腰痛体験記

私は2005年夏以降、腰痛に苛まれていた。院内の引っ越しに際し、重い書籍の運搬を早朝に一人で進めたことが原因と考えられ、腰椎MRIでヘルニアが確認された。病院の50周年記念の祝賀会の後に激しい疼痛に悩んだが、相談した整形外科医の助言は期待した1/100にも満たないともいえるほど実に素っ気なかったが、今となってみればすごい助言だったのだと感じ入っている。

 腰痛の経過、顛末については時折徒然日記に記載したが、私の腰痛体験記として以下にまとめた。



咳、クシャミが出来ることは何と幸せな事なのか  
 8月下旬の院内での引っ越しを始めた頃から軽い腰痛を感じていた。いつもなら数日で自然に改善していくが今回の症状は様相がちょっと違う。なかなか改善しないばかりか、徐々に左臀部から下肢にかけてと、足の甲の範囲に及ぶしびれ感と、時折であるが体位変換時などに比較的鋭い,刺す様な痛みが走る様になった。自己判断では腰椎ヘルニアとその合併症としての坐骨神経痛のようである。

 9月一杯は何とか、誤魔化しつつ過ごしていたが、良くなる気配が全然ないどころか、日によっては、特に坐位から立ち上がる瞬間にかなり疼痛を感じることもあった。歩行し始めるとそれほどでもなかったので移動は自由であった。

 健康管理も業務のうちと考え、10月上旬に腰椎MRIを初めて経験した。モニター上での画像を一見する範囲では加齢による変化はそれなりにあったが、ヘルニアの所見などの著しい変化はなかったように感じられたが、読影医の判断は第4第5腰椎間の椎間板ヘルニアとの指摘であった。

 MRI施行直後、一度だけ鍼灸・漢方が得意という変わった一人の放射線科医から針治療をも受けた。正直言って効果は全く認めなかったが、良い経験した。

 10月中旬には岐阜・犬山地方に旅をしたが、往復空路にすることを家内が同意してくれたことで大いに助かった。左下肢に疼痛・しびれはある状況下での新幹線での長時間の移動は考えただけでも痛みが増す気分であっただけに本当に良かった。

 咳、クシャミが自由に出来ることは何と幸せな事なのか、と感じることもあったほど、何かにつけて時々疼痛・しびれは増悪したが、この頃まではまだ鎮痛剤の使用などは一切考えていなかった。



初めて消炎鎮痛剤の世話に 効果に驚く  
 10月9-10日は犬山地方へ旅行し、かねてから行きたいと望んでいたモンキーパーク、如庵、を見学し、夜は同級会に出席した。日中は歩きづくめであり、左下肢痛はまだその頃はそれほどひどくはなかったが、モンキーパークは広大で丘陵を利用しているために起伏もあって、歩き尽くめ、立ち尽くめは正直言ってやや辛いかな?という感じのレベルで止まっており、同行の家族達も私の腰痛をあまり気にも留めていなかったようである。

 その後も日によって疼痛・しびれには随分差があり一進一退であった。11月初旬日本医師会関連の東京出張があったが、機内や協議会場で変な格好で居眠りしたためか、協議会終了後からいつもより厳しい状況となり、歩行時に左足を前に出す度に左の臀部に針を刺される如くの状態となり、びっこ引きつつ、空路で何とか帰宅、すぐに横になった。

 いつもの如く、早朝に起床し持参の業務を何とかこなしたが、症状は殆ど軽減しておらず、室内移動、トイレや入浴時にも困難を感じた。この状態では外来などの業務は長時間の座位は困難と思われた。何か対策せねば、と考え、そう言えば賄いの石井さんも腰痛で治療中だから何か鎮痛剤くらいはあるはず、と彼女の薬箱を探したら、名前も聞いたことのない後発品と思われる75mgの消炎鎮痛剤の座薬があった。1ヶくすねてカッターで半分にして試みに使用してみた。

 消炎鎮痛剤は2年前の10月にアキレス腱手術を受けた当日に経口剤を一日分だけ用いたのが私の初体験であったが、その時には一切効果はなく、二日目からは服用しなかった。今回が私の60年の人生にとって座薬使用の初体験日となった。薬嫌いの私がついに手を出さざるを得ないほど痛かったと言うことである。効果は30分ほどで現れ、約半日の間別世界に行ったが如く、2ヶ月間悩み続けてきた疼痛から完全に解放され、正直言って心から驚いた。



医師が患者となる事の意義は小さくない  
 消炎鎮痛剤は患者さん方の病状、症状、希望に応じて日常的に処方をしている。しかし、私自身は消炎鎮痛剤に対してあまり良い印象を持って居らず、2003年10月のアキレス腱縫合手術日に経口剤を初日だけ渋々用いたのが初めてである。その時は効果も殆どなく、鎮痛剤とは所詮そんなものと考え創部痛に一晩身を任せたが、その日は疼痛のために殆ど眠れなかった。

 今回が消炎鎮痛剤座薬使用の初体験日となった。坐剤の効果は劇的で、2ヶ月間悩んできた疼痛から約半日間完全に解放され、正直言って心から驚いた。患者さん方はこんなに効果のある薬品を処方してもらっていたのか、肩や膝等の疼痛のある患者さんが座薬の処方を希望する気持ちがこれでよく理解出来た。

 30数年も医師をやっていて消炎鎮痛剤の効果を今回初めて目の当たりにしたなど、医師として実に恥ずかしい話であるが、これで一層患者さん方の気持ちに近付く事が出来た。

 作家の遠藤周作は著作の中でペーパー試験による医師免許交付だけでは不十分で、医師は体験入院、各種の内視鏡などを患者の立場で実際に体験してみるべきだと論じていたが、まさに正論である。

 私は子ども時代にはとても虚弱であったが、高校の頃から急に丈夫になり最近までたいした病気もしていない。アキレス腱切断も良い経験であった。その前後から大腸内視鏡、上部消化管内視鏡も受ける機会があったが、それらを一つ一つ経験する度に患者さんの心、気持ちに一歩近付く事が出来ている。



日常動作が痛み無しに出来る事は何と素晴らしい事なのか 
 
腰椎ヘルニアとそれに由来する坐骨神経痛は急性増悪の時の症状、特に疼痛は実に辛いものである。約2ヶ月間疼痛に悩んできたが、何とか自制の範囲であり、長時間の外来や会議の前には、時に消炎鎮痛剤の座剤を用いて凌いできた。

 私にとって最大の疼痛は2005年11月26日の中通総合病院の創立50周年記念式典・祝賀パーティの終了直前から生じてきた。徐々にひどくなってきたが何とか終了時まで耐え、パーティ会場入り口で来賓をお見送りしたが、笑顔を作ってはいたが左下肢の激痛のために身体には冷や汗がにじみ出ていた。Taxiにて何とか帰宅したが、揺れる度に左足に激痛が走った。天井の取っ手とシートに置いた右手で身体を浮かす様にして何とか耐えた。一歩歩く毎に左の坐骨神経部分に小刀でも差し込まれた如くの激痛で、立位坐位とも保持が困難となった。就寝しても痛みの軽減は無く、どんな体位をとっても軽減しない。座薬を使用したが改善なく、痛みのために殆ど睡眠出来ずに悶々として過ごした。

 翌日は幸い日曜で拘束日であったが、病棟に確認したところ患者はまず落ち着いているとのことなので、入浴・トイレ以外は終日安静を保つことにし、大部分ベットで動かずに過ごした。実際には動けなかったというのが正しい。寝返りも困難、深呼吸するだけでも痛い。ましてや咳、クシャミは耐え難いほどの痛みの原因となる。ベットから起き出して歩き始めるときには身の毛もよだつほどの疼痛である。これほど痛いと食欲も全くなくなる。

 これでは出勤はもとより不可能、明日からの業務は何一つ出来ないだろう。外来、病棟患者、ドックはどうするか、院長業務はどうしようか、副院長や同僚医師にどう分配して代行してもらおうか、月曜朝の管理会議はどうしようか、そんなことを終日考えながら過ごしていた。

 責任上こんな状態ではいられないから明日整形外科医にコンサルトし最短で復帰出来る治療法を求めてみよう、手術というならそれもやむを得ない、と覚悟を決めた。ただ、その際は予定されている講演とかはどうすればいいのだろうか?どなたか代理は見つかるのだろうか?

 土曜夜、日曜日中は疼痛のために殆ど眠れなかったせいか日曜の夜は熟睡できたようである。月曜朝、いつもの如く2:00amに覚醒した。ベット上でおそるおそる足を動かしてみると何となく坐骨神経痛は軽減している様子である。半信半疑でソロソロと起き出したら何となくいい調子である。昨夜までの状況とは全く異なる。坐位で疼痛は少なく、いつもの如く仕事が出来そうであったので持参のドック判定総括、主治医意見書、徒然他をこなした。

 5:00am Taxiにて病院へ出勤した。あまり痛みを感じないで歩ける状態である。座薬の世話になりながらも病棟回診、管理会議、外来も何とか済ませる事が出来た。県の会議一つは自信がなくキャンセルしたが、幸いなことに疼痛はその後も次第に改善していき、再度の病棟回診、療養病棟判定会議、長副会議等すべてほぼ通常にこなすことが出来た。この間、私の不調の様子に気づいた職員は居なかったようである。

 それ以降は、時折座薬の世話になりつつ何とか業務をこなすことが出来ている。時々針を刺す程度の疼痛はあるが、咳もクシャミも深呼吸も出来るし歯も磨ける。こんな日常動作が普通に出来る状態は如何に幸せなことなのか、そんな感激を毎日味わった。悪化する誘因が解らないだけに何時かまた同じようなことはあるだろうが、その時はその時考えよう、一度は覚悟も決めたじゃないか、と今は居直っている状況でもある。



整形外科医のアドバイスにガックリ されど的確だった 
 腰椎ヘルニアとそれに由来する坐骨神経痛は急性の増悪時の疼痛は実に辛いものである。

 12月上旬の徒然日記に何度か記載したが、私は11月下旬の土曜夕方から、二晩激しい坐骨神経痛に襲われた。就寝しても、どんな体位をとっても軽減せず、寝返りも困難、深呼吸するだけでも痛い。ましてや咳、クシャミは耐え難い痛みの原因となった。ベットから起き出して歩くときには身の毛もよだつほどの疼痛で脂汗ものであった。

 自宅のベットから直接手術室に運んで貰い、病変部を切除して欲しいとまで思ったが、麻痺が出たわけでもなく、週末だし現実には耐えるしかなかった。

 翌々日、何故か疼痛はかなり軽減、Taxiで出勤した。なんとか歩ける状態である。管理会議、外来、病棟回診、療養病棟判定会議、長副会議等、消炎鎮痛剤の座薬の世話になりながら、冷や汗、脂汗をかきながらも何とか通常にこなすことが出来た。



 早朝、出勤してきたある整形外科医にアドバイスを求めた。彼はここ二日間の様子を聞きとり、私の歩く姿と表情を見て「・・そうですか。大変ですね。でも、どんなに症状ひどくても、安静と鎮痛剤で出来る限り引っ張ることですよ・・、その後のことはその後で・・」と藁にも縋りたい私の思惑とは大きくかけ離れた、信じられないような答えを返してきた。この間2分ほど、正直、私はガックリ来た。

 聞くまではどんな宣告を受けても甘んじて受けざるを得まい、職務の続行も無理かもしれない、とすっかり覚悟していた身にしてみれば予想外の対応であった。もっと今後のことなどについての助言を受けたかったが、それ以上は対話も進まず、相談は短時間で終了した。私は半信半疑の状態であったが、一度声を掛けた以上、悪くなれば何とか再考してくれるだろうと、まずしばらくそれに従ってみることとした。



 それまでは消炎鎮痛剤を鎮痛目的で使用していたが、その日からヘルニア局所に伴っているであろう浮腫や炎症をとる消炎作用に期待し、日に二回、定期的に使用した。

 結果的には、疼痛は日常生活に殆ど問題ない状況におさまってきたので約2週間で中止出来た。坐位での仕事が長時間にわたったときなどに時々、腰部に違和感はあるが、座布団やクッションを腰部に当て、姿勢を崩さないように気をつけている。

 以来、日常動作が普通に出来る状態を毎日感激しながら味わっている。振り返ってみればあの日の整形外科医の助言、実に素っ気なかったが、如何に的確であったか、今となってみればすごい助言だったのだと感じ入っている。



 私は2006年春、『研修医諸君へ』に「医師には患者のこころをくみ取る努力が欲しい」というエッセイを書いたが、その中に登場した患者の立場に近いものを自ら味わった事になるが、私の場合は逆にいくら診察代を払っても良い、と思うほどの素晴らしい助言を受けたことになる。

 感謝感謝!!である。
                       2006/9/2


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