徒然日記
2010年7月分

 日記と言うより、自分の行動記録からの抜粋と日々の雑感です。

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先月の日記          来月の日記


7/31(土)曇り 開腹手術三周年 病棟拘束
2:00 起床。ドック判定総括、文献・新聞チェック他。8:30盛岡に行く家内を駅に送り病院、回診、総括他書類処理。15:30自転車帰宅、明日のミニ講演準備。18:00夕食、20:30就寝。膀胱頚部硬化症+膀胱憩室で開腹手術三周年、術後経過良好。この点は夢のごとし。

人間ドック(10)早稲田大学A教授、 新潟大学医学部O教授への反論 
 
 早稲田大学A教授はドックで便潜血反応陽性でがんの存在が否定できないとのことで大腸の内視鏡検査を受け、それについて「何もないのにオレの腹はかきまわされたのか」と発言している。ドックで異常が疑われても精密検査を受ける気がないのであれば最初からドックを受ける必要はない。更に、精密検査を勧められたときに何故拒否しなかったのか?精密検査の説明に納得して検査を受け、異常がなかったわけでむしろ喜ぶべきなのにドック批判に回るのはおかしい。教授に大腸がんがあったらこう批判的なことは言えないだろう。

 学会は以下の如くコメントしている

(一部改変)。便潜血反応は 大腸がん検診で、ドックでは陽性者の 0.4%に大腸がんが発見されます。大腸内視鏡検査の目的を十分に理解していないと考えます。 なお、病気のなかった受診者に対する対応については、本学会としても取り組む必要性があると考えます。この記事によってがん検診、人間ドックの受診者の減少が危惧されること、この記 事により国民の健康増進が損なわれることが危惧されます。

 学会はあくまで低姿勢である。こんな記事で人間ドックの受診者の減少したり、国民の健康増進が損なわれることなどはない。教授は本当にこのように発言したのだろうか。

 新潟大学医学部O教授は「肺がん検診を受けると寿命が短くなる」、「検診信仰、日本人だけ」、「目的もなく検査を行っても無意味」、「スウェーデンは、治療よりも生活習慣病などの予防医学に力を入れている」、「人間ドックの検査で特に問題視されるのは、レントゲン検査。食道や胃の場合被曝線量は通常のがん検診の 4~5 倍で毎年ドックを受けている人たちは二次がんになりやすく、そのことが人間ドックで見つかるがんの割合をさらに押し上げてしまう」 と発言している(一部改変)。

 これに対して学会は以下の如くコメントしている

(一部改変、省略)。胸部 X線と喀痰細胞診は肺がん検診として位置付けられ、推奨されていますので、この記事は国民に誤解を招きます。また、人間ドックで発見されたがん症例の予後は良好です。「検診信仰、日本人だけが信じるウソ」について、この内容は学会としては容認できません。人間ドック受診者数約 300 万人は 40 ~75 歳人口 5,600 万人の6%でこの数値で「検診信仰」と断じることは出来ません。「目的もなく」についても本学会として容認できません。人間ドックは、わが国 の死因第 1位 のがんの早期発見、第 2 位、第 3 位の心疾患、 脳血管疾患の罹患率・死亡率の減少を、さらに、生活習慣病の発症予防指導を目的としています。人間ドックでがん発見率が高いのはその精度が高いためと考えています。

 学会はここでも低姿勢である。どうでも良いようなコメントに実に真摯に対応している。「O教授のご意見は事実と異なる」の一言で十分である。私はO教授が本当にこのように述べたのか疑っている。取材した側、記述した側の問題でないかと思う。


7/30(金)雨くもり 病診連携セミナー
2:00起床。手術から3年目。ドック判定総括x2、文献・新聞チェック他。7:20病院着、回診他。患者関連書類処理中心に過ごす。18:45-21:00病診連携セミナー+情報交換会、21:45帰宅、22:30就寝。

次男夫婦・孫が離秋(1) ホッと安堵、今後自由に飛躍を  
 次男は医師である。この5年間同じ職場で働いてきた。私にとっては何かと便利な面もあってとても良い環境であったが、一方ではとても大きな心の負担、ストレスにもなっていた。昨日、更なる勉強の場を求めて岩手に引っ越していった。大きく安堵した一方、やはり物寂しい、実に複雑な気分である。

 次男は北海道で学んだが、卒業後もそのまま北海道の人間になりそうな雰囲気を感じていた。子供達はすべて自由な道を自由に進んで欲しい、と建前上言いながら、本音では卒業時に機会を失すれば恐らく秋田には戻ることはなかろうと一抹の寂しさを感じていた。

 次男は新臨床研修制度が施行された平成16 年に大学卒である。この年は新卒医師がどのような動きを示すのか全国の研修病院も大学も息をのんで注目していた。私どもの病院は臨床研修、若手医師の育成という面では大きな歴史と実績を持っていたが、この新制度で新卒医師が何人来てくれるのかという期待と不安を抱えていた。
 それで、私は彼に2年間だけで良いから何とか私どもの病院を手伝って欲しいと申し出た。当初は直ぐには乗ってこなかった。彼は私に似ず陽的性格で人付き合いがストレスにならない様で、見てて羨ましいほどである。学生の身でありながら人脈はとても多くそのことが躊躇した理由の一つであったと類推している。詳細は聞いていないから分からない。

 結果として臨床研修を当院で受けることになったのだが、6人の臨床研修医が入職した。私が予想よりも多い結果であったが、このことが私にとってストレスのもととなった。あとは2年間良い研修をしてくれることを願うだけであった。その点では満足したらしく、私の肩の荷が若干軽くなったが、何故か2年間の研修が終了したあとも当院に残って研修することになった。私はてっきり3年目から北海道に戻るものと覚悟していたから、私はこの件に関しては一切発言していない。すべて自分で決めたことだから私が負荷に感じる必要はないのだが、やはり新たな負荷になった。
 結果として5年一緒に働いた。長くなるにつれ「一体いつまでいるのだ?これで良いのか?」と思いは募る一方であった。しかし、一昨日、この様な思いからついに解放された。新天地で今まで以上に自由に、大きく飛躍して欲しいし、良い家庭を作って欲しい。


7/29(木)雨 被爆者検診 外来 県個人情報保護審査委員会 次男夫婦離秋 
2:00起床。ドック判定x3、新聞・文献等。7:00自転車病院着。回診他病棟業務。8:45-14:00被爆者検診+外来。15:00ー17:00 県個人情報保護審査委員会。21:00帰宅、22:10就寝。

人間ドック(9)拓殖大学学長W氏「検査で体調がおかしくなった」  
 拓殖大学学長W氏は「検査で体調がおかしくなった」と紙上で述べている。
 恐らく、氏はドック検診において肺X線検査上異常陰影を指摘され精密検査を受けたものと思われる。肺がんが疑われたのであろう。その際、若干辛い気管支鏡検査まで受け、検査のストレスで一時体調が不調になったのかもしれない。
 氏は「症状もないのに検査によって病気を探り出 すような愚かなことはやめようと決めた。やめれば穏やかな身体感に必ず目覚めます。」と述べている。こう考えるのは自由である。

 これに対し学会は「これは、まさにインフォームドコンセン トの問題でW氏が検査の目的、内容、副作用等について理解が不十分であったことに問題がある」とし、氏の発言はドックそのものを“愚かなこと”と誹謗するもので納得できない」としている。妥当である。

 肺がんが疑われた際には私ども関係者はご本人に検査の意義を十分に説明し、納得の上で精密検査を行い、治療に結びつける。ほぼすべての方は精密検査を受けられる。しかし、受けるか否かは自由である。検査が嫌なら精密検査を断ればいい。私が肺がんを疑われたときには直ちには検査を受けずに経過観察とした。氏は恐らく検査を受けてがんが否定されたからこんなことを言われたのであろうが、がんだったら今頃こんなことは言うまい。こんな批判的気持ちが続くうちはドックを受ける必要はありません。どうぞ勝手になさってください、が私の見解である。
 
 学会は氏に対しあくまでも親切である。肩書きに負けたか。
 「愛煙家で肺がんの高危険群ですので今後も定期的にドックを受けられることを勧めます。指摘の検査に伴うストレスについては本学会としても真摯に受け止めておりその対応の必要性は痛感しております。」と助言している。偉いものだ。私なら嫌がる方にここまではドックを勧めない。


7/28(水)晴れ 外来 県地方独立法人評価委員会 秋田メディカルサービズ取締役会(欠) 
2:00起床、ドック判定総括x1そのほか。6:00Taxi出勤。6:30回診。8:45-12:10外来。13:00-17:30 県地方独立法人評価委員会 ,長丁場で厳しく辛い会議。秋田メディカルサービズ取締役会は任期最後の会であったが欠。21:00自転車帰宅、夕食、 22:30就眠。

NHKニュースは芸能番組? 桑田佳祐氏の扱い 
 サザンオールスターズの桑田佳祐氏(54)が初期食道がんだと言う。
 本日、21時のNHK-TVニュースを見ながら夕食を摂っていたら桑田氏に関するニュースが流れていた。数分にわたる大きな取り挙げ方である。途中から見たので最初は若くしてもうお亡くなりになったのか、最近若い芸能人がよく亡くなるね、と思ったのであるが、何と、7月中旬に受けた定期検診で初期の食道がんであることがわかり、10月末から予定していた全国ツアーはすべてキャンセルし、8月上旬に手術を受ける予定だという内容であった。

 それだけ人気のある方なのかもしれないが、私には理解の出来ない破格の扱いである。短期で解散するグループが多い中、サザンはもう30年にもなるという。その中で桑田氏は中心的人物であることぐらいは私にも分かる。 求めて聴くことはないが ラジオ深夜便の歌謡番組でも、紅白でも時々彼らの曲は聴いている。恐らく卓越した技能があるのだろうと思う。
 それでも異常な扱いだと思う。結成した頃の画像まで入れてドキュメンタリー調に仕上がっている。これはニュース番組で芸能番組でない。それに内容は基本的にはプライベートな病気のことである。一日の中でも最も重要な位置づけであると思われる21時のニュースで何でこんなに取り上げるのか、私は呆れた。

 似たようなことは前にもあった。
 昨年4月29日、人気グループSMAPのメンバーの一人が泥酔し公園で全裸になって騒ぎ逮捕されたが、その時のNHKラジオ、テレビのニュースはこの話題を異常に大きく取り上げた。全く関係の無い、要らぬ事まで含め大々的に報道した。このときの報道姿勢にも呆れた。
 本年6月15日ワールドカップでカメルーンに勝利したときのニュースの扱いも理解の枠を超えていた。

 私はニュース番組では事実を淡々と報道して欲しいと思う。局やディレクターの思いや意向などは別な番組でゆっくり流せばいい。もっと深く報道すべき内容はいくらでもあるはずだ。

 世界的指揮者の一人である小沢氏もほぼ同じ病気でお休みになっているが、その時のNHKニュースの扱いはより小さく淡々としていてとてもよかった。ニュースバリュー上の格差の表れか?


7/27(火)晴れ 外来 法人常務会 新築計画策定事務局会議 市医師会永年勤続者表彰+納涼会  
2:00起床、ドック総括x1他。7:00自転車病院着。7:30回診、8:45-13:20外来、14:45-15:45法人常務会。18:45-20:50市医師会永年勤続者表彰+納涼会、アトラクションはタップダンス、中座帰宅。21:30就眠。

人間ドック(8)週刊現代の記事に日本人間ドック学会が反論 
 週刊現代 7 月 17・24 日合併号に全国民必読として、

■「長生きしたければ病院 にいくな-余計な検査は受けないほうがいい、病気を作るだけだから」、
■「人間ドックが 「二次がん」を引き起こし、肺がん検診を受けると寿命が短くなる」、
■「日本の人間ドック は 50 年以上の歴史がある。この 20 年余りで受診者は約 250 万人も増加」、

という一見センセーショナルな見出しで人間ドックに関する記事が掲載された。

 この記事内容に対して 日本人間ドック学会は「健康診断ことに人間ドックの意義について、国民に誤解を与える内容であると判断します。 人間ドックを介して国民の健康増進を目指す予防医学を担う医療団体である当学会は、掲載記事に対する見解を公表させていただくとともに、本学会の見解に対する貴誌のお考えをお示しいただきたく、ここにお願いいたします。(一部改変)」と発行元である講談社に抗議文を発表した。

 私はドックを担当しているので業務ルートを通じて知ったが読んで双方のバカらしさを感じると共に原文を確認するために週刊誌のバックナンバーを取り寄せた。

 記事はドックを受けたある種の著名人数人の個人的感想を紹介し、あたかもその意見がドックそのものの評価である如くに述べているところにある。その発言は見出しに挙げられたような内容である。
 意見を述べている著名人は、学会の抗議文には実名が載っているがここでは肩書きのみにする。 ■ 拓殖大学学長W氏、 ■ 早稲田大学教授A氏 ■ 新潟大学医学部教授O氏、 ■ 天理よろず相談所病院元副院長B医師 ■ 帯津三敬病院名誉院長C医師、 ■ 諏訪中央病院名誉院長K医師、である。

 記事はこの方々が寄稿したものではなく、談話を記者がまとめたものであろう。だから、実際にこの方々が記載内容の如くのニュアンスで記者に話したかさえも定かでない。私は意見を述べた方々が掲載記事を見て「本意でない」と思ったのではないか、と感じている。ただ、これは裏をとってみなければ分からないことである。

 一方、学会の抗議文も情けない表現である。「・・・・当学会は、掲載記事に対する見解を公表させていただくとともに、本学会の見解に対する貴誌のお考えをお示しいただきたく、ここにお願いいたします。(一部改変)」などと慇懃無礼の表現である。「貴社の記事には事実誤認があり強く抗議する」で良いのではないかと思う。
 
はっきり言ってどっちもどっち的な印象を受けた。


7/26(月)晴れ  管理会議 安全管理者と打ち合わせ 療養病棟判定会議 長副会議 
1:30頃起床、ドック判定総括、文献収集その他。7:00自転車病院、7:45-8:30管理会議。10:00-10:45 安全管理者・総師長・事務長と打ち合わせ。 患者対応その他書類処理。16:00-16:55療養病棟判定会議7名。17:00-19:00長副会議。21:00帰宅、夕食、21:45就寝。

今年の気象なんか変だ 今夏の早朝はいつもより寒い
 昨冬は暖冬傾向で少雪と予想されていたが実際には日本海側を中心に寒く、雪が多かった。また、春の訪れが遅く桜開花も遅かった。その後もずいぶん寒い日々が続いた。田植えも遅れ田植え後も寒冷注意報が何度かあり水田の水調整が勧奨されていた。農作物にも影響を与え品薄、高値が続いた。
 そして梅雨。秋田県はそれほどの降水量がないままに梅雨が明けた。梅雨明けの頃には気圧の関係で梅雨前線が長期に動かず、集中豪雨が生じることは少なくないが、今年は九州地方を中心に2週間以上も豪雨が続き、土砂崩れ、河川の氾濫など連日報じられた。それもただ事でない規模であった。

 そしてこの一週間は一変して全国的に猛暑続きで岐阜県多治見市を37-8℃にもなっている。
 最近は、異状気象がどこかで生じている。偏西風のうねりだとか、エルニーニョ現象だ、インド洋の海水温の異常上昇が原因だ、とかいろいろ言われている。
 私自身の体感でも、今年もなんか変である。私は真夏のギラギラの太陽、夜間から朝にかけての寝苦しいほどの気温の時期が好きである。体力的には辛いが、気持ちは高揚する。7月下旬になれば暑くなるさと楽しみにしていたのであるが、現実には朝夕は涼しく、時には結構寒い風に見舞われ、盆過ぎ、あるいは9月の早朝の雰囲気を今味わっている。私は不満である。

 それでも外来での患者さんの挨拶は「暑いですね!!」で始まる。私はこの点では簡単には同調しない。しかし、一般的感覚では厳しい暑さであることには変わりなかろうから意固地に反論しててもしょうがない。そのうち面倒くさくなって話を合わせる。その方が絶対的に楽である。だいたい時候の挨拶は気楽なものである。「どちらまで?」と問われたら「ちょっとそこまで」、で良いのである。「何所に行くのも勝手だろう」「そんなこと聞いてどうする」と答えたら絆が切れる。

 先週一週間の熱中症の救急搬送が全国で9千人超、到着後の死亡が57人だったという。大変なことである。幸い秋田と沖縄は少ないらしい。
 昭和49年頃、私は白血病の調査のために真夏の盛りに名古屋市に出かけた。その時の経験は忘れられない。仕事が一段落してギラギラ照りの太陽の下でホテルに向かって街を歩き出したのであるが、病院を出た途端に別世界であった。直射日光は鋭く、舗装道路からの照り返しの熱がすごかった。それに吸い込む空気の暑いこと、とにかく驚いた。秋田では経験できない酷暑であった。全身汗まみれである。15分も歩いたであろうか、突然めまいと吐き気、それに腓返りが生じた。これぞ熱中症の初期症状である。乗ったタクシーの冷房に救われ、ほうほうの体で宿泊ホテルに入って助かった。

 岩手や秋田にいると熱中症で死亡する事などあまり考えないが、だから危なかった。とにかく関東以南では厳しい様である。若者が結構死んでいるのは十分な予防対策をとらないからなのではないだろうか。気づいたときにはもう身動きもままならない状態になってしまうのだろう。決して真夏の気象を軽く考えてはならないのだ。


7/25(日)雨若干晴 病棟拘束 
1:30起床、ドック判定総括x2、新聞チェック等など。友の会投稿原稿呻吟す。ひさびさ2階の片付けなども若干。ドック関連総括x4など。19:00夕食、 20:00就寝。22:00家内鹿児島から帰宅。病棟が落ち着いているとのことで今日は病院には行かず。

ボーイング787機 初めて国外に飛行した まだそのレベルなの?
 先週末の新聞に久々 ボーイング社の最新鋭中型ジェット旅客機787機に関するニュースが掲載された。昨年秋に初飛行した際に、第一号機が全日空に本年秋には引き渡されると予告されていたから、ついにその時期が来たのか、と思いきやそうではなかった。

 この日のニュースは787のテスト機が英国の航空ショーに出展するためにロンドン郊外の空港に着陸したとのニュースであった。ニュースになったのはこの日の飛行が米国以外での初飛行になったためだという。
 同社の幹部は同機の納入時期が更にずれ込む可能性があることを示唆した、と報じられていた。全日空への納期予定は最初は2008年5月であったからもう 2年以上遅れている。全日空は一時787機の飛行を画像に使ったコマーシャルを流し、第一号機の納入先が全日空であること、50機ほど注文していることも明らかにして会社のイメージの刷新に努めていたが、納期が遅れたことでその宣伝もいつしか見れなくなった。

 初飛行は当初は2007年秋の予定であったが、実際に初飛行したのは2009年12月15日で約2.5年遅れであった。これ程開発に遅れが出たのは会社始まって以来のことらしい。新素材を大胆に用いたことがあだになって開発が遅れたことと、従業員の長期ストが続いたことが遅れの主要因とのことである。機体は半分に炭素繊維が使われ軽量化を達成しながら強度も増し、機内の気圧も地上程度にまで高めることが出来る他に燃料消費率も大幅に改善しているとのことである。この機は落雷対策を最初からやり直した、と聞いていたが、解決したのだろうか。

 航空機は安全が第一だから開発の遅れはやむを得ないが、700機ほどの注文をとっているボーイング社にとっても、多数注文した全日空にとっても会社の運営上大きな損失になっていると思うのだが、外にはそのようなニュースは聞こえてこない。737機、767機、777機の注文や生産が順調と言うことだろうか。全日空は787機を当初50機も注文したと言うが、背景には老朽機との入れ替えも予定していたとのことだったから実際はどうなっているのだろうか、などいろいろ心配になる。実際には損害賠償を請求しているらしい。時債には納期の遅れに業を煮やし注文をキャンセルした航空会社も少なからずあるらしい。

 この機の生産にはわが国の三菱重工などの企業も複数参加している。秋田県庁の展示室にも県内の関連企業の製品が並んでいたような気がする。


7/24(土)晴 病棟拘束 ドック結果説明 中通高等看護学院学院祭
2:00起床、ドック判定総括。6:20病院着。回診他。9:00ドック結果説明。患者関連の書類処理など。10:00-12:00 中通高等看護学院学院祭:特別講演「Domestic Violens--幸せつかんでますか?--」聴講。古本市で数冊購入。McGarageでiWork09購入。15:00不調の患者対応。16:30 自転車帰宅、18;00夕食、19:30就眠。

有限会社養老研究所 (2)「養老孟司先生と猫の営業部長 うちのまる」 ランダムハウス講談社 2010年3月 1500円
 第一集のあと約1年半にて第二集が出た、と言うか出した。別の出版社から、かつハードカバーになっている。ランダムハウス講談社 2010年3月発行である。何でだろうか。内容的に二冊に大きな差はない。あえて言えばこの一年半に養老氏はお年を召したことと「まる」の体格や表情が一層でかくなり表情がふてぶてしくなったことかな。

 スコティッシュ・フォールドは、スコットランドで1961年発見された突然変異の猫から始まる。この品種は、折れ曲り耳を何よりも際立った特徴としているが、直耳個体もいる。1994年に猫種として公認された。この種は骨格に特有の障害を持つ頻度が高く、折れ耳同士の交配によって生まれる。要するにホモ遺伝子を持つ個体に起こるから、健康な仔を生むためには片親は直耳である必要がある。だから折れ耳個体を増やす効率はよくない。性格は穏やか、 のんびりし、感情を表に出さない。人懐っこく、人間と一緒にいるのが大好きで、とても遊び好きである(上記はWikipediaを参考にした)。

 この種の猫はとても有名で人気もすこぶる高いと言うが、意外と歴史は新しい。もっとも他の有名猫種のことは知らない。背景に旺盛な人間社会の経済活動を感じてしまう。かつてのハスキー犬を彷彿とさせる。「まる」の性格は上記の記述と殆ど同じように見える。確かに写真集の「まる」の表情を見ていると大きな癒し効果があると感じる。養老先生の観察ではやはり下半身に問題がありそうである。
 家族を猫派と犬派があるとすれば、私と長女は前者、二人の息子たちは後者である。家内は??で分からないが、私の判定では性格も体格も「まる」に似近い。ただ、私は有名な猫種の洋猫よりも雑種としての和猫を好む。しかも三毛猫が良い。ネズミや小鳥を捕って栄養補給する程度の自活力と精悍さが欲しい。

 この2冊の本に共通した素晴らしい点は何と言っても所々に挿入されている養老先生のネコに関するエッセイである。ネコ派の私から見て絶品である。数々の養老先生の著作には無い、軽い言い回しが良い。理論も強い主張も結論もない。だから良い。

 一寸したことが切っ掛けになってはまり込んだ2冊の本、猫の表情を見てこよなく喜びを感じる方、養老先生のエッセイを好まれる方にはお勧めである。
 私はこの本を介して小中と共に過ごした猫を思いだし、対話している。


7/23(金)晴 県障害福祉課スタッフ来訪 AkitaBank来訪各種振り込み 新築計画策定委員会 法人理事会  
1:30起床、ドック判定関連。文献・新聞チェック。6:20自転車病院着、回診他、事務処理。退院院患者対応ほか書類記入中心に。 県障害福祉課スタッフ来訪 ABank来訪、各種振り込み。15:30-16:45 新築計画策定委員会。17:30-18:30法人理事会、20:50バイク帰宅、21:00就眠。家内日医女性医師関連で鹿児島へ発つ。

鳥海山・象潟(3)象潟の天然岩牡蠣は美味

岩牡蠣の殻剥きに悪戦苦闘する筆者。 
左手のみの軍手がこの後思わぬ災難を引き起こすことに・・・。

 19日にかほにある元滝伏流水、白瀬南極探検隊記念館 なるものに出かけたが、もう一つの目的は象潟産の天然岩牡蠣の購入にもあった。
 帰路はもう18:00近くと遅くなっていたが、にかほ市の国道7号上にある道の駅、愛称「ねむの丘」ならまだ時間的に間に合うと期待して寄ってみた。物産館、レストラン、展望温泉施設、農林水産物直売施設等があり、思っていた以上の大型の施設であった。直売施設は店仕舞いを始めていたが岩牡蠣コーナーには何とか間に合った。大きいのは1ヶ650円であった。10ヶ購入して帰路についた。

 私は牡蠣が大好きである。冬の牡蠣はフライにしてどんぶりに山盛り一つほども食べるが、秋田で味わった岩牡蠣はこれらとは全く異質なものである。大きくぷるっとした牡蠣で一口では食べきれないほど大きく立派である。ここ数年は行きつけのレストランに入荷したときに連絡を貰い、生食やフライで食べていたが、そのレストランも廃業したからその後は自分たちで購入している。

 岩牡蠣にも天然物と養殖物があるらしいが、象潟の岩牡蠣はすべて6-7年ものの天然物とのこと。岩牡蠣獲りは、ボンベを持たない素潜り漁。これは漁業組合とかの取り決めがあるからなのだろう。漁師は海底深く潜って獲るからとても過酷な作業だと言う。海底の岩についている岩牡蠣は、岩なのか牡蠣なのかの判断は難しいものらしい。確かに、売られている牡蠣を見ても海藻のついた石でないかと思うばかりのもある。海の底で判断するのは至難の業と思う。

 むき身も売っていないわけではないが、やはり殻付きのが良い。冷蔵すれば生きていて2,3日は生で食べられるらしいが 、わが家ではノロ問題もあるので生食せずにフライにする。

 プロの殻剥きを見ていると実に簡単そうであるが、私はそうはいかない。無理矢理こじ開ける。今シーズン2回目だからかなり上手になったが、今回は最後の牡蠣の殻のエッジで軽く怪我をした。今年、家内はお世話になった方々に夏の挨拶代わりにと岩牡蠣を送ったとのことである。後で聞いたのであるが私は吃驚した。あまり良い選択とは言えない。 怪我でもしなけれが良いが、と心配した。送られた方も吃驚したのではないだろうか。数枚の礼状が届いたがいずれも四苦八苦した様子がうかがい取れた。

 まだ岩牡蠣のシーズンは残っている。あと1-2度は味わってみたいものである。


7/22(木)快晴 患者家族面談 葬儀出席 県新興感染症部会
0:30 病棟から電話で起床。病院に。患者死去。3:30 帰宅、ドック、文献など。6:45自転車病院。7:30入院患者家族面談。午前は葬儀出席。12:30帰院。16:30-18:30県新興感染症部会。 21:00帰宅、夕食、21:50就寝。

有限会社養老研究所 (1)「養老孟司先生と猫の営業部長 うちのまる」 ソニーマガジンズ 2008年11月 1400円
 

動物好きの解剖学者養老孟司氏が飼い猫の本を出版したことは昨年2月頃新聞の書評で知った。興味があったものの書店で見ることもなく半ば忘れかけていたが、一週間ほど前に長女が2冊目となる写真集を持って帰省してきた。
 何と言うことのないある猫バカの写真集である。フーンこれは2冊目なのか、こんな下らん本を出す側も問題だが、買う自分もバカだと思いながら早速第一集である有限会社養老研究所著「養老孟司先生と猫の営業部長 うちのまる」ソニーマガジンズ 2008年11月 1400円を注文、入手した。

 養老氏は私が県医師会で広報担当をしていたときに設立記念大会の記念講演にお呼びしたこともあって2時間ほど同席し会話したことがある。昆虫採集が趣味とのことで国内外を飛び回っておられ、連絡から来秋の了解を得るまでにファックスのやりとり数回、2-3週間を要してなかなか決まらず焦ったが、何とかご了承をいただいた。当時、ベトナムやインドネシアに出かけていたらしい。こんなこともあって、また養老氏の著作は切り口がおもしろいこともあって書店に著作が出ると手に取ってみている。買っても読む時間がないからいずれは買おうと思いながら多くは見るだけである。

 その養老氏が猫の写真集を出した。2008年11月が初版である。あれば欲しいと思いながら実際実物を見ることはなかった。
 この写真集には3才になるスコティッシュ・フォールドという洋猫の写真がふんだんに掲載されている。猫のカタログで見ていた範囲でこの種の猫は素晴らしい表情の猫だと興味を持っていたのであるが、この写真集を見て実はがっかりした。「まる」はあまりにも巨大、怠惰な感じで、スコティッシュ・フォールドに対して私が勝手に抱いていたイメージが一変した。いや、これは養老家の「まる」だけの個性ならまだいい。しかし、私には分からない。

 2匹の和猫しか知らない私にとって「まる」はあまり好みの猫ではないが、これだけ多数の写真を並べられるとあの世にいった我が家の猫と共通の表情を読み取ることが出来る。「まる」の写真を見ながら実は我が家の猫を見ていることになる。一部の写真には養老氏も登場しているが、猫とともにいる養老氏も表情がゆるんであまりいいものでない。猫好きが猫の話をするときには共通の甘ったるい表情があると思うのだが、養老氏の表情もそれと同じである。

 家でも職場でも私の周辺には私にとって一匹目の猫の写真が置かれている。今でもそれに向かって頻繁に話しかけるが、人前では絶対にやらない。多分、その時の私はどうしようもない表情をしているハズなのだが、それを養老氏の表情から読み取ってしまう。だから、「まる」と一緒にいる養老氏の表情を見たくないのである。が、どうどうと写っている。


7/21(水)雨 患者家族面談 外来+ドック診察 県健康推進課スタッフ来訪 院内感染症対策委員会 
2:20起床。ドック総括他。6:45自転車病院.7:15回診、病棟業務。8:45-14:20外来。14:30 県健康推進課スタッフ来訪打ち合わせ。16:00院内感染症対策委員会。21:00帰宅、夕食、22:00就眠。

元鷹巣町長岩川氏(2)黙秘権を貫くことは至難だが
 昨年4月の北秋田市長選をめぐり元鷹巣町長岩川氏が公職選挙補法違反で逮捕されたが、最近まで拘留され続けていたことは知らなかった。岩川氏は先日保釈保証金1千万円を納付、1年ぶりに拘置施設を出た。岩川被告は選挙に際し運転手に渡した30万円が給与か否かが問われているのであるが、 自分の立場を守るために黙秘権を行使した、という。 このために長く拘留されたのではないだろうか。
 私は公職選挙法についてよく知らないが、嫌疑になった金額から見て拘留も保釈保証金も異状に厳しいのでないかとの印象を抱いた。

 黙秘権は広く認められた権利であるがそれをし続けるには強靱な意志力が必要であろう。私が3回目の職務質問を受けたとき、相手の迫力に負けそうになったことを未だに鮮明に思い出す。私などとても黙秘など考えがたい。

 憲法38条1項は自己に不利益な供述を強要されない、と定め、自己負罪拒否特権と言われる権利を保障しているが、これがいわゆる黙泌権である。刑事訴訟法311条1頂は、公判廷で被告人は終始沈黙し、質問に対し供述を拒むことができる、としている。
 黙秘権の告知の定めも置かれている。刑事訴訟法198条2項には、取調に際しては被疑者に対し、予め自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない、と規定されている。要するにインフォームドコンセントである。

 一方、取り調べが進むと警察官や検察官がにより供述調書を作る。そして調書を読み聞かせた後に署名捺印を求められるが、これに対して内容に誤りがあり訂正を求めても直してくれない場合には、無理に署名捺印をしなくてよい、と言うことになっている。いろいろ権利は認められているのだが、事実はどうだろうか。

 黙秘権を行使したことをもって、処罰やその他の法律上の不利益を与えることはできない。 しかし、裁判においては黙秘権を行使したことにより、不利益な事実を隠蔽しているとか、反省の姿勢が見られないとして刑が加重されたりすることもある。

 実際には黙秘権を貫くことは至難の技であり、黙秘している事実が他の証拠から裏付けられたことを告げられて口を開いたり、中には警察の強引な取調べの前に屈してしまう場合もあるとされている。
 そのような中、1年間も黙秘し続けた岩川氏はかなり強靱な方と思われた。


7/20(火)曇り晴れ 管理会議 対策会議 外来 法人常務会 療養病棟判定会議(欠) 長副会議(中止) 県病院協会と賛助会員の懇談会(欠)
2:30 起床,ドック判定総括、その他。6:50自転車病院着、回診。7:45管理会議、 8:15対策会議。8:45-14:20外来。14:45-16:00常務会。16:00療養病棟判定会議(欠)。18:30医局歓送迎会は中止。17:30県病院協会と賛助会員の懇談会(欠)。21:00帰宅、夕食、21:30就眠。多忙な日であった。

鳥海山・象潟(2)白瀬南極探検隊記念館
 19日にかほにある元滝伏流水なるものに出かけたが、もう一つの目的は白瀬南極探検隊記念館であった。北ICから秋田道を南下、秋田空港に向かい途中で日本海道路に入る。空港以遠のこの路線は今回が初めて。終点のにかほICで降り一般道を南下した。
 記念館は国道から左側に入った所にあった。 にかほ市立の記念館である。日本人で初めて南極探検に挑んだ陸軍中尉白瀬矗の業績を記念するため 1990年4月にオープンした。

 記念館は有名な建築家の黒川紀章氏の設計によるとのことで、円錐型の「オーロラドーム」を展示室が取り囲む構造となっている。16時過ぎだからか、外には人影も殆どない。正面入り口らしいところに近づいていても窓一つない建物で入り口も解りがたい。実際には近づくと金属製の自動ドアが両側に開く構造になっている。とてもクールな感じであるが、違和感もあった。

 中央にあるオーロラドームで南極大陸の歴史を描いたCG映像とオーロラの映像やが18分間上映される。オーロラにはいろいろな種類があることがよく分かったが画像はとても荒い。暗い中での撮影だからやむを得ないかもしれないが、もう少し良い映像にならないのだろうか。一方、CG映像の恐竜の姿、泳ぐ姿などは実に自然であった。

 展示室内は白瀬の育った環境から南極探検にまつわる資料の展示が中心であり、白瀬隊の資料のほか、ノルウェーのアムンセン、イギリスのスコット隊が繰り広げた南極点到達レースの記録が豊富である。

 そこには死と隣り合わせの、過酷な環境に身を寄せる強靱な精神力・体力を持った、野人の如くの探検隊の姿が紹介されていた。白瀬は11歳の頃に寺子屋の教師から北極の話を聞き、探検家を志した、とされる。この時教師は白瀬に5つの戒めを課した。それは酒、煙草、茶、湯を絶ち、そして火にあたらないというもので、11歳の子供が禁酒、禁煙まで真面目に考えたのだろうか分からないが、白瀬は生涯これを守り続けたとされる。これまた超人の精神力である。
 白瀬の探検にまつわる資料や記録は読むほどに引き込まれる。国家予算の不交付、多額の借金、壊血病への恐怖、隊員や樺太犬の死等々が紹介されている。 隊員との不仲もあり、白瀬は暗殺されかかったこともあるという。

 館の一角には戦後日本が南極探検に使用した雪上車が展示されている。暖房など無いだろうし、着ぶくれた身体では狭く乗っていて苦しかったであろう。
 館の近くには大きな沼があり、周辺は「南極公園」として整備されている。白瀬が用いた木造船のレプリカが飾られていたが、小さい船だ。
こんなので荒波と闘ったのかと驚く。

 詳細に資料を読むには入館するのが遅すぎた。後ろ髪を引かれる思いで元滝方面に向かった。

白瀬南極探検隊記念館


7/19(月)海の日 晴れ 病棟拘束
2:30 起床、ドック判定総括、新聞チェック。12:15自転車病院着。 13:00長女離秋、 回診、病棟関連業務。患者重症化し対応。17:00帰宅。文献チェック他。岩牡蠣剥き10ヶ。19:30夕食。20:30就眠。

元鷹巣町長岩川氏 一年振り保釈に驚く
 昨年4月の北秋田市長選をめぐり、 元鷹巣町長岩川氏が買収、事前運動の公職選挙補法違反で逮捕され公判が進められていたことは知っていたが、拘留され続けていたことは知らなかった。先日7 月15日に一年振り保釈されたとの記事が新聞に掲載され驚いた。
 岩川氏は保釈保証金1千万円を納付、逮捕から1年ぶりに拘置施設を出たのち県庁で記者会見しあらためて無罪を訴え、自分の立場を守るために黙秘権を行使した、と述べたという。

 岩川被告は選挙に際し運転手として協力を受けた某氏に現金計30万円を渡したとされるが、給与か選挙運動かが問われている。私はこの事件についての詳細は分からない。しかし、報道で知った内容から見て今まで一年間も拘留されていたことについては改めて驚いた。
 
 岩川氏は鷹巣町長として福祉の街を作り上げ全国的に知られていた方である。いろいろ批判も反対勢力もあったことも知られている。2003年市町村合併をかけて争った選挙で敗北、2009年北秋田市の初代市長選に立候補し落選した。このときの選挙で氏は逮捕された。

 鷹巣、北秋田市ともに福祉や医療をめぐってはいろいろ話題を提供してきたが、岩川氏の後の町長は医師であったし、現市長は元県会議員であり副市長は県の健康推進課のスタッフであったから、私は県医師会の役員の立場でよく知っていて、決して無関心ではいられない。本年開業した北秋田市民病院もいろいろ問題を抱えている。岩川氏とも県医師会でお会いしたこともあるが、私との間では話は弾まなかった。

 何でこんなに長期に拘留されたのか分からないが、多分、 最初から起訴を前提にした不当な逮捕であるとの立場から黙秘権行使をし続けて来たためだろう。鷹巣長に福祉の街を作り上げた氏は、恐らく、強靱な意志を持つ一途な方であろう。
 次回公判は今月28日とのこと。今後の公判の推移を見守りたい。


7/18(日)快晴 病棟拘束 元滝伏流水を見た
2:00 起床、ドック判定総括、6:30バイク病院。退院総括ほか。 11:00帰宅。暑い、30℃以上らしい。14:00 にかほ市象潟町元滝伏流水を見に。生牡蠣仕入れ秋田に戻り、19:30外食、21:00帰宅、就眠。

鳥海山・象潟(1) 元滝伏流水を見た  ETCも初体験した 

昨日、本日と実に暑い。30℃以上とのこと。自転車での帰宅は汗だく、若干息切れした。昼過ぎ、帰省中の長女も含め家族たちが突然「元滝伏流水」に行きたいと言い出した。前に行ったことがあるらしい。私は「どこだ??何だ??」のレベルであったがひさびさ予定もない休日でもあり、同行することとした。県南のにかほ市象潟町にある元滝川にある滝とのこと。結構遠いじゃないか、が第一印象。

 まず北インターへ向かう。家内が使っている車でETCがついている。私の車はETCが無いが、間違ってETC側に進入した失敗は2-3回していてその度ごとに恥ずかしい思いをしていた。装着車での通過は初体験である。失敗体験が思い出されてちょっと緊張する。速度を落としておそるおそるETC側のゲートに向かう。バーの近くまで進んだが、何と開かないじゃないか!! 係員が通常の切符処理してくれ通過は出来た。見ると何と、カードが裏返しに入っていた。誤挿入防止メカはないのか!! きちんと挿入したら今度は音声で「カードを確かめてください」とうるさい。確かめたらカードの使用期限が切れていた。ETCは結構難しいものだね。帰路は新しいカードを入れて無事通過、やっと ETCを初体験出来た。確かに便利だが、私の車にはやはり必要なさそうだ。

 「元滝伏流水」は鳥海ブルーライン沿いにある。県道131号線から小道に入って間もなく比較的広い駐車場があり、脇には新しい綺麗なトイレ舎が建てられていた。福島ナンバーの観光バスが来ていたからやはり名所の一つなのだろう。 駐車場から杉林の中の小道を徒歩10分ほど登ると杉林は鬱蒼と茂り、辺りは暗くなる。岩の間を力強く清流が流れる。奥入瀬にも似ている光景であった。数十名の観光客とは小道ですれ違った。

 滝の周辺には数人しかおらず、ゆっくりと見ることが出来た。写真愛好家にとっては言いスポットらしく、冷たい水に入って大型のカメラをセットしている方もおられた。そのひたむきな姿が周りに溶け込んで絵になっていた。

 「元滝伏流水」は鳥海山の伏流水が流れ出す高さ5m程の小さな滝であるが、緑の苔に厚く覆われた岩石と水とが織りなす光景は水の白爆と緑の苔のコントラストが実に鮮やかで、とても綺麗であった。 今日はとても暑い日だったが 冷水と気温差で霧が発生している。滝の側に近づくとひんやりとしてとても涼しい。更に200m程上流に高さ約20mの「元滝」があるらしいが、「元滝伏流水」から上流は通行止めの札が掛かっていた。

 東北で2番目に高い鳥海山。 鳥海山には数多く滝があり、どこも水量が多くてすばらしいと言われている。そういえば、昭和48年頃、鳥海診療所の診療応援を一週間ほどしたことがある。その時、職員が「法体の滝」を見に連れて行ってくれた。紅葉の中、その勇姿は忘れていない。
 だから、本日の「元滝伏流水」は私にとって鳥海山の二つ目の滝ということになる。

秋田県WEB観光案内所: 元滝伏流水


7/17(土)快晴 病棟拘束 中国茶を楽しむ私的の会 
2:15起床、ドック判定総括他、いつもの如し。6:00病院着.回診他。入院患者面談。書類等処理。14:00帰宅。家にて業務若干、 15:00-18:00 中国茶を楽しむ会。私は中座、午睡。 19:30夕食、カラヤン特集楽しむ。21;30就眠。

口蹄疫(5)感染は終焉した 民間種牛をめぐる対立 知事の揺らぎが因
 28万頭以上の家畜を処理した宮崎県で、民間の種牛の扱いをめぐって県と農水省と対立していたが、昨日、農家の協力が得られ国の方針で解決が図られた。これで、家畜移動等の制限解除を国が承諾、この農場を中心とする半径10Kmを除き解除された。

 これほど多数が処理された感染多発地域で畜産農家がワクチン接種と殺処分を拒み6頭の種牛を残していた。宮崎県は当初は例外なく防疫作業を進める方針であったが、農家の強い要請で延命方針に転換し、農水省は例外を認めず県に対し是正指示を出す方針を示した。農水省の主張は「新たに流行が起きた場合、防疫出来ない。国際的にも問題」というもので、東国原知事は「貴重な遺伝子資源を守りたい。蔓延の可能性はゼロ」というもの。知事はこれらの種牛を県有化し、特例で生き残っている県有のエース級の5頭の種牛と同じ立場にして特例処置を受ける方針を取ったが、これも拒否された。

 日本は口蹄疫汚染国と認定され、肉などの輸出の大半が止まっている。再開には国際獣疫事務局に清浄国に戻った、と認定される必要があるが県の方針のままでは認定されず、防疫上で国際的信用をなくする、と言う背景も挙げている。

 これは農家の主張も国の主張も正しい。知事の気持ちは理解できるが、その揺らぎがことを複雑化したと思う。

 今この種牛を残しても感染していないだろうからこれによって感染が再度広がる可能性はなかろう。知事は種牛としての存在価値と県民である畜産農家の心情に応えようとしたのであるが、泣く泣く県の方針に沿って貴重な家畜を28万頭提供した方々も県民である。それに、 同じような感染症が生じた際には揺るぎない一定の基準、システム化を欠いては防疫効果を上げられない。そのために知事は非常事態宣言まで出して県民に広く協力を求め、対策を進めていたではないか。

 私も感染症に対しては困難な判断を求められることもあるが、自分の感情感覚とは異なった判断をせざるを得ないことも少なくない。だから、この問題は看過できずずっと見守ってきた。まず、現段階では一つの解決である。されど、牛のいのちに関連しているだけに決して後味はよくない。


7/16(金)曇り晴れ ドック診察 医療安全セミナー: 睡眠障害の治療と転倒リスク   新型インフルエンザ地域連絡協議会(欠)
2:00起床。ドック判定総括x1他、文献読みなど。7:00病院着。回診、事務処理他。11:00入院患者対応。13:30ドック診察。文献整理、廃棄。 17:30医療安全セミナー:睡眠障害の治療と転倒リスク。19:30車屋で夕食、21:00帰宅、就眠。

W杯サッカー(6)閉幕(2)信じ難いことも
 アフリカ大陸で初めて行われた W杯サッカー 南アフリカ大会は数々の話題を残しながら11日に無事閉会した。次は4年後、サッカーの本拠地の一つブラジルで行われる。

 今回のW杯を通してわが国のサッカー界の国際的評価は一気に高まったようだ。何人かの選手がヨーロッパのチームと契約したし、決勝トーナメントの中で日本人の審判員お二人が活躍し高い評価を受けた、と言う。とても良いことだと思う。

 今回は信じ難い話題もあった。政治のサッカーに対する介入である。フランスが一次リーグで敗退すると、サルコジ大統領や議会までチームのあり方などに対して介入し始めたし、ナイジェリアの大統領は決勝トーナメントに進めなかった代表チームに対し2年間、国際大会参加を禁じると言明した。これはいくら何でもひどい。理解の外にある。権力者達の横暴以外の何者でもない。

 南アではアパルトヘイト政策が終結した後も白人と黒人との間の経済格差は深刻で、失業率は25%にまで達している。そのため治安は劣悪で紛争地区以外では世界で最も危険な地域とされ、殺人事件は一日50件にも達していたとのことである。しかし、W杯の期間中には外国人を狙った犯罪は1件だったとされる。南ア国民はとてもサッカー好きとされ、サッカーに気をとられて犯罪を犯すのを忘れたのではないか、等との意見も報じられ、笑いを誘った。大きな事件もなく無事終了したことで南アの国際的評価が高まることが期待されている。

 タコによる勝敗の予想も毎回報じられ興味をそそられた。偶然以外の何者でもなかろうが、的中率100%とは恐れ入る。ドイツの敗退を予想した時は当のタコの命が狙われそうな雰囲気にまでなったらしい。とばっちりを受けて食べられたタコも少なくなかろう。坊主憎ければ袈裟まで憎いの発想か。

 W杯のために2ヶ月休んでいたJリーグは明日から再開される。ちょっとサッカーを見直してみようかと思っている。良い試合を見せて欲しいものだ。


7/15(木)晴れ 外来+ ドック説明 秋田産業保険推進センター相談員会議
2:30 起床。ドック判定.文献チェック、徒然。5:20病院着、6:10回診ほか、8:00救急カンファ、8:40-14:10外来+ドック結果説明。 16:0016:00秋田産業保険推進センター相談員会議。途中で呼ばれ病棟に。20:45帰宅、21:30就眠。

W杯サッカー(6)閉幕(1)サッカーについて考えが変わった
 サッカーのW杯南アフリカ大会がスペインが初優勝して終わった。日本は予想に反して、というと失礼であるがベスト16に入った。

 私はサッカーに対しては門外漢であり、何故こんなに世界中が熱狂するのか、理解できなかった。小学校の頃は盛んにやったが、ボールを追って四六時中走るこのスポーツは虚弱な私には荷が重すぎた。TV観戦は試合時間が長く、クライマックスが何時、どんなところに来るのかも解らず、長すぎた。 だから、今まではあまり身近とは言えなかった。

 私は深夜のラジオ番組が実況中継で占拠されると言う実害の方を感じながら過ごしていた。が、今までとは少しサッカーに関して私の感じ方が変わってきた。やはり、日本代表の活躍・躍進が背景となっている。私が起きている時間帯に日本の試合があったときだはラジオで実況を聞きながら文献整理や業務をこなしてしていた。最期の8強をかけたパラグアイ戦でPKが外れて敗退した瞬間も聞いていた。実況中継は一試合も観なかったが、ニュースでは選手達の美技を見てその素晴らしさに驚嘆した。

 スポーツや音楽は人々の心を溶かし、つなぎ合わせる力を秘めている。スポーツは観る人々をも熱狂させる。特に何故サッカーなのか、どうしてこんなに沸き上がるのかと言うことが徐々に解ってきたような気がする。
 サッカーは極めて単純で道具はボール一つで広場があれば出来る。だから、全世界で最も普及しているスポーツとなっている。それに、身体を張った選手達の超美技である。信じ難い光景が一瞬だけ現れる。単純なスポーツであるからこそ選手達の身体上の特性、磨かれた技術が発揮される瞬間の驚きは大きい。それに加えて各選手が織りなすシステマチックと言っていようなチームプレーがそこにあった。
 ボールの受け渡しをめぐっての連携の素晴らしさ、足技の素晴らしさを観て、今回私のサッカーに対する考え方も若干ながら変わった様な気がする。


7/14(水)雨・曇り 外来 ドック診察。結果説明 
2:00 起床。ドック1判定総括x1、文献・新聞チェックなど。6:20病院着。回診、8:45-14:30外来+ドック診察+結果説明。20:40帰宅、夕食。 21:20就眠。

菅首相(11) 参議選(6) タレント候補の多くは落選
 いわゆる各界の著名人が選挙に躍り出たのは1968年8月の参議院選であった。このときタレント候補と若干冷めた目で見られながら票を獲得し「青島幸夫」、「横山ノック」、「石原慎太郎」、「今東光」、「大松博文」の5氏が当選した。あれから42年経つ。その後も毎回いわゆるタレント候補といわれる候補者が次から次と担ぎ出されてきた。継続的に議席を維持された方も少なくないが一期のみで消え去った方々も多い。

 各党にとってタレント候補は手っ取り早い議席確保の手法として用いられている。党にとっては議席を一つでも多く確保することは重要な事であるがちょっと安易だと思う。しかし、様々な人生経験を持った人たちが政界に入っていくことを否定的にとらえるべきではない。党の安易さとは別に一候補として評価されるべきである。

 国民の立場では誰でも平等である。たとえば大学教授ならよくてタレントなら駄目、という論議は成り立たない。知名度から既成政党から誘いがかかるような著名な方々は芸能人であれスポーツ選手であってもかなりの努力の結果到達した技能であり、能力であり、結果として得られた知名度だと思う。その間、社会的難問に遭遇して政治に関心を持った方々だろうと思う。だから出馬の誘いを受けたときに前向きに考えるのではなかろうか。

 今回の参議院選挙では15名の候補がタレント候補とされていた。そのうち当選したのは、女優の「三原じゅん子」、柔道の「谷亮子」、元野球選手の「石井浩郎」の三氏だけであった。立候補して落選したのは女優の「岡崎有紀」、落語家「桂きん枝」、歌手「庄野真代」、タレント「岡部まり」、俳優「原田大二郎」、歌手「敏いとう」、元野球選手「堀内恒夫」、「中畑清」、「江本孟紀」、アテネ五輪銀メダリスト「長塚智宏」、銀メダリスト「池谷幸雄」、パラリンピック金メダリスト「河合純一」の各氏であった(氏名は朝日新聞の記事を参考にした)。

 私はこのうち半数ぐらいの方々しか知らない。知っていても名前だけでキャリアは殆ど知らない。 柔道の「谷亮子」氏に関してはこの中では若干知っていたに過ぎない。 石井氏については立候補してから新聞でいろいろ読ませて戴いた。
 タレント候補と言われる方々がもし知名度だけで当選すると考えるのは甘い。国民の一人としてどのような政策を掲げて選挙運動を行ったのかが問題である。それが不十分ならタレント候補というレッテルはむしろマイナスの作用を果たすことになる。だから、軒並み落選したのだろうと私は思う。

 蓮舫氏は論旨明快で私もすごい方だと思う。今回の選挙では 史上最多の171万票を獲得した。現職だからタレント候補とは言えないが、いわゆるタレント議員である。


7/13(火)晴 外来 法人常務会 委員会打ち合わせ 医局カンファ 
1:00 起床。起床時に歳を感じる様になった。ドック判定・文献など.7:10病院、回診。 8:45-14:00午前外来、途中患者死去。14:45-15:30法人常務会+委員会打ち合わせ。17:30医局カンファ「痔」。 21:10自転車帰宅、22:00就眠。

菅首相(10)参議選(5)秋田選挙区の動き
 ワールドカップ南ア大会が終了した。日本は予想されなかったほどの結果を残した。
 第22回参議院選挙も終わった。これも公示後わずか17日間の短期間に状況は大きく変化して民主党が予想を超える大敗退を喫し、自民党とみんなの党が大きく議席を増やした。既存の他の政党、新造の政党は軒並み議席を減らした。
 菅首相の不用意な消費時発言が敗因であるとの見方が一般的だが、消費税でなく発言後のぶれの方に因がある。

 秋田では現職の民主党鈴木陽悦氏に新人の元野球選手の石井氏が挑戦した。結果は予想以上の大差、10万票以上の大差で石井氏が初当選した。

 6年前鈴木氏はアナウンサーであったという知名度を十二分に生かし無所属で立候補、現職の齋籐参議院議員を破って初当選したが、6年後に現職の自分が更に知名度の高い新人候補に敗れるという事態になった。この背景には国会議員になった後はかなり地道に選挙区で活動報告をしない限り県民から忘れ去られると言うことを示している。特に鈴木氏は6年間のうち半分にあたる3年間は無所属であったために組織的活動は殆どなく、県民から遠い存在になっていた。その後民主党に入会したが、その時、何かしこりがあったのであろう、今回の選挙にあたって民主党県連は直接鈴木氏を公認するのではなく、公募という形でをとった。結果として公認されたが、県連の動きは一つ鈍いものがあった。

 結果的にまた当選は新人候補である。秋田県は本年改選期を迎えたサイクルをとってみれば12年間にわたって新人を国会に送り込んだことになる。
 当選した石井候補は当初私が思っていた以上に真摯で実直な方のようである。組織票のバックの元で大量の票を集めたが、今後秋田のために活躍して戴きたい。

 私は新聞記事からしか3候補の主張を知ることが出来なかった。はっきり言って上記の2氏は政策面で総論的で具体性は乏しかった。急遽立候補することになった石井候補はやむないとして、6年間の実績を持つ鈴木氏にはもっと強い政策主張があってしかるべしと感じた。私は医師会の広報担当の頃に頻繁にAKT アナであった鈴木氏と打ち合わせをしたし、同じ番組に出演した回数も10回は超える。本年1月9日秋田ゾンタクラブの新年チャリティコンサート・昼食会に出席した際来賓の席で鈴木氏と隣り合わせであったことで1時間ほどチリポリと歓談したが、政治家らしい話しは特に聴けなかった。彼は顔つなぎに出席したのであろうがいろいろ大変そうであった。

 政策面では共産党の藤田氏の主張は明快で抜きんでていたと感じられたが票は伸びなかった。藤田氏は私どもの法人の元職員であったと言う面でも親しみを持っていただけ残念な結果であった。 
 3年ごとの参議院改選をその目で見れば3回連続秋田選挙区はタレント候補を送り出したことになる。しかもすべて新人、これでは秋田の声は国会まで届き難い。勿論、タレント候補が政治的に適格でないなどという気は一切ない。当選後の活動で評価されれなければならない。


7/12(月)雨のち晴れ 管理会議 安全管理者と打ち合わせ 療養病棟判定会議 長副会議    
1:30起床。咳そう軽減、微熱感だけ。選挙結果見つつ書類処理。新聞チェック。7:00病院、重症者回診、7:45-8:20管理会議。 10:00-10:40安全管理者と打ち合わせ。回診、16:00-16:35療養病棟判定会議。17:00-18:40長副会議。19:45帰宅、夕食、途中で病棟から連絡、病院へ。22:00帰宅、そのままダウン、就眠。

秋田室内合奏団演奏会(2)ピアノと指揮・佐藤卓史氏でオールモーツアルトプロ
 7月11日(日)秋田市アトリオンホールで第34回秋田室内合奏団定期演奏会があり、何時もの如く代表の方から招待券を戴いたので聴きに出かけた。
 今回はピアノと指揮・佐藤卓史氏でオールモーツアルトプロ。
 プログラムは、
■ディベルティメント Kv138
■ピアノ協奏曲第23番 Kv488
■交響曲第39番 Kv4543
アンコールは、 Kv150前後のディベルティメントから第一楽章であった。 

 秋田室内合奏団は1976年12月弦楽器の愛好者が集結し発足した楽団。団長が医師である関係で定期公演の招待券を戴くので、ほぼ毎回楽しんでいる。私にとってアトリオン室内オケ、秋田青少年オケと共に最も親しみ深い合奏団である。第25回定期演奏会からスロヴァキア室内オケの指揮者であるE・ダーネル氏を指揮者・ソリストとして招聘している。

 今回ピアノと指揮を担当した佐藤卓史氏は秋田市生まれで早くから才能を現していた。2007年第11回シューベルト国際ピアノ・コンクール(ドルトムント)で第1位+特別賞を受賞。 ソロデビューアルバム「ラ・カンパネラ?珠玉のピアノ小品集」(ナミ・レコード)は話題を集めた。国内外のオーケストラと多数共演、室内楽奏者としても高く評価されている。現在ドイツ・ハノーファー音楽演劇大学に在学中。10月9日には秋田ゾンタクラブの会合でも演奏することになっている。

 一曲目のディベルティメント Kv138はチェロ以外は立っての演奏であった。かなり前からこんな感じで演奏しているように思えるが、E・ダーネル氏の登場後のような気がするが定かではない。ブルガリアのソフィア・ゾリステンも立ったままの演奏であった。ただ、私は落ち着きがなくてイヤである。聴衆が座って聴いているのだから一緒の方が良い。二曲目以降は座っての演奏。ならば何で一曲目だけ立ってなの・・と思った。

 三曲とも、特に二曲目は私も新潟大学オケで弾いたことがある親しみ深い曲だったので十分楽しめた。ただ、このホールはよく鳴るのだろう。私にとっては三曲とも全体的に音が大き過ぎて若干ストレスであった。その点、最期にアンコールとして演奏された曲が比較的静かでとても良い心地で楽しめた。


7/11(日)曇り・雨 病棟拘束 参議院選投票 秋田室内合奏団第34回定期演奏会
3:00 起床。まだ不調。ドック判定・総括x3、新聞チェック、本読み、文献整理。原稿作成。13:00病院、14:00アトリオン、 14:30-16:30秋田室内合奏団第34回定期演奏会 回診。19:30帰宅。20:30夕食、21:30就眠。

菅首相(8)参議選(4)与党敗退で国会は再度ねじれ状態に 政治がまた変わる  
 本日は第22回参議院選投票日であった。

 秋田選挙区では石井候補が当選、みんなの党から比例で出馬した元県知事の寺田氏が当選した。
 開票結果では民主+国民新党で57議席以上獲得だと連立で過半数維持出来たわけだが、実際には44議席と遠く及ばなかった。 国会は再びねじれることとなる。 民主にとっては厳しい現状であるが、菅首相は続投の意志を改めて表明した。これから民主党内の調整を含めて、首相の真の手腕が問われることになる。

 自民党の谷垣総裁は過半数割れを実現出来なければ総裁辞任を表明していたが、躍進したことで続投となるだろう。谷垣降ろしの大儀がなくなるだけに自民党内の不満はくすぶり続けるだろう。記者会見では菅首相即刻退陣、衆議院解散を強く主張した。

 民主の敗北の要因として消費税に対する首相の発言が大きいとの意見はあるが、これはあまり大きくない。同じように主張している相手方が大きく議席を伸ばしている。ただ、首相の発言がしっかりと受け止められてはおらず、その後の発言もぶれたことのイメージダウンは否めない。政権交代へ党が十分に答えきれなかったことが主因である。
 早朝には全議席の当選者が決まった。 民主は44議席、自民党が51議席を獲得し参議院で第1党となった。公明党は9席、共産党は3議席で、医師で論客の小池氏が落選した。

 重大なのは民主党内の足並みの乱れで、選挙前から総理に対する批判的発言をしている。言うべきことを言っているのではあるが、タイミングはいいといえなかった。選挙のマイナス要因であったと思う。
 今回の結果が国政にどのように影響していくのか。明日からの永田町の動きから目が離せない。


7/10(土)雨のち曇り 病棟拘束 ドック結果説明 秋大泌尿器科同窓会・講演会・懇親会
2:15起床、まだ不調、咳そう激しい。ドック判定総括x1他。6:45病院着、回診、9:00ドック結果説明2名。患者関連書類処理。 14:00-15:00診療所長来院歓談、18:45秋大泌尿器科同窓会・講演会・懇親会、途中より参加。21:15帰宅、21;40就眠。

第22回参議院総選挙いよいよ明日 消費税論議は大きな争点でない 
 第22回参議院選挙が明日となった。
 この選挙、私の周辺では実に静であった。公示以来今まで一度だけ遠くの方で選挙宣伝カーの呼びかけを聞いたが、後は一切なし。だから、私は情報は殆ど新聞から得た。

 改選議席数は選挙区73,比例区48の121議席。もし民主が60議席を確保すると単独過半数、民主+国民新党で57議席だと連立で過半数維持出来ることになる。民主にとっては厳しい現状らしいが菅首相は続投の意志を今から表明している。一方、野党の側から見れば、野党として66議席とれれば与党の過半数を阻止できることとなり、国会は再びねじれることとなる。自民党の谷垣総裁は過半数割れを実現出来なければ総裁辞任を表明している。

 ただ、首相交代直後は期待感だけの高支持率であったが、菅首相が何かを言うだけで支持率が低下し始め、特に消費税論議を始めようと発言したとたんに急落し始めた。もともと菅総理自身も消費税導入は行わないと言い続けてきたが、財務大臣として国際的に活躍し始めてから考えをガラッと変えたらしい。いや、多分に諸外国の日本を見る目が予想以上に厳しかったことを体感したからであろう。

 消費税論議を先に仕掛けたのは自民党側で10%を表明した。時それほど置かず菅首相も消費税論議を提起した。驚いたのは自民党側である。民主党と経済政策に対する政策の違いを強調するための思い切った表明をしたわけだが、それに対してサッと協調路線を表明されたのだから大変である。違いが埋没してしまう。
 それに、与野党の代表的政党が同じ政策を掲げたときには十分な論議を経ずに方が成立してしまうことは過去の外国の例にもあったことである。だから簡単には強調できない。自民党は菅首相の消費税提案に対して「思いつき」「ぶれる、底が浅い」「封印した」・・などとまくし立てている。

 今回の選挙は判断が難しい。昨年夏の衆議院選挙は「交代、変化、改革」を求める熱気の中で民主は300超の議席を獲得した。政策そのものの真意、実効性の可能性よりも「先ず政権交代」「先ず交代」と繰り返し、「変化、改革」の順風ムードの中で選挙戦を闘ってきた。それが今回は「政権交代してみたものの、・・」「さりとて自民も・・」「鳩山は駄目だったが菅もか」「カネ問題はどうなる」という迷いの中での選択が求められているからである。

 明日、夜半には選挙区の当選者が、明朝には比例区の当選者が決まる。どういう選択がなされるのか分からないが、こんな大変な時だからこそ投票率が高いことを願っている。


7/9(金)晴れのち雨 患者家族面談 病院機能評価受審委員会 法人理事会  
2:20起床、外装のために不眠。ドック判定総括x1。文献検索、新聞チェック他.7:10病院着。回診、紹介状その他。入院患者対応、家族面談。主治医意見書、保険関連診断書等々患者関連書類処理に費やす。16:00 病院機能評価受審委員会。17:30-18:20法人理事会、残務、21:00帰宅。21:30就眠。

次世代新幹線こまち車両 新聞に異なる印象の写真
 2013年春に秋田新幹線には新型車両「E6系」が導入されることになっているが、先日7月7日未明、走行試験のためにJR田沢湖駅に登場した、と写真入りで新聞に掲載された。

 新型車両は7両編成で、長く突き出したノーズ、あかね色に銀色のラインが引かれ、スピード感あふれる次世代のイメージそのものである。盛岡駅から田沢湖駅までの間、客席内の振動や騒音を計測し、秋田新幹線の最高時速130Kmで走行や緊急停止の試験も行い情報を収集したという。田沢湖駅には1:30am ごろ到着、約45分間停車した。
 同駅周辺には新型車両をいち早く見ようとする県内外の鉄道ファンらが盛んにシャッターを切っていた、という。

 ただ、秋田新幹線はミニ新幹線企画であり在来線上を走るので如何に高機能の車両であれ最高時速は130Kmと変わらない。盛岡秋田間として考えれば何か勿体ないような気がしてならない。

 ところで、昨日の朝日新聞には社会面と秋田紙面とにおのおの車両写真が掲載された。前者は盛岡駅で新旧車両が並んだ姿、後者は深夜の田沢湖駅での撮影とのこと。秋田魁のホームページには田沢湖駅での写真が掲載された。
 これら3枚の写真を見ると同じ被写体ながら全く別の印象に見える。朝日の社会面のはスピード感あふれる次世代のイメージそのもの、秋田面の写真はずんぐりした旧来のイメージに近く、魁のは近接写真だから全体像が見えない。タコの頭部写真のイメージである。

 私は写真のことは殆ど解らないが、レンズを通すと近くのものが目視以上に拡大されるようだ。実際に実物を見ているときには視野を自由に変えてみることが出来るから全体を把握出来るのであるが、写真の場合はフレーム外の情報はないから観る側で修正できず、そのまま受け取る事になる。

 言葉だけでは表現が困難な場合には画像があると随分助かるが、画像そのものも撮る側の技術や視点があって時には言葉以上にものを言うものだと思う。昨日の新聞写真3枚を並べてみてその違いに驚いた(写真は朝日新聞紙面、魁on the Webから引用させて戴いた)。


7/8(木)晴れ 暑い 外来  
2:30 起床、ドック判定総括x1、文献チェックほか、7:05自転車病院。回診他病棟業務、8:45-13:45外来、体調不良で疲弊。書類処理。20:50帰宅、夕食、21:30就寝。

医師不足(31)厚労省は「必要医師数実態調査」について思う
 いま厚労省は「必要医師数実態調査」を行っている。
 この調査については昨年 2月22日の国公立私立大学医学部長・病院長会議で、厚労省医政局医事課医師臨床研修推進室の田原室長から明らかにされたものである。
 室長はその際に、今まで地域の医師確保にはっきりとした方針はなく、今後は実態を把握して具体的な全国的対策を行って行く必要がある、と述べている。要するに、厚労省は必要医師数を把握せずに医師対策を行ってきた、と言う趣旨のようであるが、われわれ実地医家にとっては10数年以上前から医師不足を実感してきているのに、国との間の感じ方に大きな差があるものだと思ってしまう。

 この調査は、本年6月1日現在の必要医師数の調査である。
 本調査の目的は、全国統一的な方法により各医療機関が考えている医師数の調査を通じて、地域別・診療科別必要医師数の実態、求人理由や求人方法の傾向、求人しているにもかかわらず充足されない理由、 短時間正規雇用の導入状況等の情報を把握し、医師確保対策を一層効果的に推進していくことができるようにすること、としている。
 調査に記入すべき「必要求人医師」数は、地域医療において、現在、貴施設が担うべ き診療機能を維持するために確保しなければならない医師数のうち、調査時点において、求人しているにもかかわらず充足されない医師数とのことである。

 この調査は国が行う初めての実態調査でありその意義は大きい。確か、2-3年ほど前に秋田県で行った調査では、県内の病院で不足している医師数は290 人ほどと極めて厳しい数値が明らかになった。その分、今の勤務医は自らを犠牲にして地域医療を維持しているのであるが、一方、その後も県北地域を中心に医療機関の機能低下、縮小が続いている。

 今回の調査は、よほど厳密に医師不足を定義してかからないと答えられる不足医師数に大きなばらつきが出うる調査だと思う。しかし、質問票を見る限り疑問を感じてしまった。
 全国自治体病院協議会の会長は記者会見では、ある病院の例を挙げ、事務職が挙げた不足数は7名、各診療科長の集計では38名、病院長の試算では42名であったと述べたと言うがその通りと思われる。

 医師は年齢性別もバラバラである。持っている能力も同様である。それをどう表現するか、同じ病院内でも立場が変わると評価も変わるものである。おそらく事務系職員は法定医師数の充足から考えるであろうし、診療科長は診療科内の業務量を勘案して試算するだろうし、病院長は全体を眺めてマンパワーとして強化すべき部分も、医師の健康面の問題なども評価するからであろう。

 医師数を頭数だけで論じることは出来ないという立場で調査結果を評価しなければならない。日本の医師数のカウントは高齢で殆ど引退した状況でも一人としてカウントされるが、諸外国は実働しているか否かで評価しているという。だから、わが国の医師不足は諸外国に比して一層深刻なのだ。


7/7(水)晴れ 外来 ドック診察  
2:30起床。まだ微熱、倦怠感などで不調。ドック判定総括x1ほか。7:10自転車病院着.7:30回診その他。8:40-14:00外来+ドック診察、疲弊。病棟も主治医、患者ともに不調。 20:45帰宅、21:30就眠。

相撲中継中止は妥当な判断 自浄出来なければ外から
 NHKが大相撲名古屋場所の生中継をやめることになった。半世紀も続いたTV中継開始以来、初めてのこととのことである。

 大相撲は毎場所生中継で全国に伝えられてきた。相撲好きと称している方々のほぼすべてがTVで相撲に親しんできたと思われる。相撲に限らず、TVは居ながらにしてリアルタイムに勝負を見ることが出来るのでスポーツ文化の醸成に大きな威力を持っている。TV中継がなければあらゆるスポーツは地域内の愛好者に限られていたと思われる。逆に相撲界をこれだけ肥大化させた因子の一つでもある。

 先々から角界と暴力団との関わりあいは取りざたされ、古くは拳銃所持事件、八百長相撲事件などがあったし、最近では力士暴行死事件、大麻所持事件、朝青龍事件など不祥事が続いてきた。その度ごとに理事会は再発防止と角界の体質改善を世に約束してきた。しかし、今回の野球賭博事件を見る限り角界の自浄能力は限りなくゼロに近いと言わざるを得ない。

 今回の理事会の一連の対応はやはりまともではない。
 一言で言えば、「角界の常識、世の非常識」とうこと。これはどこかでよく聞かされた言葉に似ている。最近あまり聞かれなくなったが、かつて「医学界の常識、世の非常識」といわれたものである。
 自浄能力がなければ外からの力を借りて改善するしかない。しかし、外部委員の発言や外部からの理事長代行の決定を理事会はなかなか受け入れようとしなかった。理事長代行の決定はその最たるものであった。だいたい、何で場所中だけ代行なのだ?浄化するまででないのか?

 私は、公益法人の一時返上、名古屋場所の中止等が妥当だろうと思っていたが、前者はあまり話題に上らず、後者は生け贄を捧げる方法で、すなわち親方と琴光喜の馘首、19名の出場辞退力士、役員や親方の謹慎処分などをあげて開催を決定した。確かに本場所の中止ともなると対社会的な影響も決して小さくないから開催の判断を急いだという事情もあろうが、開催するために急遽取り繕ったという印象は否めない。しかし、対社会的責任を果たすために開催としたのだろうか?疑問である。
 これでは、外から関係者や後援者が何らかのアクションを起こさなければまた過去の二の舞、三の舞になってしまう。だから、今、NHKTV中継の取りやめの判断はきわめて妥当な判断だと思う。協会の収入は100億円前後とされ、NHKは中継料として相撲協会に年間25億円を超える金額を払っているらしい。NHK、相撲協会にとっても打撃であろうが、今回の決定は金銭の問題以上の重要性がある。

 ただ、NHKは視聴者からの声も重視したと述べているが、これは情けない。
 NHK自身が独自の判断で決めるべきであって、意見を具申した視聴者の一部の、ホンの一部の意見を前面に出して説明したのは、底が浅いし、責任転嫁である。


7/6(火)晴れ 患者家族面談 外来 法人常務会 医局会 
1:30 起床。まだ不調 ドック判定総括x1.書類処理、7:10自転車病院着.回診・家族面談。 8:45-14:20混雑、体調不良で外来、混雑、疲弊。14:45-15:40法人常務会。17:30-18:20医局会。 20:45帰宅。21;30就眠。

聴覚の機能低下(2)高齢の音楽家はどうなのか

 モスキート音と呼ばれる、17.000Hzの非常に高い周波数の音があるが、 かなり耳障りな音と言われる。モスキートの意味は蚊である。高周波数の音は年齢とともに徐々に聞こえ難くなるので20代後半以降の人には聞こえない。これを商店の中とか公園とかで流して若者達がたむろするのを予防しようという目的で開発された装置がある。
 モスキート音には以下のような場合に流すと効果的であるといわれている。
■レストラン・書店などで、店内に長く居座る若者対策
■敷地内などで迷惑行為をする若者を排除
■集合してくる若者に対して、牽制し非行や犯罪を防ぐ

 しかし、迷惑行為をする意思のない若年層も追い出す結果になるので非人道的との問題は残る。このモスキート音を携帯電話の着信音として用いると大人に気づかれないということで、高校生に普及しているらしい。

 要するに、聴覚はかなり早いうちから加齢による機能低下が始まると言うことで、私も12.000Hzまでしか聞こえていない事を先日気づいて愕然とした。私はもう若いときの感覚で音を聴き取ることは望んでも出来ない話しである。

 ならば、音楽家はどうだろうか??
 音楽家の中でも特にオーケストラを率いる指揮者達は60代はまだまだ若手とされ、70-80代の指揮者が大活躍している。私はあんまり是としないのであるが、長老指揮者は指揮界の重鎮などとして一層珍重されている。例えば、小澤氏は私より10歳年上の75歳、今年のVPOニューイヤーコンサートを振った J.プレートル氏はさらに10歳上の85歳である。確かに指揮者の多くは年と共にテンポも遅くなり、表現はより単純化していく。それをファンは熟成とか円熟とかと表現するのであるが、私はそれは円熟の因子もあろうが、身体的老化の結果、時間感覚の鈍化を中心とする変化に起因していると思っている。

 私はカラヤンが残した録音を通じて曲を知り、楽しんで来た。彼の場合、40代から80代までの間に残した録音を聞き比べることが出来るが、例えばベートーヴェンの交響曲全集は1960年のBPOとの録音を最も好んでいる。テンポは速く緊張度も高い。チャイコフスキーの交響曲「悲愴」は晩年近くまで6回も録音したが、やはり1960年前半の録音が良い。これらの録音の時カラヤンは50代だった。まだ身体的衰えはわずかだった時期である。

 音楽家であるからと言って聴覚の退化からは逃れられないはずである。と言うことは長老指揮者は若手演奏家や聴衆とは異なった音を聴いて指揮している事になる。それが実際に奏でられる音楽にどんな影響があるのかは私には解らないが、聴覚の衰えに起因する変化は必ずあるはずだ、と思っている。


7/5(月)雨のち曇り 管理会議 外来 療養病棟判定会議 長副会議 
1:00起床、新聞・文献チェックなど。4:00全身的違和感あり1時間微睡む。7:00病院着.7:15回診他.7:45-8:25管理会議.途中患者死亡し中座。8:45-15;10外来。質的にも難儀した。16:00-16:30療養病棟判定会議。17:00-18:10長副会議。19:20帰宅、夕食、20:15就眠。

聴覚の機能低下(1)私の耳は12.000Hzまでしか聞こえていない
先日たまたま聴覚に関する生理学的知見を調べるためにインターネット上で資料を探していたところ、広範な周波数の音を発信するサイトにたどり着いた。

 私は中学の頃から今に至るまで、初めは実にちゃちなオーディオ装置から始まって現在までマニア的でない範囲の、実用的再生装置・機種を用いて音楽を楽しんできた。30代後半に私は超高級品とされるプリアンプと廉価なそれとの違いが分からないことを自覚したことで、その後はオーディオに過剰にのめることから救われた。

 時代と共に身の回りの再生装置は徐々に小さくなってきた。今一番用いているのは僅か15gしかないiPodとiPhoneとヘッドフォンの組み合わせであるが、これで十分楽しめている。あまり自信はないもののそれなりの経験も積んできたことから、オーディオに関してそれなりの一家言を持っていると自負し、かつ聴力も悪くないと自信を持っていた。

 それがである。何と、可聴域をチェックしてみたら12.000Hzを境に無音状態になってしまった。発信器の方の表示はつれなく15.000、 17.000、2万Hzと上昇していくが、全く聞こえない。発信器が壊れているのでは?と思うほど完全な無音の世界である。何と、マア、と正直驚きガックリ来た。

 私の自宅の書斎には大型のスピーカーと共にメインの再生装置が鎮座している。それらはインプットからアウトプットまでカタログ値で言えばすべて高音域は 2万Hzまで再生されることになっている。本当にその音域の音が出ているか否かは分からないが、実際には私は半分程度の領域の音しか聴き取っていないことになる。

 私の好きなジャンルである弦楽器のうちヴァイオリンは倍音が豊かで2万Hzほどの音も含むとされる。と言うことは私はもう聴覚が機能低下してきていて本来の音が聞こえていないという事になる。そうなれば私は聴きながら音質など論じる事などもう全く無駄と言うことになる。例えて言えば景色を、絵画をサングラスを通して観ているようなものである。要するに真の音を聴き取っていないと言うこと。

 ただ、残念であるが、それはそれで良い、と考えたい。何となれば、私は今でも過不足なく十分に音楽そのものを楽しめているからである。

大人には聞こえない音/聴力検査FLASH 


7/4(日)快晴、病棟拘束 
1:30起床、ドック判定総括x1、新聞・文献チェック。体調不良とろとろと進める。10:30病棟より連絡、Taxiにて病院、患者死去、回診他。レセプトほか、17:00帰宅、20:00夕食。20:50就眠。

ノースアジア大学公開講演会(3)盛会だった橋本五郎講演会
 ノースアジア大学は、秋田市にある私立大学でもとの秋田経済大学、秋田経済法科大学である。2007年にノースアジア大学に改称し現在に至っている。
 私は詳細はよく知らないがこの大学は一般を対象に公開講演会等を行っており、3月12日(土)には新潟大学大学院安保徹教授の講演を、 4月24日(土)には作家であり柴田翔東大名誉教授の講演会が開催され、何れも聴講した。
 大学では何かの記念日に当たるのだろうか、7月3日、4日 「Memorial days?みんながいたから?」をテーマに高杉祭という名称の学園祭を開催することでいろいろの行事が行われるらしかった。これらについては新聞で見たような気がする。
 私は橋本五郎氏講演会、足利事件の弁護を担当した佐藤博史氏の講演会に興味を覚えた。
 7月3日(土)は読売新聞特別編集委員の橋本五郎氏の講演会があった。橋本氏はTVのコメンテーターとしても有名であり、県出身者の中では全国的によく知られている方で、先に県知事選で担ぎ出されそうになったこともある。
 橋本氏は1946年三種町(旧琴丘町)生まれ、昭和40年秋田高校卒。 慶大法卒後読売新聞社に入社、読売新聞特別編集委員。2000年に胃癌手術。著書 [編集]『橋本五郎の「どうなる! 日本」』『範は歴史にあり』 など数冊。氏は秋高で家内と同級で、その縁で秋田女医会で患者の立場での経験を中心に講演をしたことがあり、その時私は初めて氏を知った。最近の著作『範は歴史にあり』も家内が謹呈を受け、ことなどは全く考えていない実際には私が読んでいる。また、彼はノースアジア大学の教育諮問会議委員でもある。
 聴衆は400人ほどでホール一杯,熱気に包まれていた。演題は「これから日本の政治はどうなる」。

 氏は土地なまりの残る言葉で,最近の医療情勢について時には笑いを誘いつつ、熱気十分に講演された。ここ10年あまりの歴代首相や内閣にまつわる話などは、直接言葉を交わすことの出来る近い立場にいなければ知ることのない内容まで及び、私は興味深く聞き入った。講演は若干延長して1時間45分に及んだ。
 大部分は日本の政治論であったが、最後の20分ほどは内容的に「母を語る」であった。このときはがらりと口調も変わり、淡々とかつ真に迫って語られた。聴衆席からはすすり泣きの声さえ聞かれた。私も聞きながらすっかり引き込まれた。
 NHKラジオ深夜便の1:00amから月に数回「母を語る」のコーナーがある。各界の方々から心温まるお話を聞けるが、私は聞きながら氏を推薦したいと思ったほどであった。
 締めくくりの言葉は永田町の集まる方々はこのような田舎で一人暮らしをしている高齢者のことなどは全く考えていない。政治はこのような人たちにも光を当てて欲しいと結ばれた。

 とても良い講演会であった。翌日の講演会も楽しみにしていたのであるが、直前に患者さんが死去されてこともあって聴講できなかったのが残念であった。


7/3(土)晴れ 体調不良 病棟拘束  山田カップテニス(中止)橋本五郎講演会
2:00起床、ドック判定他。7:10病院着、事務的処理、病棟回診他。8:00 以降、喉の痛み、悪寒とともに急速に体調不良に。午前、座位のまま休息、若干改善。山田カップテニスは欠。激しい降雨で中止となったらしい。12:30自転車でノースアジア大学へ、13:00-14:45橋本五郎講演会。帰院後患者も自分も不調に。18:30帰宅。夕食、不調で19:15就眠した。

ため込んだ材木、木片の大部分を廃棄 とても残念
 私はやや大きめの建築用の材木をはじめとして小さな木片までとても大切にしてとっておく。

 大きなものは昭和54年自宅を造ったときに解体した家屋から出た廃材で、そのうち一部を残し比較的良い柱等の木材はガレージの2階にあげて大切に保存していた。そのほか、子供たちのベットとか、机などの家具なども廃棄する際には解体して保存していた。お酒やお菓子、お茶などの木箱もまず捨てずに取って置いた。
  
 小さな時から木工は大好きであった。ちょっとした小物から小型の物置や小屋程度なら自分で作ってきた。中学の時には比較的大型の鳩小屋を作ったのは良い経験であったし、自信にもなった。木は感触が良いし、暖かい。自分で何とか加工することが出来るという安心感、親近感もある。だから私の身の回りをみてもプラスチックの小物入れ、箱などは殆どなく、大部分が木製である。
 さらに木が持っている魅力は最後はエネルギー源として用いることが出来る点である。

 つい2ヶ月ほど前、我が家の敷地に住宅を建てて住んでいた親戚が近くに新築して引っ越した。それで我が家もいろいろ影響を受け、今ガレージを改装している。そのために2階の荷物を整理せざるを得ない状況に陥り、昨朝あたりからのその作業に入っている。長い間かけてため込んだ大量の柱類、木片を捨てることになった。
 私の生活が変わり、時間的に余裕が出来た際には集めた木材のうちで先々使うこともないような材木は薪ストーブで自分の手ですべて処分しようと思っていたので実に残念なことである。

 隣家が解体した際、建材が選別されることなく次々とジャッキとかで破砕され、数日で跡形もなくなった。どこかに運ばれ焼却されることであろう。今の私には何も出来ないのであるが、見ていて実に勿体ないと思ったし、残念なことであった。


7/2(金)曇り・晴れ 患者家族面談 ドック診察 重症患者対応
2:00起床、ドック判定、文献・新聞チェック。7:10病院着、7:30回診他、患者家族面談。紹介状、主治医意見書など作成、患者対応。13:30ドック診察。14:30 患者家族面談。20:55自転車で帰宅途中病棟から呼び戻された。連日患者死去。22;00帰宅、夕食、 22:30就眠。

第18回M-M(Medical Management) 研究会
 先日6月26日土曜日は 第18回Medical Management研究会(M-M研究会)があり出席した。14:00-18:30までと長丁場の会であったが、いつもながら得られるものは大きかった。
 この講演会はT薬品の主催である。交通費まで負担していただいた。私は従来企業の主催するこの種の講演会を忌避してきていたが、2004年の第9回からこの会にだけはほぼ毎回出席させていただいている。会の内容が素晴らしかったからである。患者が急変したために急遽出席できなくなったのが1-2回はあったように思う。

 今回は「チーム医療は医療を変えられるか」というサブ・テーマであった。内容は以下の如く。
(1)学術講演
1)「生活習慣病最近の話題」(武田薬品工業KK学術員)
2)講演(1)「日本の医療の課題ー チーム医療は医療を変えられるか(東京大学教授永井良三氏)
3)講演(2)「チーム医療における看護師の役割ーー国際的知見を含めて」(近大姫路大学学長南 裕子氏)
4)講演 (3)「町は大きなホスピタル」(日南町健康保険 日南病院院長高見 徹氏)
5)講演 (4)「チーム医療におけるコミュニケーションの重要性」(自治医科大学付属病院稲田美和子氏)
6)講演 (5)「チーム医療を成功させるには」(東京女子医科大学教授上塚芳郎氏)
(2)パネルディスカッション「チーム医療は医療を変えられるか」

 司会はいつもの如く笹川記念保健協力財団理事長紀伊國献三氏。初回に参加したときもかなりのご高齢で何となるのかと思ったのであるが、あれから8年、今回まで実に的確な進行、まとめ役を果たされた。驚嘆の至りである。

 各演者の講演内容も演題に即した内容で聞き応え充分であった。
 従来からチーム医療といえば各職種間の連携とかを元に全人的医療を展開することに主眼を置いていたのであるが、今回の会で語られたのは、日本の医療界の構造的問題から、このままでたとえば医師を増やしても医師不足は恐らくは何ら解決しないだろう。看護師も今の業務範囲にいつまでも拘っていては日本の医療は何ら変わらないし、看護師の地位向上もない。在宅医療を発想を変えて重視しなければ高齢化社会の医療福祉を維持できないし、チーム医療の進展にはコミュニケーション能力が大きな意味を果たす、などについて熱く語られた。今回も録音をとらせていただき、もう何度か聞き直している。
 この8年間の間に演者として見事な講演された方のうち何人かは死去されたし、医師不足の波の中で運営が一気に大変になった病院もある。このMM研究会の資料を並べてみると如何に医療界が激変したのかがよくわかる。この会を通じていろいろ勉強させていただいたが、恐らく私は今回が最後の出席の機会になると思う。
 貴重な機会を毎回与えてくださったT薬品工業に感謝したい。


7/1(木)小雨→晴れ 外来 地域医療包括実習レポート発表+懇談会+慰労会 
 2:15 起床。ドック判定総括x1。各種データ収集。6:45病院着、回診その他、書類など。8:40-13:50外来。15:30-16:00地域医療包括実習レポート発表+反省会。15:30-17:00新築計画策定委員会。19:00実習慰労会。病棟から電話20:20病院へ。患者死去。22:00帰宅、就眠。

菅首相(7)参院選(2)秋田市医師連盟は安藤氏、西島氏を推薦 
 秋田選挙区の3候補について私の判断基準は秋田県をどうしようかという方向性提示に加えて医療福祉分野でどんな意見を持っているのかが判断の材料となる。

 後者において他の2候補に比較して石井候補が新聞に掲載した公約はより具体的であったが、その記載を見て些かがっかりした。「秋田県の医療は厚生連の病院が重要な役割を担っていることから援助を行って行きたい・・」と言う趣旨のことが述べられていた。
 医療機関は設立母体も様々、規模も様々、地域で担っている役割も様々である。確かに、厚生連は重要な位置づけがされて良い立場であるが、県の医療、厚生連が成り立つ為には他の医療機関の働きがあるからである。決して厚生連の立場だけ突出しているわけではない。ただ、秋田周辺地区と郡部の方では事情は異なっている。郡部の方ではその地区の中心的役割を担っているから無視はできない。

 秋田県では厚生連は運営が困難になってきてはるが、決して他の医療機関との競合の結果ではない。国の低医療費政策、国の誤った医療福祉政策の結果をもろに受けている為で、本来なら国が責任を負うべきであって、決して厚生連に責任を押しつけてはならない。

 で、石井候補が自分で記載した新聞記事なら特に問題だと思うが、取材に応じて話した内容を記者がまとめた記事である可能性もあるから何とも言えないが、厚生連以外の医療機関の従事者の立場から見ると記載された内容は正しいとは言えない。

 ただ、ここで石井候補の置かれている立場も理解しなければなるまい。
 彼は八郎潟出身である。この地域は今問題になっている如く厚生連湖東総合病院が規模縮小した際にはその影響をもろに受ける地域であり、病院規模縮小反対の住民運動も起きている。病院が縮小してしかるべきという住民は一人もいないはずである。住民総意であろう。だから、ここから立候補してこの問題を軽く扱うことは出来ない。だから、石井氏が厚生連に対して援助を惜しまない、と述べたのはやむを得なかったのかもしれない。そのように彼の立場を理解していても、不適切な表現を無視できない立場の人もいるのだ、と言いたい。

 県医師連盟は石井氏を推薦したが、私にはちょっと違和感がある。帰宅したら秋田市医師連盟は比例区では西島、安藤両氏を推薦し、秋田選挙区は自主投票と決定したという報告書が届いていた。より妥当な判断だと思った。


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   年を通じてワンパターンで淡々とした毎日です。AM2:00-5:00にメールチェック・返事送付、人間ドック(HDD)判定・報告書作成、新聞切り抜き、病院・医師会業務など。
  月〜土曜は6:00頃出勤、HDD報告書印刷、外来書類処理など。病棟回診、HDD受診者とミーティングと診察。8:45-14:00外来とHDD受診者に結果説明。昼食は摂りません。午後は病院業務・医師会業務、各種委員会等に出席など。20:00頃帰宅。
  日曜・祭日もほぼ同様ですが、病院には午後出かけます。時間的に余裕無いのが悩みです。


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