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「減らそう、医療事故! 患者も参加する防止対策を」
(何故深刻な医療事故が後を絶たないのか)
講師 中通総合病院 福田光之氏
<講演要旨>
医療事故を防ぐことは医療関係者にとって最も重要なことです。私たちはその配慮のために心をすり減らすような日々を送っています。私たちの努力だけでは事故を減らすのにも限界がありますので、皆さん方にも事故の背景に何があるかを理解していただき、事故を減らすためにご協力いただきたいと思います。
医療事故の年間発生数は正確にはわかりませんが、裁判所が毎年新規に受理した医療過誤事件は昭和45年102件、平成15年は987件で30年間に10倍増えました。そのほかに示談(和解)も多く、推測では、医療事故は年間約5000件おきていて、そのうちの約1000件が裁判になっていると思われます。まさに「明日はわが身」という状況です。
現実として医療事故がおきることはある一定程度は仕方がないのですが、事故の後どれだけのことをして患者さんに影響を及ぼさないようにしたのかということと、事故を隠蔽しないことが大切です。隠蔽やカルテの改ざんは犯罪です。最近では医療機関の方から積極的に事故を警察に届ける例が増えてきました。事故を犯罪行為と判断されないように自ら明らかにするためです。患者さんや家族の側からも警察に届けることが多くなっています。警察に届け出た医療事故の場合、犯罪が関与していないか判断するために、大部分の遺体は司法解剖に回されます。この場合、家族も司法解剖を断ることはできません。医師が過失致死傷罪に問われた事件の中で、多いのは「手術・麻酔」「投薬・注射のミス」、次に「診断ミス・対応の遅れ」等です。
医療トラブル・事故が増えている背景因子には社会の変化があります。高齢の患者が増えて転倒、転落、誤嚥、高齢の手術でリスクが高く事故に結びつきやすいこともありますが、最大の因子は今の医療が量を増やすことから質の追求に変換していることにあります。「患者のたらいまわし」と言われた時代には診てあげるだけで感謝されましたが、今は十分なことをしてさしあげないと文句、苦情を言われるようになりました。
医療には不定の要素が在って、患者さんの求める医療の質に比べて予測外に悪い結果になったとき、インフォームドコンセントが十分でないところでトラブルになります。医療はサービス業と受け止められ、3割患者負担でユーザー意識は高くなり、クレームが増え、すぐに「医療費を返してほしい」「補償金を払ってほしい」という要求を受けます。 医療機関に過失のある医療事故に対して補償するのは当然のことです。けれども高額の支払いは元々厳しい経営を強いられている医療機関にとって大変な痛手になります。医療機関が補償金を支払うために加入している損害保険は実のところあまり役に立っていません。事故を機に医療機関は保険会社に支払う年間保険料を翌年から5倍にも引き上げられてしまいます。
昔から医療事故はあったのですが表面に出ませんでした。今は単純ミスから犯罪的行為まで次々に報道されています。医療事故に対するマスコミの報道は私たち医療従事者にとって厳しい刃に等しく、失敗から学ぶ努力をしている私たちの姿勢をあまり認めてくれません。そして医療不信や不安を煽るような書き方をします。一人の事故は残念なことですが、その陰には100人の患者さんが助かっていることもどこかで報道してほしいと思います。事故がどのようにしておきたのかについても背景にある状況を認識し、医療者個人への非難に終始するのではなく、ともに社会を変えていくきっかけになるような報道をしてほしいと思います。
1999年横浜市立大学病院で患者を取り違えて手術した事件はエポック・メーキングな出来事でした。30数人が現場で関わったのに誰も間違いに気づかなかったということです。この後医療事故の報道が相次いで社会問題になりました。
磐田市立総合病院では主治医が看護師に電話で口頭指示した際、不整脈治療薬「半筒」を看護師が「3筒」と聞き誤り、規定の6倍を投与した結果、患者さんが1時間後に死亡しました。中通総合病院でも同様に「半筒」と「3筒」を聞き誤ったことがありましたが、鎮痛薬だったので患者さんには影響がなくてすみました。全国どこの病院でもこのような誤りやすい表現をしていれば事故は避けられません。今は薬液の指示を間違えないように「mg、ml」に統一しました。またファックスを使うなどして口頭指示を無くするようにしました。事故の当事者の医師と看護師に責任を追及しても、その後の事故を無くすることはできません。職場のシステムを改革すべきです。事故を分析し公開するために職場内に報告システムをつくることが必要です。
アメリカのクリントンさんは日本の政治家より偉いことに医療事故に関する調書の冒頭で「ヒトは誤りを犯す存在だ」と述べています。「医療ミスにより年間3兆円以上の過剰なコストがかかっている」「安全対策は、例えば航空業界などの他の産業界から学べ」「システムの変更が必要だ」、などです。調書は「非難する姿勢を改めて本質的問題点を検討すべきだ」と結ばれています。クリントンさんは医療の安全対策を作らせて、数億ドルを出しています。日本の厚生労働省が平成12年に「医療安全推進総合対策」という一枚の文書を回してよこすだけで医療機関にお金を出すことをしないやり方とは大きな違いです。
日本の医療ミスは単純ミスが多いのです。昔からミスを防ぐ対策ができているアメリカでは「牛乳を点滴した」などのお粗末なことは起こりません。アメリカの各病院は1年か2年に一度医療評価機構の評価を受けて合格しなければ病院の運営を止められてしまいますが、日本ではこのような医療の質を保証する制度がありません。インフォームドコンセントが未熟で不十分であるために患者とトラブルになりやすく、また政府は国家的取り組みをせず、原因を探ることより処罰することを優先しています。このように日本の医療事故はなかなか減らない環境にあります。
そこでどうやって事故防止するか?です。
個人的な取り組みとしては、医師免許を持つものは研鑽をきちんとすること、職員は院内のルールを守ることです。
機械や設備で事故を防止する取り組みとしては、使いやすい機械、誤りにくい機械を採用し、もし誤っても事故にならない機能(安全装置)を持った機械や設備に改めることです。
組織的に取り組まねばならないのは病院内に医療安全管理部というきちんとした組織をつくり、報告を受けることです。さらに大切なのは事故に至らない前に発見訂正したニアミス事例も隠さずに報告する、いわゆる「ヒヤリ・ハット報告」を奨励し、報告した人の評価を下げるといったことは決してしないで、事故防止のために職場内の改善をするように組織的に対応することです。
中通総合病院の取り組みをお話します。
1980年代前半から看護部門で「医療事故発生報告書」で報告を促し、発生件数を把握してきました。2000年医療事故防止対策委員会を作って、あらゆるレポートを受け付けるようにしています。院長直属の医療安全管理部に18人の専任スタッフを置き、毎日忙しく情報を得て検討しています。「ヒヤリ・ハット報告」は年間800〜900件あります。 看護師さんの報告が最も多く、看護以外の部門では放射線科の技師、生理検査の技師がよく書いてくれています。転落・転倒が最も多く、次に多いのは注射・点滴のミス、投薬ミスです。ミスの後の患者さんの状態は71%が「影響なし」でした。「要観察」は21%、要治療は7%程でした。
実際に起きた事故からだけではなく、事故には至らなかった「ニアミス」から対策を考えることが大切です。今までやってきた対策は、注射薬を溶解して使う場合の表記法を統一、錠剤の誤嚥防止策、溶解既成薬品を採用、塩化カリウムは薬局で管理、患者「類似名あり」シール活用、フルネームで患者に確認、リストバンド装着、輸血マニュアル、手術器具やガーゼの体内取り忘れを防止するためのマニュアル、安全のための学習、医療事故の情報を共有するための「医療事故関連ニュース」の発行(昨年度は150枚)、ニュースレターやメモなどの発行ですが、まだ不十分です。
今後の取り組みとしては職員教育を十分することと、患者さんの協力を求めて防止対策を進めることを考えています。
その他の事故要因について軽く触れたいと思います。
夜の病棟は患者さん50〜60人に看護師さんはたった2人、病院によっては1人です。高齢の患者さんが入院したとき、しばしば「私はだれ?ここはどこ?」と言って暴れますので看護師さんが一人の患者さんに付きっ切りになりますと、ほかに目が届かなくなってしまいます。人手を増やすしかないのです。
アメリカの医師は100床に対して64人、日本は12人にすぎません。539床の中通総合病院はもしアメリカであれば医師が300人いることになりますが、現在のところ約70人です。これでも県内では「超」多いのです。医師以上にひどいのは看護師さんの数です。アメリカは100床に対して200人、日本は42人ですから夜中に2人で60人を看るという状況になっています。このような少人数の配置では医療事故は絶対に無くなりません。この現状をそのままにして、紙切れ一枚で安全を守ると言っている厚労省には「ひとを雇うお金をつけてよこせ」と言いたい。せめて患者1人に対して看護師さん1人の配置にしたいのですが、病院独自で看護師さんを雇ったら人件費が増えて病院はつぶれてしまいます。
日本の国民皆保険制度はWHOから世界一の評価を受けていますが、医師と医療関係者にとっては過酷な制度で、長時間の重労働を強いられて苦しんでいます。もっとマンパワーが必要です。
私は明日から飼い猫を病院に連れて行こうかな、と思います。猫の手も借りたい状況ですから。