研修医諸君へ(14) 医師には患者のこころをくみ取る努力が欲しい
<ケース1>
2005年11月のある朝、翌日開腹手術を受ける家内の見舞いと世話のために、娘が
横浜から夜通し運転して帰省した。かなり疲れ切った表情である。
長女の弁「数日前からアフタ性口内炎が一気に7つも出て痛いのよ」と。「気の毒にね。母親の件も含めていろいろストレスがあるためなのだろうからね。まず、早く休んだら」と私。しばし無言の後、娘は不満気に「私はね、別に優しい言葉をかけて欲しくて言ったのではないのよ」と言った。
<ケース2>
わが家のお手伝いさん、65歳くらいの女性。10月末のある日、脚立から落ちて腰を強打しかなり辛そう。私の帰宅をずっと待ちかまえていたらしく、激しい腰痛を一生懸命に訴える。彼女の話は一般的に長くて結論がなかなか出ない。私は言葉を遮って「足でもしびれるのかい?早く帰って寝たら?」と答えた。しばし無言の後「受診しなくて良いかしら」と言う。「早く帰って寝たら?」と答えた。これで会話はつながらず終了。彼女は不満気な表情で帰って行った。
<ケース3>
ある救急時間帯での診療の時、高齢の男性患者が隣の外科系診察室を訪れた。診察医は若手の外科医。
患者「腰が急に痛くなって辛くて来ました」。
外科医はざっと病歴を聴き取り、患者を診察し「湿布あげますから家で安静にして明日整形外科を受診してください。お大事に」。この間3-4分。
患者は「そうですか。湿布は家にありますから要りません。出がけに家内が先生とまったく同じことを言ってました。先生、こんな程度でも診察代金を支払うんでしょうか??」
高齢の方はガッカリしたような口調で、静かに淡々と述べた。かなり冷静な方のようであったが、医療機関に治療を求めてわざわざ遠方からタクシーで来たのに何も治療をしてくれないのか、この若い医師は患者の気持ちが分からないのか?と言うきつい抗議であった。
家族や知人が具合悪くなった時の対応は難しい。私の返事はいつも素っ気ない。互いの思惑が完全にずれている。だから、言った方はガックリくるらしい。娘は子どもの時から具合が悪い時に親に甘えたくても、いつも聞き流されて辛い思いをしてきたのだそうだ。
時間が解決する病状は放置が一番と思っているからだが、言う方は医師としての何らかの対策を求めての発言である。
一方、診察室では患者と医師は基本的には治療が目的の場所だから思惑のズレは比較的少ない。そうはいえどもいろいろのズレや歪みが発生し、時には紛争にまでも発展することがある。医師と患者は短時間では互いに思っていることなど理解など出来ないと割り切るべきである。だからこそ医師は診察の際「何かご希望はありますか?」というような言葉を掛けてズレを調整する配慮が必要がある。
一方的に自分の判断を述べるだけでは、どんな正しいことを言っても相手は満足しない。