさないと危ない。

 秋田では通常冬至は雪の中で迎え、寒さは厳しい季節である。だから、いつもなら冬至の喜びは大きい。
 今年の気候はおかしい。11月29日に初雪は降ったが、その後ほとんど降雪はなく、積雪冠雪はない。気温もいつもの年寄りは暖かい。飯川病院から中通病院へは400mほどであるがその間の移動は半袖Yシャツにセーター一枚、素足にスリッパ姿である。今週末には寒波と雪の予報が出ているからそろそろ雪の季節に突入かもしれない。

 これから一週間単位で見れば夜が明けるのが徐々に早くなっていく。春を待つ私の心のよりどころになるスタート日である。本日「冬至」を迎えた。とても嬉しい。


12/21 (月)曇り寒波 健康クリニック 飯川病院 積雪10cm除雪3回目
 1:00起床、新聞チェック、そのほか文献読み。PDF化書類。6:30徒歩飯川病院へ。9:00-11:00健康クリニックドック業務、検診業務は暦上の休み続きが続き4週後から。13:20-18:40飯川病院、19:00夕食、20:30就眠。BR視聴:「ETV特集:ホロコーストのリハーサル、医師の関与」、「BS世界のドキュ:認知症、家族と苦悩と愛」、「BSスペ:冷戦後の新たな戦い」、「NHKsp:認知症革命(1)」、「ETV特集:ドナルドキーンの日本(1)」、「久米書店:高橋源一郎」。

ジジババ・孫論2015(6) 子供に大きな影響を持つ大人の考え方
 19世紀末、ニューヨークに住む8歳の少女ヴァージニア・オハンロンが新聞社に1通の手紙を送った。受け取った「ニューヨーク・サン」紙の編集局は社説で答えた。「サンタはいるよ・・」、と。
 この少女はのちに教師になり、校長になって、1971年に亡くなるまで、恵まれない子どもたちの救済に尽くし、彼女の名を冠した奨学金制度もできた、と言う。

 米ジャーナリズム史上最も有名な社説を掲載したサン紙は半世紀前に消えた。同じ名前と精神を看板に2002年に設立された新聞社も、2008年経済危機のあおりで解散した。実社会の現実は厳しい。

 この新聞の社説が彼女の人生に、当時の子供達の人生に大きな影響を持ったことは想像に難くない。この少女だけではない、多くの子供達の心の扉を開いたと考えたい。「サンタはいるんだよ・・・」、は偉大な文章である。この精神は100年の時を超えて子供たちの想像力を燃やし続けている。こんな夢を語る力が今、私たち大人の社会にあるだろうか。 
 参考書籍 「サンタクロースっているんでしょうか? 〔改装版〕」 版東逸子(イラスト)中村妙子(翻訳)  出版社: 偕成社 (2000/11/27)。

 子供たちの世界では、メールやスマホは広まったけれど、人間らしい対話は乏しいように思う。「サンタはいるんでしょうか・・」と入力すると、「そんなのいませんよ、いるはずないじゃないか」との否定的な答えも返ってくる。そんな答えを投稿した人は、恐らく「ニューヨーク・サン」紙の社説を読んでいないのだろう。

 子供達への夢は対話の中から育んで欲しい。

 時代が違うと言えばそれまでだが、私の頃は漫画を読みすげて叱責を受けていたが、手塚治虫が「鉄腕アトム」等の作品で描いた未来の姿を見て、大きくなる頃にはこんな世界が待っているのか・・・と、当時の大人たちも、子供たちも自分の成長を、将来を楽しみにワクワクしていたように思う。

 私は孫たちが年末・年始に来たら将来の夢を語りたい、聞いてみたい、と思っているが、親たちが日常孫たちにどんな話をしているのか、孫たちがジジの話を聞く気持ちがあるのか、それすらも分からないから、実際には何も語れないだろうね。

 子育ての際に、子供達の心の中に「夢の種」も植え付けてほしい。
 FM放送「パナソニックメロディアスライブラリー」は週に一回作家の小川洋子氏がパーソナリティとなって歴史に残したい文学作品を紹介する番組で、私は毎週楽しみにしている。この番組の中で2年ほど前に流されていたのコマーシャルはとても良かった。拙い文章ではニュアンスを表現できないが、ある朝、娘の前で新聞を読んでいたお父さんが、明るい声で「そうか、お前たちが大きくなる頃にはこんな素晴らしい日本になるのか・・!!」と話しかける。娘は、嬉しそうに「どんな素晴らしい時代になるの??楽しみだね・・・」、と答える。
 ただそれだけだが、夢を語る力が今、私たち大人の社会にあるだろうか。このコマーシャルの中に子育ての際の重要なヒントが示されていると思い、私は繰り返し繰り返し聴いていた。


12/20(日)曇り 飯川病院日直 
 0:30起床、新聞チェック、そのほか文献読み等淡々と処理。PDF化書類、ラジオ深夜便のMP3データを整理。8:28バスにて飯川病院、9:00-17:00飯川病院日直。データ整理など。19:00夕食、20:30就眠。BR視聴:「ETV特集:ホロコーストのリハーサル」、「BS世界のドキュ:認知症、家族と苦悩と愛」、「BSスペ:冷戦後の新たな戦い」、「NHKsp:認知症革命(1)」、「ETV:ドナルドキーンの日本(1)」、「久米書店:高橋源一郎」。

ジジババ・孫論2015(5) 孫たちに「サンタはいる」とおしえていいのか
 間もなくクリスマスである。
 私は岩手のど田舎育ちで、外国の文化など全くなかったが、中学生の始め頃まで毎年サンタクロースからプレセントをもらっていた。私はその日だけはストーブのある部屋に引っ越し、靴下と風呂敷を枕元に用意して寝た。25日の朝、ボール紙で作られた銀色の長靴に詰めたお菓子と何かしらのおもちゃが置いてあった。いつだったが枕元に母親がいたような気がした。翌朝問うたら「サンタさんから頼まれた・・」とのこと。
 私は中学生頃までサンタがいると信じて疑わなかった。何人いるのか?夏はどうしているのか?火が付いている細い煙突からどうやって入ってくる??など分からない事ばかりだった。

 そろそろ、孫たちと会う日が近くなってきた。多分サンタのことが話題になるだろう。その際ジジとしてはなんと説明すればいいのか、親はなんと言っているのだろうか。
 2009年12月の朝日新聞の「風」欄を通じて、社説で「サンタはいる」と子供たちに向けて丁寧に説明した新聞があるのを知った。ずっと忘れていたがこの度思い出した。以下に引用する。

――――――――――――――――――――――――――――――

『ニューヨーク・サン新聞 1897年9月21日 社説」

 本紙は、以下に掲載される投書に対してただちにお答え申し上げるとともに、このようにまっすぐな方が読者におられることを、心から嬉しく思います。

「こんにちは、新聞のおじさん。
 私は8歳の女の子です。実は、友達がサンタクロースはいないというのです。パパは、分からないことがあったら、サン新聞に、と言うので、本当のことを教えて下さい。サンタクロースはいるのですか? ヴァージニア・オハンロン」

 ヴァージニア、それは友だちの方が間違っているよ。きっと、何でも疑いたがる年ごろで、見たことがないと、信じられないんだね。自分の分かることだけが、全部だと思ってるんだろう。でもね、ヴァージニア、大人でも子どもでも、何もかも分かるわけじゃない。この広い宇宙では、人間って小さな小さなものなんだ。僕たちには、この世界のホンの少しのことしか分からないし、本当のことを全部分かろうとするには、まだまだなんだ。
 実はね、ヴァージニア、サンタクロースはいるんだ。愛とか思いやりとかいたわりとかがちゃんとあるように、サンタクロースもちゃんといるし、そう言うものがあふれているお陰で、人の毎日は、癒されたり潤ったりする。もしサンタクロースがいなかったら、ものすごく寂しい世の中になってしまう。ヴァージニアみたいな子がこの世にいなくなるくらい、ものすごく寂しいことなんだ。サンタクロースがいないってことは、子どもの素直な心も、作りごとを楽しむ心も、人を好きって思う心も、みんな無いってことになる。見たり聞いたり触ったりすることでしか楽しめなくなるし、世界をいつも温かくしてくれる子どもたちの輝きも、消えて無くなってしまうだろう。
 サンタクロースがいないだなんて言うのなら、妖精もいないって言うんだろうね。だったら、パパに頼んで、クリスマスイブの日、煙突という煙突ぜんぶを見はらせて、サンタクロースを待ち伏せしてごらん。サンタクロースが入ってくるのが見られずに終わっても、何にも変わらない。そもそもサンタクロースは人の目に見えないものだし、それでサンタクロースがいないってことにもならない。ホントの本当っていうのは、子どもにも大人にも、だれの目にも見えないものなんだよ。妖精が原っぱで遊んでいるところ、だれか見た人っているかな? うん、いないよね、でもそれで、無いって決まるわけじゃない。世界でだれも見たことがない、見ることができない不思議なことって、誰にもはっきりとはつかめないんだ。
 あのガラガラっておもちゃ、中をあければ、玉が音をならしてるってことがわかるよね。でも、目に見えない世界には、どんなに力があっても、どれだけ束になってかかっても、こじあけることのできないカーテンみたいなものが掛かってるんだ。素直な心とか、あれこれ逞しくすること・したもの、それから、寄り添う気持ちや、誰かを好きになる心だけが、そのカーテンを開けることができて、その向こうのすごく綺麗で素敵なものを、見たり描いたりすることができる。ウソじゃないかって? ヴァージニア、いつでもどこでも、これだけは本当のことなんだよ。
 サンタクロースはいない? いいや、今この時も、これからもずっといる。ヴァージニア、何千年、いやあと十万年たっても、サンタクロースはいつまでも、子どもたちの心を、わくわくさせてくれると思うよ。


12/19(土)曇り時々晴 寒波若干 飯川病院午後日直
1:00起床、本読み、医学文献読み、微睡など。午前は居間台所間のネコ対策。パーテーション修理、ハサミ修理。12:00斎場前からバス飯川病院、12:30-18:45日直勤務。デスクワーク。文献整理など入力。迎えあり帰宅、19:20夕食。20:15就寝。時に眠り、座りきりの1日。歩数計Σ7825Km。BR視聴:「昭和偉人伝:相田みつお」、「プロファイラー:G馬場」、「ヒストリア:谷崎潤一郎と女たち」、「100分で名著:サルトル(2)」、「ガイア:新しい農業」、「コズミック:宇宙人との遭遇」、「林修:盗まれた手紙」。

心の内を語らずしてあの世に持っていくのはもったいない
 戦後早いうちから戦争体験や戦争に対する思いを語る方もおられたが、戦後50年すぎから語られる方々が増えてくる傾向があった。その動きは雑誌や新聞紙上の投稿欄、ラジオ深夜便の戦争インタビュー特集の中でも見られてきた。
 70年が経った今、今まで話すことがなかった体験等を吐露し始める高齢者の方が一層増えている。それを読むと、今年論じられた安全保障関連の国会論議も刺激の一つになって、居ても立っても居られない、として投稿しているようである。この現象は高齢者だけでなく高校生等の若年者にも見られた。その意見発表は岩手日報の投稿欄に顕著である。

 隣の県の地方紙同士であるが、両者を比較すると、秋田魁新聞は読者の投稿がとても少ない。岩手日報は高校生の投稿から高齢者まで「番茶・煎茶」欄、「日報論壇」欄にほぼ毎日の如く掲載される。この2紙の差は明らかである。両紙の編集姿勢の違いなのか、持てる意見を発信したい、黙っていたくない、という県民性の違いなのかわからない。

 これは戦後70年経ったからということではなく、高齢の方は間も無く死を迎える時期になったということで心の奥底にあるわだかまり等を吐露しておきたいという切羽詰まった気持ちだろうと思う。
 
 実際に戦闘に参加した日本兵、悲惨な体験をした人たちの多くが積極的に体験を語っていない。その方々の心情は到底計り知れないが、筆舌に尽くせない体験をされた方もあろう。また、被害意識だけで論じられかったと複雑な思いの方もあったろうと思う。帰還兵の多くは伝えるべき相手の価値観ががらっと変わり到底理解してもらえなかった事で口をつぐんだ方々も多い。

 戦争体験だけでは無い。東日本大震災・原発事故に関しても体験したことや、考えたことは、その人の死とともに地上から消え去っていく。これは実に勿体無いことである。現場でいろいろ体験された方々の記録は貴重である。私はそれらに敬虔な気持ちで接したいと思う。

 東京空襲に参加した米兵のうちのかなりが、地上に婦女子が存在することなど一切考えたことはなかった、と心情を吐露している。こんな状況の中で6万人が殺されたなんて浮かばれない。原爆だって同様である。

 死ねば何も伝えることもできなくなる。
 だから、生きているうちに思いの丈を、できるだけ多く形に表して後世に伝えてほしい、と私は思っている。


12/18(金)曇り小雪 冠雪なし 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
1:00起床、本読み他いつもの如く、途中で微睡とる。5:30家庭ゴミ集積所に。4機種のMacをOS10.11.2に更新。7:30Taxi駅に。8:10こまち、ギリギリ間に合う。9:10ー13:40大曲中通病院外来。往路は徒歩、帰路は迎えにの車で。15:15-18:40飯川病院ボランティア。飯川病院忘年会。当然欠席。19:00車帰宅、夕食、20:30就寝。歩数計Σ5325Km。BR視聴:「昭和偉人伝:相田みつお」、「プロファイラー:ジャイアント馬場」、「ヒストリア:谷崎潤一郎と女たち」19:00帰宅、夕食、

午前4時のコーヒータイム 安らぎと攻めのモードに切り替わる時間
 私は通常午前1時前後に起き出す。最近は0時前後になることも多い。
 今の私の就寝時間は20時前後だから睡眠時間はちょっと不足感があるが、午後の業務の合間に微睡をとって補充している。夕食をとった後は間も無く睡魔が襲ってくる。かつては「明日のための充電時間・・」などと言っていたが、最近は「星を見に行く・・」という。枕元に置いてある「星新一のショートショート」の文庫本に目を通しながら眠りにつく。

 午前0時から1時前後、目覚ましをかけずとも目がさめる。起き出すとラジオ深夜便を聴きながら日中に作った新聞、書籍、文献のスクラップを電子化する。その後、文献チェック、本読みなど自由な時間を過ごす。徒然日記を書く。風呂に入る。至福の時間である。

 午前4時、私のコーヒータイムである。私はコーヒーは好きではあるが違いがわからないから、銘柄などはなんでもいい。いつもはスーパーで購入した粉末コーヒーを用い一人分ペーパードリップで作る。コーヒーの袋には賞味期限約1年と印字されている。特別美味しいという感覚はないが不味いとも思わない。
 コーヒーは煎りたての新しい豆を挽いていれるのがいい、と書かれているがそんなのはどこの世界のことだろうか、と思う。私にはこれで十分である。実は、私の人生の中でコーヒーを美味しい、と思ったことは一度もない。それでも無いととても寂しい。
 カップに少なめに作ったコーヒーをゆっくり飲みながら、2Fで朝食を済ませて戻ってきたネコをあやしながら本日の予定を考える。この時間以降は今日1日の準備に切り替わる。安らぎの時間から攻めのモードに替わる。

 天候を予想しながら出勤をどうするか、歩くか、バスか、車か・・を考える。私の分担である、可燃ごみ、資源ごみ等の処理を考え、台所のゴミを庭のコンポストへ入れる。夏場は畠や園芸を考え、積雪期には除雪などを考えながらその日の過ごし方を考える。今日の業務はどうなっているか、などに思いをはせる。

 5時過ぎから軽食を摂る。また風呂に入る。出勤は6時半に決めている。
 12月中旬、家を出る時は真っ暗である。随分朝が遅くなったものである。

 今年は降雪はあるが積雪は無い。除雪が不要なうちは朝はより余裕がある。身勝手なことであるがこの朝の余裕はいつまで続くのか、と思っている。


12/17(木)曇り小雪寒波  外来 飯川病院
1:00起床、徒然。今年の文献・録音データの整理・処理など。7:10バス飯川病院に。8:40-14:45外来、15:00飯川病院、新聞、文献読みなど若干。19:00車、帰宅、夕食。あまり進まず。20:00就寝。家内生検せず。BR視聴:「受けたい授業:トマト&ヨーグルト、グッドデザイン各種」、「世界は今:中国PM2.5問題」、「世界は今」19:00帰宅、夕食、20:30就寝。歩数計Σ7816Km。

情報収集2015(9) ネット情報の利用は便利だが、結局は紙ベースの情報にたよる 
 私はインターネットの利用なしでは生活するできない。ネットは実に便利である。ただ、それほど濃厚に利用しているわけではない。スマホでネットをつなぐことはない。やり方も知らないし、あんな小さな画面を見つめる気にもならない。ネットの閲覧、メールなどの送信、作文などは全て大型画面に接続したパソコンで行っている。

 私の情報収集は、検索内容にもよるが、新聞>書籍>文献>録画映像情報>インターネット>ラジオ>・・の順、だと思う。ネットは便利であり自分のブログ更新もあるので毎日アクセスするが、平均すれば15分程度、長くて30分ほどでいわゆるネットサーフィンは殆どしない。

 ネットによる情報検索は単語的検索に近い。百科辞典の目次や索引とほぼ同じ。重い本を運んだり選んだりする手間が省けて実に便利である。

 検索はYahoo表紙を開きニュース項目を見る。ついで検索をかける。大体1-2ページ以内にWikipediaに至る。多くはWikipediaで十分である。ネットだけで情報を集めることはない。

 情報収集の入り口としてのネット検索の便利さはベストである。捨てがたい。そうは言っても、私にとって情報源としての重要性や信頼性は低い。

 この点について一般的にどう思われているのだろうか??
 インターネットで得る情報の信頼性について調べた一昨年のある調査では、この5年間で重要と考える人の割合は11.2ポイント増加したというが、それでも、テレビ(63.3%)、新聞(72.7%)の半分にも満たない28.9%で、信頼性が高い情報源として認識している人はまだ多くはないようだ。ただし、これは年代別で異なり、10-30歳台ではメディアと同等の価値がある、と考えているようである。私が予想していたのよりずっと低い値になっているが、回答者が中高年にシフトしていなかっただろうか。

 インターネットが一般化していなかったころは、ネットにはいろいろ優位性があり今以上に利用した時期もある。しかしながら、今は誰でも情報を発信できることが利点でもあり欠点にもなり、ネットの優位性が萎んでしまった。逆に、一時落ち込んでいた新聞や本の価値を再確認した。

 私にとってはネットの情報だけでは十分でない。ネットで見込みをつけたら、本、書籍、自分で集めた新聞のスクラップ等に戻る。だから、最近は本の購入も増え、読書する時間も増えている。


12/16(水)曇り・降雨 水曜外来最終日 飯川病院ボランティア
1:10 起床、文献読み。蓄積データ処理。8:40-13:00外来、長年やってきた水曜日外来、本日でクローズ。14:15飯川病院ボランティア、BR視聴:「ここまで委員会:これらは信じられますか?」、「世界は今:中国PM2.5問題」、「世界は今」。19:00帰宅、夕食、20:30就寝。歩数計Σ7811Km。昨年、認知症状態経験+恐怖のVnの日であった。

今年の漢字2015は「安」 私は『偽』が良いと思う
 日本漢字能力検定協会が1995年から始めている「今年の漢字」が「安」に決まった。これは協会が秋に公募し、12月に清水寺貫主の揮毫と共に発表される。一年の締めくくりの一つのミニ行事として定着しつつある。
 確かに、今年は安全保障関連法の審議が延々と続き、最後は強行採決で締めくくられ、話題性は強かった。

 2015年は初頭から大きな事件が続いた。国際的にはテロ問題と報復、難民問題、国内では種々の隠蔽事件、偽装事件などが問題になった。2015年も12月半ばである。時節柄この1年を振り返ってみるのもいい。
 私のファイルから「偽」に相応するような隠蔽・偽装事件の主なニュースを拾ってみた。必ずしも発覚した時期というわけではなく、二度三度と話題になった時期を示しているのもある。

 1月、タカタ
 2月、ノバルティス 
 3月、東洋ゴム
 4月、エコキャップ  
 7月、東芝
 8月、
 9月、VW 男鹿市職員 仙北市職員
 10月、ロシア陸上界ドーピング 旭化成建材
 11月、三省堂 太平物産
 12月、ワタミ 化血研

 過去に選ばれた今年の漢字を並べてみると、税(昨年)←輪←金←絆←暑←新←変←偽←命←愛←災(2004年)←虎←・・・とつづく。2007年にも一度「偽」が選ばれているが、この年を振り返ってみると食品から政界、スポーツ選手にまで、次々と「偽」が発覚して、呆れるような一年であった。

 今年も「偽」するような隠蔽・偽装事件が発生した年であった。事件は身近な秋田でもあった。

 何でこんな事件が生じたのか??
 結論から言えば「プロのモラル」の欠如だろう。プロの仕事はプロ以外の人にとっては理解は困難である。だからこそ「プロ」には倫理観が必要であり、技術技能に対するブライドがそれを支えてきた。

 また「東洋ゴム」、「旭化成建材」、「VW」、「化血研」、「太平物産」は数年前から組織をあげて偽装を行っていたことが発覚した。長期にわたって社会を欺いた「プロを抱える組織をあげた裏切り」である。
 そこのプロは「プロのモラル」を捨て、「経済優先」の流れに飲み込まれた。

 プロと言えど、属する組織の姿勢と独立しては存在しえない。 結局は、トップの姿勢、倫理観に帰結する。
 私は「偽」かなと思っていた所以である。


12/15(火)快晴 外来  飯川病院
 1:00起床、なぜか倦怠感あり。読書多少。データ処理。5:14可燃ごみ処理、6:30
ーレガシーで出勤。6:45飯川病院へ。8:45-12:10外来。12:30院長不在、飯川病院勤務に。19:10秋田駅に迎え、19:30車帰宅、20:30就寝。BR視聴:「林修名著:天野篤 名人伝」、「団塊スタイル:腰痛」、「久米書店:山内史子」,「演芸図鑑:ピロキ、柳家喜多八」。歩数計7805Km。

消費税2015(3)  日本の貧困率は世界で4番目 実態は別
 メディアなどを通じて知る諸外国の国民生活を見る場合、我が国の大部分の人は「日本は豊かな国」と思っているだろう。しかし、国際比較の中で国民の貧困率を提示するととても厳しい結果で、日本は貧困国ということになる。

 2010年10月政府として初めて貧困率を発表した。貧困率には相対的貧困率、絶対的貧困率があるが政府の言う貧困率は前者を示す。この値は実際の貧困実態を示しているわけでないので貧困率と呼ぶのには問題がある。

 所得が国民の「平均値」の半分に満たない人、2009年時点では125万円以下、の割合を貧困率と表す。2007年の日本の貧困率は15.7%でOECD加盟30か国の平均値10.2%を上回り、メキシコ、トルコ、米国に次いで4番目に高い数字である。要するに、およそ日本国民の6人に1人が貧困状態にあると見なされるが、なんか実態に合わない。

 この相対的貧困率は、計算式から見て国民の収入格差を示す指標であって国民生活の実態を直接反映しているわけではない。例えば、世界で最も豊かな国である米国の場合、わずか1%の高所得者が国民所得の大部分を占める。そのために計算上は低く出ることになる。したがって国際比較はそれほど意味を持っているわけではない。また、計算式に資産は含まれていないから生活実態を示していない。

 こんな数値とは別の実態がある。消費税関連ではこちらの方が重要である。

 21世紀を迎えて14年になるが、この間、日本の勤労者所帯の可処分所得の減少がとても大きくなっている。税金、年金、社会保険等の国民の義務を払って手元に残るお金、それが可処分所得であるが、2000年で月額47.3万円であったのが、2014年には42.4万に減少している。約4万円の減である。

 全所帯で見れば、消費が月に2.7万円減少している。その中で増えたのは自動車関連経費、医療費、通信費用、減少したのが小遣い、交際費、外食、教養娯楽費となっている。

 こんな状態の中で消費税10%への増税は国民生活に大きな影響を与える。国内消費は一層低迷していくだろうし、低所得者層の生活は一層困窮していく。そのために軽減税率を設けて税の再分配を図らなければならない。

 消費税10%への増は両刃の剣である。


12/14(月)曇り・寒波 健康クリドック 午後飯川病院 
1:00起床、文献・新聞チェック、読書。6:40仙台出張の家内を送って駅に。7:00飯川病院。9:00-11:00健康クリニックドック。11:15院長不在にて早めに飯川病院に移動、勤務。午後花壇に花を植える。散水。18:40帰宅、病院より患者に関してのコールあるも大事に至らず。19:00夕食20:30就寝。歩数計7800Km、座して情報処理中心、僅か4Kmだけ。BR視聴:「英雄たちの選択:安倍仲麻呂」、「ガイア:日本の食材に新たな位置」、「コズミックフロント:ダークマター」。

ミュージカル「政吉とフジタ」 にぎわい交流館の多目的ホール
 秋田県立新美術館には世界的画家の一人である藤田嗣治が1937年(昭和12年)に平野政吉の依頼で描いた大作「秋田の行事」が飾られている。縦3.65m、横20.5で当時世界一と言われた。しかも、それだけの大作を僅か15日間という驚異的な速さで書き上げた、という。

 私は旧美術館にある時に3-4回見に行った。見事な構成、構図があり、描かれている人物の表情、馬や犬は本当に生きている。藤田の鋭い観察力、卓越した表現力が感じられる。秋田の行事として多くの対象を描いていながら広い空の空間が保持され、その青さが素晴らしい。私は見る度に感心した。藤田の画は画集とかで見ると必ずしも写実的ではなくとっつきにくい部分もあるが、他の作品と併せてその凄さを実感していた。特に裸婦像、猫の絵も良い。

 フジタに関するドキュメント番組を過去に2本ほど見た。しかし、その人間像は興味はあったがとても分かり難い。平野政吉とフジタの関係もよくわからなかった。

 秋田市のにぎわい交流館の多目的ホールで、内館牧子脚本、わらび座員によるミュージカル「政吉とフジタ」が8月30日から12月13日の長期間にわたって1日2公演、約130公演が行われており、興味を感じていた。毎日出勤時に会場脇を徒歩で通るのであるが、なかなか観劇の機会は得られなかった。

 全公演スケジュールが間も無く終了するというので、12月6日の昼の部の公演を見に行った。このミュージカルを見て、当時、超裕福であった平野が藤田の才能認め、多額の経済援助をしながら真摯に応援し、秋田の子供達のために世界的画家であるフジタの作品をすべて収集するという夢を描いていた。藤田も平野に対する感謝の念を表すために、秋田に逗留しこの大作を短期間で完成させた。この平野の計画は戦中戦後の騒乱の中で頓挫したが、平野の意思はのちに「秋田の行事」が秋田県立美術館に収蔵されるという形で実現した。藤田はその後に描いた戦争画を非難され、再度渡仏し、二度と日本の地を踏むとなく81歳で没した。平野は93歳で死去した。

 ミュージカルは出演者が藤田とその妻マドレーヌ、政吉と雇い人の娘リエの4人。藤田と平野の交流の場面を中心に描かれ、上演時間1時間50分ほどであった。舞台装置も簡素で場面展開もスムーズに行われ、コンパクトにまとめられた。出演者4人の演技も卓越していた。特に、藤田がキャンバスに見立てた何もない空間に向かい絵筆を振るう場面の演技、表現は真に迫っていた。ミュージカルなので節目節目には歌で表現されたが、セリフ以上の説得力があった。

 秋田の地において約3け月のロングランが行われたのも驚きであったが、私が見た12月6日の昼の部で入場者数が2万人に達したとのことで、簡素なお祝いが舞台上で催され、2万人目の方に花束が贈呈された。会場は席数が280席程度の小ホールである。100回ほどの公演でこれだけ観客数があったということも驚きである。秋田市民にとって、県民にとって国際的画家レオナール・フジタの存在は「秋田の行事」を通じて不動の位置にある・・と感じた。

 フジタの作品をもっと味わってみたい、評論や伝記を通じて彼の人物像に触れてみたいと思いつつ満足して帰路についた。


12/13(日)曇り 
 1:20起床、早朝は新聞チェック、読書、徒然などいつもと同じ。午前はずれた冊子の隙間風防止対策、子ネコ用の風除室の整備など、午後はバラの越冬準備など。夕方からはBR視聴、「題名のない音楽会」、「NHKのど自慢」、「らららクラシック、3回分」、
。19:00夕食、20:00就寝。

消費税2015(2)  消費税10%なら軽減税率制は必要
 消費税増税の是非は表裏一体の問題点を含む。政治家だけに任せていていいのだろうか、とも思う。メディアを介して学者の発言は少ない。

 来年、もしかすると参議院選を前に急遽延期の判断が出るかもしれない。
 しかしながら、今までの流れを見ていると消費税増税は現実的に我が国の財政のためには避け難い選択である、という立場で考えなければならない。もし、消費税以外の方法をで税収を増やそうとすれば、次の手は2900兆円という企業や国民の資産から絞り上げるという方法が上がってくるだろう。これには税制度を抜本的に改革しなければならない。これは子孫に財産を伝達してきた日本の文化を崩すことになりかねず、消費税どころではない厳しい論議を巻き起こすだろう。

 このまま消費税増の流れに沿って進めるなら、10%増税なら逆進性の解消が必要である。消費税は誰にでも平等にかかるように思われるが、そうではない。低所得者の消費税負担はより高くなる。
 もともと税制度というのは社会較差の縮小のための再分配のためにある。従って、消費税をめぐって貧乏人に振りは状況をもたらすことは許されない。軽減税率は経済弱者の生活防衛のために導入は避けて通れない。

 日本の社会は格差が広がっている。豊かな日本というイメージであるが、年収110万円以下の貧困家庭は人口比で16%、貧困国と言われるデンマークですらも5-6%に過ぎない。国際的に見て貧困国である。
 貧困層がこんなに多い我が国の状況の中では、消費税が10%増税なら逆進性の解消が必要である。

 逆進性の解消に低所得者層に給付金を払う、という考えもあるが、筋違いであろう。低所得者層は貧困者という烙印を押されることになるために申告をためらうことになるだろう。
 軽減税率は店頭で会計する時に平等に発効するものでなければならない。この時に経済弱者を保護するための政策が、高所得者も恩恵を受けることに問題を感じるという考え方もあるが、結果として弱者に厚く配分されることにはなる。

 軽減税率導入は重要であるが、その財源はどうするのか?が問題となる。今論議されている軽減税率を実行するには1兆円に達する。これを消費税の中で賄うとすれば、消費税の税率を思い切って高くして軽減を行うしかないだろう。ヨーロッパ各国では消費税は15−18%と高いが、きめ細かく、幅広い分野で軽減をしている。しかしながら消費税にまだそれほど親しくない日本の文化には高消費税は合致し難いと思う。

 私はチップ社会の文化が高消費税文化を支えているような気がしてならない。


12/12(土)快晴 祖父命日 飯川病院午後日直
1:00起床、文献検索、徒然他何時もと同じ。10:00去勢のため子猫捕獲。12::00バス飯川病院へ、日直、13:00からクリニック医師来訪歓談。17:30迎えあり動物病院、DIY経由で帰宅、19:00夕食、20:30就寝。BR:「オイコノミア:アートの経済学」、「100分で名著:サルトル実存主義とは」 歩数計7793Km、日直でほとんど歩いていなかった。昨年雪なし、一昨年の本日、秋田市降雪は35cm。

消費税2015(1) 本当に消費税は10%に上がるのか?? リスクは高い
 昨年12月の衆議院総選挙では自公与党が大勝し、安倍政権が継続することになった。

 安倍総理は2017年度に消費税を10%にする事を公約している。総理は同時にマイナンバー制度を利用した還付増税もあてにしていたが、マイナンバー制度への信頼が揺らいで、その利用が不可能になった。それで、2017年の10%増税から本格的軽減税率を導入することとし、食料品の税率を8%に据え置く案も提示した。

 しかしながら、食料品を全て8%に据え置くと1.3兆円ほどの財源が必要で、品目を絞る必要が出てきた。今その作業を進めていて連日新聞紙上を賑わしている。最近自公で合意はしたというが、消費税アップまでに詳細を決めてるのは困難、との見方がある。例えば、チョコレート軽減対象ではないが、チョコパンは軽減・・などなど幅広い品目に詳細を決めなくてはならない。軽減の規模も当初の4000億円から1兆超に膨らみそうである。

 安倍総理は消費税増税を計画通りに行わない選択も準備しているのではなかろうか。その上で、総理は自公による軽減税率の検討作業を見守っているのではないだろうか。

 消費税増税を計画通りに出来ないかもしれない理由は、国の経済と、参議院選挙対策の両面から考えられる。

 経済的要因として、8%への消費税増税が国の経済に大きな影響を与えている、と評価されていることが挙げられる。昨年度のGDPは前年度比0.9%のマイナスを示しており、今年のGDPもほぼ成長は期待できない状況にある。リーマンショック以来大きく改善していない。これから先の日本が置かれている状況を考えると、中国の経済減速で我が国の景気がさらに停滞する可能性がある。だから、今は10%への消費税増税の時期ではない、との意見もある。財政再建も喫緊の課題である中、総理は板挾み状態にある。

 加えて、新アベノミクスではGDP3%の成長を目標にしている。数値上は小さいが今の日本の経済から見れば天文学的に遠い目標である。消費税増税と両立させることは不可能であろう。

 政治的要因として、安保関連法案の強行突破、辺野古沖訴訟、原発再稼働問題、TPP交渉の失敗・・があり、今後の政権運営は一層困難になると予想される。これに加えて消費税増税は参議院選挙を乗り切るマイナス要因となる。

 もしかすれば、安倍総理は消費税増税をさらに延期する選択も準備しているのではなかろうか・・・と勘ぐってしまう。


12/11(金)終日小雨・寒波 大曲外来 飯川病院ボランティア
1:00 起床。文献検索、6:00家庭ゴミ収集所に。7:30Taxi駅、8:10こまち。9:00-1210大曲中通病院外来。13:30-18:40飯川病院ボランティア。19:10帰宅・夕食。20:30就寝。歩数計7789Km。BR視聴:『プロファイラー:キング牧師』、『サイエンスゼロ:マリモ』。

映画:「ソ満国境・15歳の夏」 田原和夫原作 監督:松島哲也
 田原和夫氏の「ソ満国境・15歳の夏」が映画化され、12月3日秋田市文化会館小ホールで上映された。秋田県の同名映画を観る会実行委員会主催である。
 私は近代日本史を学び直しているが、満州国に関する部分は特別理解し難い。何らかの理解のヒントが得られないか、と思いつつ観に行った。

 内容は、終戦間近の昭和20年5月、勤労動員としてソ満国境付近に送られた新京第一中学校の三年生たち120名は敗戦直後、ソ満国境に置き去りにされた。故郷へ帰るまでの過酷な実体験を、生存者の一人が綴った記録の映画化である。

 以下はパンフレットにあった作者の手記の一部である(改変短縮した)。
 1945年5月末、勤労働員で中学生120名が東部ソ満国境の農場に派遣された。戦局は厳しくなっていたなかで、まさか関東軍が国境の守備を放棄しつつあるとは知るよしもなく、ソ連領に近い現地に赴き農作業に従事した。その派遣は国境守備部隊の後退を隠蔽するために送りこまれたものだったと言う。

 8月9日早朝、突如、ソ連軍が侵攻してきた。国境線に置き去りにされた生徒たちは辛うじて徒歩で脱出、山中を300km余り逃げまわったあと、8月20日にソ連の捕虜となった。捕虜収容所の待遇は劣悪で食事は1日2食の薄いお粥だけで、生徒たちは餓死寸前であった。
 10月12日、理由も分からぬまま突如解放された。歩けなくなった者数名を収容所に残し徒歩で牡丹江市に向った。その夜、近くの石頭村で中国人農民に助けられた。貧しい農民たちは敵国の少年であることを厭わず、各戸に分宿させ、乏しい食べ物を分け与えた。翌朝、元気をとり戻した生徒達は感謝の別れを告げ、牡丹江市まで歩いた。牡丹江駅から難民列車に乗り、ハルビンを経由、10月20日に新京に帰還した。収容所に残した級友のうちの4名はついに生還できなかった。

 この実話を日本大学芸術学部教授の松島哲也氏が監督を務め、東日本大震災の渦中にある福島県の中学校に、中国から招待状が届いた・・という設定を設け、現代と過去を結びつける手法で仕上げた。

 東日本大震災から1年後の2012年、仮設住宅に住み、他の中学に編入された放送部員たちに、思いがけない招待が舞い込んでくる。見知らぬ中国の小さな村から、新しいカメラか寄贈され、それを使ってぜひこの村の取材をしてほしい、との申し出であった。福島の中学生はその申し出に応じる。
 その取材過程で、70年前に同じ15歳の少年たちの想像を絶する体験を知り、共感を持つ・・、と言うもの。
 撮影は日中関係の悪化で至難を極めたという。

 結果的に、この映画から日本の軍部や満州について直接の理解につながるような細かな知見は得られなかったが、日本が置かれていた国際的時代背景、当時の文化については若干理解が進んだように思う。今後満州についての歴史を学ぶ際には役立つだろう。

 出演した田中泯氏、夏八木勲氏は共に映画「永遠のゼロ」で初めて知ったが、この作品でも存在感を示していた。


12/10(木)寒波緩む降雨 外来 飯川病院
0:10起床、新聞。文献読み。農業問題の文献読む。7:20徒歩飯川病院。8:45-13:10外来+人間ドックデータ整理。14:00−19:00飯川病院、19:30帰宅。夕食、20:20就眠。BR視聴:「目玉焼きの黄身の潰し方」、「サイエンスゼロ:超嗅覚」、「オイコノミア:交渉の経済学」、「警察犬と災害救助犬」。「笑点11月1日版」、「ガイア:再び日本製で攻める」。歩数計Σ7784Km。

情報収集2015(8) 映像の世界(2) 映像はインパクトはあるが俄かには信用できない
 劇場で観る映画は画面に集中できる環境が揃っていて、内容を深く味わうことができたが、自宅で見る場合にはそうではない。

 私の映像番組視聴は1日数時間にも及ぶが、画面を見つめているのではない。読書を初め種々の作業を進めながらの、「ながら視聴」である。小音量で音声を聞きながら、必要な時だけ画面に目を向ける「画面つきラジオ」的利用である。それでも視覚から得る情報はインパクトがあり記憶に残りやすい。
 優れた番組はのちにメモなど取りながらじっくり見直すこともある。

 最近では「集団的自衛権問題」、「ギリシャ問題」、「IS問題」、「難民問題」、「対中外交」・・・など有意義な番組もあった。
 今年になって嬉しかったことは、戦後70年になって各国で情報公開が進んで、新しい映像を取り入れたドキュメンタリー番組がNHK、民放でも多数放送されたことであった。これを参考にしながら20世紀の歴史などを改めて学んでいる。

 情報は、五感のうち主に視覚聴覚を介して伝達される。情報には必ず関係者の主張が伴う。主張のない情報は価値が低い。まず、この前提が必要である。

 文字情報はかなりの部分は想像力をもって補足しなければ十分理解できない。耳からの情報もほぼ同じである。だから内容を知るためには知識や努力が必要である。
 しかし、映像情報は想像力をそれほど要しない。関係者の言いたいことが直接的に語られるほか、画像として、資料として結果が示されるからである。この点がラジオよりTVが好まれる所以でもある。TVを観るには何ら努力を要しない。だからTVからの情報は浸透しやすいが無批判に受け入れられ、曲解されていることが多い。特に視聴者の、高齢者の健康関連情報の受け取り方には問題がある、と思う。情報を送る側にも問題がある。


 私がメデイア等から情報を得る時に心がけていることは、「提供される情報は誰かの色眼鏡を通した内容であり、そのまま信用できない・・」、ということである。

 真に信用できる情報とは何か?
 すでに私自身が色眼鏡をかけた存在なので主張する自信はないが、自身の五感を通して感じ取れる自然の姿かな、と思う。もう一つは、人間以外の、動物などの生活や姿もその一つである。
 人間から与えられる情報は役に立つ。情報を集めるのは楽しい。しかし、全て距離を置いて捉えなければならない。


12/9(水)晴れ 外来 飯川病院ボランティア
 0:30起床、医療文献PDF化、書類整理淡々と処理。就寝中にかなり咳嗽発作、体調やや不良。文献・新聞読み。7:29徒歩飯川病院着。8:45-13:30中通病院外来+健康クリニックドック判定半分ほど。1分の休憩も取れなかった。14:00飯川病院に.。18:4帰宅、19:00夕食,20:15就眠。歩数計Σ7774Km。BR視聴:「ヒトラーが略奪した美術品」、「サイエンスゼロ:超嗅覚」、「オイコノミア:交渉の経済学」。

?情報収集2015(7) 映像の世界(1) 画面付きのラジオの様に扱っている
 私は情報収集が好きだ。メディアを介して届けられる情報は多い。

 かつては徹底したアンチTVの立場であった。TVが写っている部屋にいることも不快、家族がTVを観ている姿も容認できなかった。ニュース、科学的なドキュメント番組は別であったが、垣間見るTV番組は私の嗜好からは遠いものであった。特にドラマ、バラエティ番組は堪え難かった。

 放送からの情報は、かつては蚊の泣くような小音量で殆どつけっぱなしにしていたNHK第一放送から得ていた。

 映画も嫌っており、それまでに映画館で観た作品は10本ほどしかなかった。
 私の映画・映像に関しての評価が転換したのは2011年8月に作曲家「マーラー」に関する映画を観たことが切っ掛けであった。マーラーの音楽に入り込めないもどかしさを打破するために何かヒントが得られないか、と思って観に行った。
 結果として、映画の豊かな芸術性の高さ、映像から得られる情報量に感動し、一気に発想をが変わった。マーラーの音楽も一層身近になった。その後それまでの遅れを取り戻そうと週末は映画館に通いつめた。残念なことに2012年末に劇場が閉館となった。この館で観た映画は55作品に達した。

 以降は映画館に行くのをやめ、もっぱらTVから録画し、DVD、Blu-rayに収録した作品を中心に自宅の書斎、飯川病院の医局で観ている。

 見るジャンルも変わった。映画は殆ど見なくなり、各種の演奏会ライブ、ドキュメンタリー番組、歴史、人物伝、文学、科学、政治・経済、国際情報関連、・・・の番組が主となっている。楽しむというよりは情報収集に、自分にとって知識不足を補うことを目的に視聴プランを立てている。従来忌避していたバラエティ番組も役立つことがあるので適宜見ている。

 録画は全て自動で行っている。私の好むジャンルの録画だけで1日8時間ほどに渡ることが多い。一般的にTV番組はダラダラと2時間にわたって放送されることが多い。これはせっかちな私にとってはつらい。足りない予算の中で内容を伸ばしに伸ばしている感がぬぐいえない。そのために、無知??なタレントを同席させて回りくどい番組になっている。内容的には半分の時間にコンパクトにまとめることが出来る、と思う。

 かつて無視してきたTV番組は、今は私にとって情報収集のためにとても有用となった。新聞、各種文献、出版物に次ぐ立場になっている。


12/8(火)晴れ 開戦日 外来 飯川病院
 1:00起床、まだ体調不良。文献・新聞などPDF化。録音データ整理。6:00可燃ごみ集積所に。7:30徒歩飯川病院着。8:45-13:00中通病院外来。14:00飯川病院勤務。玄関脇の花壇に冬用のパンジーの苗を植える。散水。19:00車帰宅、夕食。20:00就寝。就寝後咳発作あり。歩数計Σ7765Km。BR視聴:「ここまで言って委員会:防衛・死刑制度・社会福祉」、「心の時代:宗教人生」、「久米書店:バカボンの奥さんはなぜ美人なのか」。

強風 我が家だけ電圧不安定状態に 東北電力の迅速な対応に感謝
 先月末は天候不順が続き若干寒かった。
 11/27(金)は朝から強風があった。この日は大曲中通病院外来の診療応援である。新幹線が止まるのでは??と半ば期待しながら秋田駅に向かったが、新幹線は通常に運行された。
 当日は複雑な背景を持つ、心因反応によると患者が診療時間終了前に受診してきたために外来業務がなかなか終わらなかった。帰りの新幹線を2本遅くしたが、その新幹線が強風で30分ほど遅れ、さらに疲弊した。それほどこの日は風が強かった、ということ。

 夕方、家人から、電気が不安定となってメインの石油ストーブ、電子レンジやIHヒーターが動かないと連絡があった。時間を早めて18:30帰宅したところ、上記に加えて蛍光灯が点いたり消えたりと頻繁に点滅していた。居間にあるパソコンはスリープ状態にしておいたが、電源が入らない。書斎のオーディオ、パソコンはすべて電源が切れ、初期設定がキャンセルされていた。
 
 夕食は電気を要さないカセットガスコンロなどの補助的機器を用いて夕食は用意されていた。東日本大震災の時の停電経験をもとに準備したもので、今回は役立った。
 
 夕食後、近隣の状態を確認したが他所は安定しているようである。我が家への引き込み線にも一見異常がない。早速、東北電力サービスセンターに連絡した。間も無く状況確認の電話があり、1時間足らずで補修チームが到着した。室内外、原因を調べたが、我が家に電気を引き込む線が軒下のところで不完全断線し、風に揺れるたびに電圧が低下していることが判明し、修理された。
 パソコン、オーディオともに無事動いた。
 翌朝、状態確認の電話が入ったが、「機器に何かトラブルありませんか?」とのこと。一見何もありませんと答えたが、数日経って愛用の電気時計の一つとラジオのACアダプターが故障していることが判明した。代替品は何個かあり、実害には至っていない。

 これとほぼ同じ経験が7年前の秋にもあったので、今回は淡々と対応できた。
 その時も強風であったが、23:00頃、使用中の電気機器の不調、照明の点滅とともに外で「バチバチ」と何度も音がした。出てみると我が家に電気を引き込む電柱の上で電線が風で動くたびに火花を発していた。側には植木の枝もあり若干心配したが、この時も迅速に対応された。

 こんなことが2回も生じるのはそれほどなかろうと思うが、東北電力の迅速な対応に感謝した。


12/7(月)快晴冷え 水たまり初凍結 健康クリニックドック 飯川病院
1:00起床、本読み。文献・新聞などPDF化。庭の水たまり初凍結、外の水道水抜き。7:25徒歩飯川病院着。9:00-11:00健康クリニックドック。11:30飯川病院へ、14:00-18:30勤務、文献読み,読書。19:00夕食、20:15就寝。歩数計Σ7767Km。鳥取県に到着。RD視聴:「日本人の3割しか知らないこと」、「林:初耳学」、「団塊スタイル:歌って若返る」、「歴史列伝:二宮忠八」、「池上:ニュース解説」。

徒歩通勤2015(8) 兵庫県通過 鳥取県の海岸線を歩行中
 平成13年4月から始めた歩数計「新・平成の忠孝」の積算開始してから約2年7ヶ月かかって本日12月7日Σ7767Kmに達し、兵庫県の日本海側を通過し、いま鳥取県の海岸線上を歩行している。

 京都の海岸線は302Kmで1日平均7Km、兵庫県の日本海側は110Km、兵庫県の分をざっと計算すると1日7.3Kmであった。積算開始から約1000日だから1日約7.8Kmである。歩行距離が少なめなのは、秋の不安定な空模様とも関連しているだろう。それにちょっと寒くなり始めた。加えて私の気力・意欲の減退か。

 兵庫県については神戸市を中心に何度か行ったことがあり、学会発表にも思い出があるが、県の日本海側には全く知識がなかった。無知をさらけ出すと、兵庫県が日本海側にもにも面していたことを最近地図を眺めていて初めて知った。
 山陰側は私にとっては遠い存在である。植村直己記念館が兵庫県の北部の豊岡市にあることくらいしか知識がなかった。

 歩数計「新平成の忠孝」は海岸線の測量のコースを模して歩くものであり、そのコースを地図上で辿り、兵庫県の日本海側の存在については、初めて知ったものである。

 今通過中の鳥取県の日本海側の海岸線は150Kmと長くはない。無理せず2週間で通過したい。次は島根である。


12/6(日)秋田・盛岡 快晴ちらほら小雪・寒波  実兄一周忌
1:00起床、新聞・文献チェック、PDF化。冠雪なし、防寒靴を初着用。8:28バスで駅に。9:10こまち、盛岡。積雪全くなし。11:30実兄正明一周忌法要、15:35こまち、17:10秋田着、17:30迎えあり。18;10帰宅、夕食、19:30就寝。

情報収集2015(6) ラジオ深夜便の録音・電子化し、通勤時に聞く 
 私はつい4〜5年前までは情報収集は、新聞>書籍・文献>NHKラジオ第一放送>NHK FMラジオ深夜便・・・でラジオの地位は大きかったが、今は映像が加わったのでラジオからの情報収集は重要度を下げた。
 FM放送は音質的に良かったが、40代頃からはより人間的な放送が多いNHKラジオ第一放送を小音量でつけっぱなしにしていた。それも映像を導入してからはほとんど聴くことがなくなった。NHKラジオ第一放送はニュースあり、音楽あり、落語あり・・で小学生の頃から親しんできたのでなんか寂しい。
 
 2004年からラジオ深夜便のうち、1:00am「1時のニュースとインタビュー番組」、3:00am「日本のメロディー」、4:00「明日へのことば」、日曜10:00民放FM「パナソニックメロディアスライブラリー」ほかを電子的にMP3で録音している。時間にして1日あたり4時間30分に相当する。1:00amからはAM・FM共に同じ番組なので録音はFM放送を用いる。

 録音はオリンパスのラジオサーバーを用いている。これは私にとっては便利な機器で、高機能のタイマー録音機能があり、録音はMP3で内臓ハードディスクに蓄積してくれる。ハードディスクには私の使い方なら1年以上の番組を蓄積する容量がある。過去にはカセットデープを録音に用いていたことがあるが、すぐにラジオサーバーに乗り換えた。この機器がなければ1日数本のカセットがたまることになり書庫がすぐに一杯になっただろう。

 この蓄積されたデータを一月に一度メインのハードディスクに移し、分類する。番組のインデックスはネットで検索して作る。両者を組み合わせると過去10年間分聞きたい録音を検索し聴くことができる。

 パソコンでも聞くことは可能であるが、私は4つのiPod shuffleに移し、ヘッドフォンで通勤時や外での庭作業や畑作業時などに聞く。積極的に聞いているが、実際に聞く時間は録音量の一部にしかならないので、番組は取捨選択せざるをえない。

 また、耳から入ってくる情報はなかなか頭の中に定着しない。そのために興味ある内容の場合は出演者の著書を検索して入手する。ラジオのメリットは出演者の生の声が聞けることにある。それで書籍などで感じていた出演者のイメージが大きく変わることもある。

 情報収集のアイテムとしてラジオの役割は私にとってもかなり小さくなった。しかし、毎日1-2時間の歩行時間に限ってみると、ラジオ深夜便の録音データの利用は他のものからは得られない価値があり、ほぼ欠かさない。また、録音データがなければ徒歩通勤も続かなかったであろう。


12/5(土)小雪・寒波、ミュージカル:政吉とフジタ
 1:00起床、新聞文献チェック、PDF化。今季初めてスキーウエア、ズボン用のウインドブレーカー着用した。13:30-15:15ミュージカル「政吉とフジタ」楽しむ。15:30-17:30飯川病院。迎えあり18;10帰宅、夕食、20:30就眠。RD視聴:なし、Σ7741Km。

情報収集2015(5) 書籍の自炊・電子化 何トンかの書籍が300gに収まった
 書籍をスキャナーで取り込んで電子化することを何故か自炊という。

 最近、私は購入した書籍はそのまま読むこともあるが、一部はバラしてスキャナーで取り込みパソコンやタブレットで読む。特に頻回に開いて参照すべき文献や書籍は電子化して読む。電子化データをタブレットに入力すればいつでもどこでも読むことができる。これは便利である。

 自炊の目的はまだある。
 私は書籍の自炊は2009年ほどから始めた。膨大な量になった書籍を終活を兼ねて電子化し、本体は廃棄している。まだまだ書棚に本が一杯ある。本の容積・体積・重量軽減は今の私にとって理にかなう作業である。

 古い本などはどうせ読まないと割り切って廃棄処分すればいいのであるが、私は背表紙を見ているだけでも幸せな気分になるからとても捨てられない。蔵書を、文献を電子化することで、保持と軽量化を両立させることが出来るから、最近は時間があればコツコツとこの作業を進めている。背表紙の代わりにはリスト表を作る。

 今後、出版のかなりの部分をより安価な電子書籍が占める時代は来るだろうが、子どもの頃から本に親しんできた立場から言えば、出来れば紙の本でまず読みたい・・と思う。しかる後に自分で電子化、自炊するのが良い。両者を上手に使い分ければいい。それが私が電子書籍を買わず本を購入し、あるいは集中的に読むときに、読んだ後に自炊する理由である。

 新しく届いた月刊誌や雑誌、一般書籍はざっと目を通した後に自炊するが、記事や内容は取捨選択するから自炊項目、ページ数は半分以下となる。新書・文庫・ハードカバー書籍・コミックマンガなどは全ページ電子化する。作業上は全ページ電子化の方が簡単である。
 自炊した書籍名、記事、項目などは検索で拾い上げられるように名称をつけてハードディスクに収納する。
 ハードディスクは連日持ち運んで利用しているほか、バックアップを仕事場ごとに置いている。

 ざっと言って以下の書籍を自炊している。
―――――――――――――――――――――――――――――

#1 医療系
    日本医事新報ほか、商業ベースの医学雑誌 3誌程度
    企業提供の医療系雑誌、出版物 5誌
    医師会関連書籍(日医・県医・市医ほか)5誌
    学会誌など適宜
    医学文献ほか

#2 非医療系
    文系春秋ほか、月刊誌 3誌
    MacFun 音楽の友 野鳥など月刊誌 5誌 
    Express トランヴェールなど企業提供雑誌 5誌

    新書・文庫・ハードカバー書籍・コミックマンガなど適宜
―――――――――――――――――――――――――――――

 殆どが定期購読誌あるいは定期的に届く書籍であるが、最近は書庫にしまい込まれることはなく次々と自炊され、本体は資源ごみとして処理される。

 書籍の電子化によって何トンか分の重量と物理的に広く占拠していた書籍を、300g程度の、手帳サイズのハードディスクに収納できた。このメリットは大きい。さらに、検索機構にて簡単に探し出すことができるのも大きい。

 私は新聞スクラップ、自炊化書籍、画像情報、録音情報をすべて集めたハードディスクを常に身近に置いているが、毎日これにアクセスするのが楽しくてならない。いい時代に過ごしている・・と思う。


12/4(金)みぞれ状の降雪 大曲中通病院外来 飯川病院ボランティア
 1:30起床、本読み、医学文献チェック。若干まどろむ。5:30家庭ゴミ集積所に。降ってくるのは湿気の多い重い雪、道路はビショビショ。7:30Taxi。8:10こまち、ギリギリ乗車。9:10ー12:00大曲外来。14:00飯川病院ボランティア。19:00帰宅、夕食、20:20就眠。Σ7737Km。RD視聴:「プロファイラー:モーツアルト」、「林修世界の名著:百年の孤独」、「英国一家:長寿の秘訣・沖縄」、「バカ売れ研究所」。

ドーピングとエリスロポエチン(2) 効果は疑問だが、ドーピングは犯罪的行為
 エリスロポエチンは造血刺激物質で、赤血球を増やす作用があり、誰の体にも微量に含まれる。貧血になると主に腎臓から分泌され造血を促す。エリスロポエチン製剤は腎性貧血の治療薬として市販されている。

 正常人の赤血球は血液中の体積として45-50%の割合に調整されている。その値が減れば、すなわち貧血になればエリスロポエチンが分泌され、造血に必要な鉄分やビタミンB12等が不足していない場合は45-50%に戻り、エリスロポエチン分泌は止まる。したがってなかなか改善しない再生不良性貧血等の慢性貧血では血中のエリスロポエチンは正常人の数10倍と高値である。

 もし、エリスロポエチン製剤を投与すれば正常人でも血液中の赤血球が増加する。赤血球は酸素を組織に運ぶ働きをしているからアスリートなどには一見良いように思われるが、そうではない。
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#1 赤血球を異常に増やすと血液粘稠度が増加する。赤血球の体積が53%以上にもなると毛細管レベルの微小循環に障害が生じる。結果として組織への酸素供給量が低下する。ちなみに微小循環にとって最も条件がいいのは赤血球の体積が40%前後とのデータがある。正常人の赤血球の体積が45-50%にされているのはそれが安全圏だからである。

#2 赤血球が更に増加すると血液量も増加する。血液を押し出すポンプである心臓の負担も増加する。この状態で心臓に激しい負荷をかけ続けると心不全になりかねない。

#3 赤血球が異常に増加しても、赤血球自体の酸素解離能は増加しない。逆に、貧血になった場合には酸素解離能が著しく増加し、貧血の程度ほどは組織への酸素供給量は低下しない。アスリートの貧血による組織の酸欠状態は運動機能にマイナスとなるから治療が必要である。

#4 アスリートの貧血は治療が必要であるが、このことが貧血が無い体に体外からエリスロポエチン製剤を投与し赤血球を増やせば組織への酸素運搬能が一層増えるという誤解が生まれ、このことがエリスロポエチン製剤への盲信に繋がった。

#5 赤血球の体積と血液量を不自然に増やした場合の、組織への酸素供給量の変化を詳細に検討したデータは存在しない。これは非人道的な試みとなる。そんなことに協力する医師やアスリートはいないだろう。
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 埼玉国際マラソンで吉田選手が2位に入ったとの記事を見て、調べ、ドーピング対象薬にエリスロポエチン製剤が含まれることを初めて知った。しかし、私はその効果については疑問に思った。その理由を上記にまとめた。
 彼女の2012年のホノルルマラソンで2時間34分01秒の記録で女子4位になった。試合後のドーピング検査でエリスロポエチンへの反応が出て、彼女の記録は抹消された。しかし、私はその記録は彼女の実力そのものであったと思う。現に今回その実力が示されたではないか。

 アスリートのドーピングは不道徳のレベルを超えて、私は犯罪行為だと思う。


12/3(木)曇り 外来 飯川病院 レセプトチェック 映画「13歳の夏 ソ満国境」
1:00起床、本読み、徒然他。医学文献自炊、整理、廃棄。5:00資源ゴミ集積所に。7:10バス飯川病院着。8:45-13:00外来。14:00-18:30飯川病院、BR視聴:「オイコノミア:決断の経済学」、「知恵泉:二宮尊徳」。19:00-20:30文化会館、映画「15歳の夏 ソ満国境」、外食、21:40帰宅、夕食、22:20就眠。

ドーピングとエリスロポエチン(1) 医師の関与はないか??
 11月16日の岩手日報スポーツ欄に埼玉国際マラソンで吉田香織選手が2位に入ったことが報じられていた。
 普段、新聞のスポーツ欄は見出しだけでほとんど見ることはないが、副見出しとして「処分解け、市民ランナー勇躍」とあったので「何の処分が解けたのか??」と興味を惹かれた。
 内容は2012年のホノルルマラソンで試合後のドーピング検査でエリスロポエチンへの反応が出て、日本スポーツ仲裁機構は2年間の資格停止とした。それが解けて今回の出場となった、という。

 今、スポーツ界でドーピングが問題になっていることは見聞きしていた。ロシアのスポーツ界は国際的に注目されている。
 ドーピングは厳しいトレーニングの成果の上に、さらにもう一押し、力を加えてくれるものとされている。その道の頂点にある選手にとっては「魔弾の射手」の「魔弾」に相当する。頂点に届かないレベルの選手にとっては効果も乏しい。
 ここ5-6年県医師会を通じてドーピング対象薬物の改定リストが毎年送られてくるが、私の業務範囲の中では対象となるような患者はいないので読んでいない。

 吉田選手は禁止薬物のエリスロポエチンへの反応が出た。
 エリスロポエチンは造血刺激物質で、赤血球を増やす作用があり、誰の体にも微量に含まれる。薬物としてのエリスロポエチン製剤は腎性貧血の治療薬として市販されている。
 エリスロポエチン製剤を投与すれば、血液中の赤血球が増えるために持久力の向上につながるとされ、その筋では結構汎用されているらしい。例えば、数百キロの距離を走る自転車競技では、勝負を左右するほどの大きな力が得られるとみなされている。
 ただ、私はその効果に対しては疑問を持っている。

 エリスロポエチンを用いたドーピングは単独投与法、自己血輸血法と組み合わせた方法がある、と言う。どちらの場合も副作用もあり、ドーピング検査で発見されないように細やかな投与スケジュール化が必要で、医師の関与がないとできない。ましてや自己輸血との組み合わせは医療行為であり、医師の参加が必要である。医師が関与していてもいなくとも医師法違反に問われる。こんなことに関与している医師がいるとは驚きである。

 吉田選手の場合はどうだったのであろうか。薬物としての入手経路は??、投与スケジュールの決定は??投与は誰が?? その周辺のことに関しての情報は得られた上での処分だったのだろうか。

 エリスロポエチンを用いたドーピングは効果は疑問である。
 しかしながら、効果を求めてこれに手をつけることはアスリートとしては不道徳であり、反社会的行為である。だから無視はできない。
 しかし、ドーピングは検査で見つけることが年々難しくなっている。


12/2(水)曇り 外来 飯川病院ボランティア 手袋着用 レセプトチェック
 12:30起床、オイルヒーターキャリア改良、文献新聞チェックPDF化など。7:20徒歩にて飯川病院着。冷えて今季初めて手袋着用。8:45-12:40外来+ドック判定。13:00飯川病院ボランティア、外来レセプトチェック6割方。19:00帰宅・夕食、20:00就眠。歩行計Σ7727Km。BR視聴:「久米書店:デービッド・アトキンソン」、「サイエンスゼロ:宇宙の果て」。昨年、道路初冠雪。

イヌ・ネコはペットにあらず?2015(15) 親子間ジェネレーションギャップ??
 ネコの親子関係を観察していると、子ネコが一定以上成長してしまうと親ネコとの間に確執が生まれるようだ。

 我が家で子育てをしている野良の母ネコ「小さい方」は昨年は3匹、今年は5匹の子猫を育てた。今年は途中で里子に1匹出して4匹になったが、私が見る限りかいがいしく子ネコを世話し、子ネコが餌を十分に摂れるようになってからも、数け月にわたって時折乳を与え、仲良く過ごしていた。むしろ子離れが悪いと思ったが、その子育ての姿は感動ものであった。

 しかし、子ネコが成長してほぼ半年を過ぎるようになると母ネコと子ネコの間には溝が生まれたようである。

 昨年は、一家は外ネコ状態にあったが子ネコ3匹が共謀して母親「小さい方」がを追い出した。母ネコが近づくと子ネコが「フー」と言って激しく威嚇するようになった。餌はほぼ潤沢?に与えていたから餌をめぐる争いでないことは確かである。そのうち「小さい方」は我が家周辺から姿を消した。野良として餌をもらえる環境を離れることはかなり大変なことだと思うが、子どもらからの威嚇がそれだけ激しかったのだろう。

 今年の場合は、まだ母ネコ「小さい方」は4匹の子供と風除室に住んでいる。今年も秋口から親子の関係があまり良くなくなった。今度は母ネコの方が子ネコたちが側によると威嚇している。その様子は昨年ほどひどい威嚇でではないが、私が作ってやった4段ベットの3段めを母親が一人で占拠し、子どもらを上げさせない。子どもらは仲が良く適宜他の段で休んでいる。

 今回、ヒーターマットを用意するにあたって一枚で一家5匹分間に合うと思ったのであるが、親子の確執のために「小さい方」用と子ネコ4匹用の2セット必要となり止む無く用意した。「小さい方」は1匹で利用し、子ネコは4匹で団子になって利用している。
 ただ、私の感覚では団子で互いの体温を利用し合う方が寒さをしのぐのに条件がいい、と思う。「小さい方」が子ネコたちの体温の利用せずに、このまま子ネコを近づけないとすれば、かなりの覚悟の確執であろう。その辺のことはネコの世界のことでありよくわからない。

 しかし、今回はいい機会である。ヒーターマットの利用の仕方を通じて、ネコのジェネレーションギャップの強さなどについて観察していきたいと考えている。


12/1(火)寒波・小雨・曇り  外来 飯川病院
 0:30起床、文献新聞チェックPDF化など。昨日ネコに破壊された台所と居間の間のバリア修理。文献整理など。7:10バス飯川病院着、8:45-12:30中通病院外来。12:45飯川病院、14:00 -18:40飯川病院、書店経由帰宅。19:00夕食、20:30就寝。Σ7717Km.。BR視聴:「そこまで委員会:世界は協調できるか?」、「世界は今:IS問題、ロシアvsトルコ」。

イヌ・ネコはペットにあらず?2015(14) 今年はネコ5匹に暖房マット用意した 
 我が家は家ネコが2匹と風除室ネコが5匹がいる。

 私は特別にネコ好きではない。一般的に動物は好きだが、常に身近に置いておきたいという気持ちはない。しかし、自分と同じく「いのち」を有する主として尊重する。私はある経験を契機に「いのち」の大事さに目覚めた。
 身近な動物といえばやはりペットとして飼われることの多いイヌ・ネコである。両者を比較するとネコ優位ではある。

 本年春に、孕んだメス猫「小さい方」が我が家の周りをたむろし始めた。腹をすかした妊婦ネコは気の毒で、家の外で餌を与えた。一時姿を消しホッとしたが、GW連休過ぎに子ネコ5匹を伴ってまた戻って来た。出来ることならこのまま他所に行って欲しい、と願っていたが去らず、やむなく風除室に入れた。里親募集するも里子に出せたのは1匹だけ。現在は母親を含め5匹が風除室をねぐらとして生活している。我が家でこれ以上は世話できない。「小さい方」とメスの子猫「雪音」は不妊手術した。

 風除室は4畳ほどの広さで広さは十分であろうが、4面がガラスで覆われているので夏は暑く、冬は寒い。夏は40℃にも達した。熱射病死する可能性があったので昼間は居間を解放した。

 今度は冬対策である。昼は居間で過ごさせるが、夜間は風除室で過ごさせる。気の毒だが、これら5匹は私は家ネコとして認知していない。こんな程度の扱いで耐えてほしい。風除室は風雪は防げるが外気とほとんど同じ気温で冷える。今冬の対策として11月下旬から母ネコ用、子ネコ用に一枚ずつヒーターマットを用意した。電源スイッチは光センサーで朝になると自動的に切れ、夕方暗くなるとオンになる。今のところ、「小さい方」は1匹で、子ネコ4匹は団子になって満足げに過ごしている。親子間の関係は最近あんまり良くない。ネコの世界にもジェネレーションギャップがあるらしい。

 今年ヒーターマットを用意したのは昨年の経験の反省からである。
 昨年は、同じ母親「小さい方」と子ネコ3匹を家に入れず外で餌を与えた。秋深くなって世代間ギャップなのか、子ネコ3匹が共謀して母親を追い出した。3匹は初めての冬を迎えることになったが、子ネコが腹をすかし、寒空に震えている姿を見るのは辛く、防寒シェルターを与えた。防寒機能は不十分だったようで、極間期にはガレージの2Fも利用していたが、春先に一匹が死に、一匹が失踪した。残った一匹が後に家猫になった「プチ」である。

 今年用意したヒーターマットで極寒期が十分であるかはまだわからない。様子を見ながら対応を加えていく。


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   年を通じてワンパターンで淡々とした毎日です。AM2:00-5:00にメールチェック・返事送付、人間ドック(HDD)判定・報告書作成、新聞切り抜き、病院・医師会業務など。
  月〜土曜は6:00頃出勤、HDD報告書印刷、外来書類処理など。病棟回診、HDD受診者とミーティングと診察。8:45-14:00外来とHDD受診者に結果説明。昼食は摂りません。午後は病院業務・医師会業務、各種委員会等に出席など。20:00頃帰宅。
  日曜・祭日もほぼ同様ですが、病院には午後出かけます。時間的に余裕無いのが悩みです。


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