数週間前にNHK-TVで「わが国のがん治療の地域格差を解消する」という名目で2日間に渡って特集番組が放映された。 「日本のがん医療を問う」(2006.1.7〜8) この番組を見て不安になった患者さん、医師会員、医師会役員等からいろいろな感想が届きましたが、関東在住のある知人から、『秋田県には何故「地域がん診療拠点病院」が無いのか?秋田県は随分厳しい扱いを受けていましたね』、と言う質問が寄せられた。この方は内科医で、私とは日本医師会の委員会等でご一緒しており、地域医療に詳しい方である。 これに対して、先日以下の如く返事した。 |
明けましておめでとうございます。 本年も宜しくお願い申し上げます。
「地域がん診療拠点病院」に関するご質問に対し,私の知っている範囲で、私見としてご説明申し上げます。私が誤解している点があるようでしたらご指摘下さい。
今回、我が国のがん治療の較差をなくするという名目のNHKの番組にて、負のサンプルの代表的地域として秋田が取り上げられたのですが、私はあの番組自体が内容的に我が国のがん治療の実態を示しているものではない、と考えています。判断の材料が乏しすぎ、「地域がん診療拠点病院」の有無、特定の医師や患者さんのケースがことさら強調された構成になっておりました。
番組の中で県医師会の怠慢を指摘する声もありました。そのために後ほど秋田県医師会長が自ら会員や県民に拠点病院や、秋田県のがん治療の構想について語りかけると思います。それについては発表された時点でお送り致します。
先日のNHKの報道は私ども医療関係者にとっても一般の視聴者の方々にとってもそれなりにインパクトはあったように思います。が、その印象は置かれている立場によってとても大きな差がある様に思います。
秋田県には「地域がん診療拠点病院」が無い!!ことが特に大きくクローズアップされてておりました。施設の有無などは確かに解りやすい判断材料であるために、このことによって一般の視聴者の方々にとっては秋田県は特にがん治療の分野で大きく立ち後れているという印象を持たれてしまった、と言うことです。
われわれ医療関係者は「地域がん診療拠点病院」はなくとも、秋田県のがん治療は決して立ち遅れてはいない、と考えています。しかも、勿論、現状に満足してはおらず、行政との間で常に全がん登録の話を詰めるなどして県のがん治療のレベルアップについて検討してきました。
しかし、明快なエビデンスを足跡として明らかにしてこなかっただけに、県も医師会も考え方を変えねばならない、と言う現実を突きつけられてしまった、と思っています。
秋田県医師会が「地域がん診療拠点病院」推薦にどの様に関与して来たのか、は私が知る範囲では概ね以下のようなものです。
「地域がん診療拠点病院」の件は、県と県医師会が指定について積極的に話し合ったわけではなく、双方ともそれぞれの思惑があり、積極的でなかったことは確かだと思います。
「地域がん診療拠点病院」の当初の主たる目的は、国立がんセンターで作ったエビデンスを拠点病院を通して各地域の病院に情報伝達し、地域のがん治療のレベルアップさせることであった様に思います。
それなりの価値は否定は出来ませんが、ある病院が「地域がん診療拠点病院」に指定された時、県民は指定医療機関はがん専門病院で、がん治療の分野で別格と誤解する可能性があります。秋田県では地域の中核病院は明らかであり、秋田市内にはがんの診断治療に対して全国水準レベルに達していると思われる大規模な医療機関が4施設あります。その様な地域医療上の背景があることから、県医師会は「地域がん診療拠点病院」を急いで、かつ積極的に指定する方向では動きませんでした。
また、当初、指定は大学病院を除かなければなりませんでした。県医師会では県の医療レベルを高めるのに秋田大学医学部附属病院を除外したシステムは必ずしも妥当ではないと言う立場をとっていましたので、「地域がん診療拠点病院」構想自体が秋田県の地域医療にとって必ずしも馴染まないと考えていたことも一因です。
最近、国の方針が変わり、大学病院も指定してよいとの方向になってきています。県側では秋田大学医学部附属病院をがん治療の中枢にしようと考えていると思いますし、秋田大学自身もその機能を果たす準備も整えつつあるように思われます。この構想は県内の医療供給体制を考えると、より妥当と考えます。
私は、秋田には「地域がん診療拠点病院」に相応しい病院が無いのではなく、それに近い機能を備えている病院は複数あると考えております。ただし、指定要件を厳密に考えたときに多少の準備が必要だった、ということだと思います。
もう一歩条件を整えれば申請出来るのに、何故医療機関が積極的に対応しなかったのか? その理由は「地域がん診療拠点病院」になれない、のではなく、「地域がん診療拠点病院」構想そのものに大きな魅力がなかったこと、県内の医療供給体制がそれなりに良い状態で機能されていたため、と言うことに尽きると思います。
ただし、この考え方がそのまま一般県民に受け入れられるのかは別の次元の問題です。 NHKは、秋田のがん治療のレベルが極めて低いという前提で、都合の良い部分だけをピックアップして論旨を展開してまとめあげ、放送してしまった今、多分理解は得られがたいでしょう。
県も県医師会ももっと県民に秋田県のがん診療体制の現状と将来に関する情報を提供すべきであった、と思います。
若干話が変わりますが、現在、135カ所の医療機関が「地域がん診療拠点病院」と指定されていますが、県内の医療機関レベル以下のところも多数含まれている様に思います。指定過程で見送られたのは僅か3病院だけとされています。訪問調査もなく、書面だけで審査されています。36/135施設が「がん登録」を行っておらず、さらに47/135施設では抗がん剤治療担当医師の専門性や活動実績が不十分、などの問題点が指摘されています。これが「地域がん診療拠点病院」の実態です。
厚労省は全国に「地域がん診療拠点病院」を指定し、高度ながん治療を目指すとしていますが、指定医療機関に対する年間の補助金は僅かに200万円です。がん登録のために病歴管理士を一人雇う人件費にもなりません。現実に医療機関にとってこの補助金のレベルでは何が出来るのでしょうか。ですから、私はこの「地域がん診療拠点病院」の構想自体に問題点が包含されていると思います。厚労省のいつものやり方で自治体、医師会、医療機関に努力だけを突きつけています。
ここ10年間、医療界は安全性の向上、アメニティの改善、情報公開・患者サービスの向上、医療廃棄物の安全処理など多方面にわたって改革・改善が求められてきました。一方、診療報酬は極めて低く抑えられており、4年前からはマイナス改訂が行われ、医療機関の運営は厚労省の紙一枚の通達に沿って対応すればするほど余裕を失い、マンパワー、設備投資を最小限に抑え、青息吐息の状況で運営されております。
だから、医師不足に悩む県内の医療機関、特に県南や県北の医療機関にとって「地域がん診療拠点病院」どころでない、病院機能の維持の方が遙かに重要で、積極的に考えなかったのだと思います。
秋田県の地域医療を守るために秋田県と県医師会は太いパイプを持っていて、常に前向きの討論をしております。地域医療計画の策定などの際には必ず「秋田県のがん診療のレベルアップの必要性」については種々提起し、熱心に論じています。
しかし、如何に考えようと、他の都道府県で出来ているわけですから、県も医師会も医療機関も「地域がん診療拠点病院」推薦や申請に関して怠慢であった、と言う意見は確かにあると思います。
その点に関しては現時点で何を申し上げても通用しない、と思っておりますが、「地域がん診療拠点病院」について、一時担当として動いていた私が、初めから消極的にとらえていたことを反省したいと思います。
以上、「地域がん診療拠点病院」が何故秋田にないのか、について私が理解している内容を私見としてまとめさせていただきました。
(2006.1.27)
追記
最後に、県民の方からと思われるとても厳しい意見が私宛に寄せられました。特にコメントは致しませんでしたが、以下にご紹介させて頂きます。
初めてお邪魔します。 この間の、NHKの番組を拝見したものです。 あの番組で、秋田のがん治療のレベルの低さを、まざまざと見せ付けられた感があります。私がガンに侵されたなら、一番先にする事は、一分でも早く秋田から出て首都圏で診てもらう病院を探すことだと感じました。 そういう意味に於いては、県と医師会の怠慢を暴露するに非常に有意義な番組と感じ取りました。 間違いでしょうか? |