理事勉強会
秋田県医師会 常任理事 福田光之
演題診療情報開示
(秋田市医師会報339号9-14頁、1999年)
1)日医の情報開示について
日医が.診療情報開示を決めるに至った過程等は、豊田副会長が会報に記述しているので省略します。日医は法制化を避けるため自主的開示に踏み切りましたが、私は準備不足、拙速、譲歩し過ぎたと考えます.が、情報提供は会員の倫理規範と位置付けられたので、会員は遵守する義務があります。
なぜ拙速かつ譲歩し過ぎたのかというと、肉筆で書いた備忘録的書式が、そのままコピーされて他者へ渡る開示は他分野にはありません。検事・裁判官・弁護士等の仕事の結果は公開されます。しかし、推敲された完成文が公開されるのであって、作成過程のメモ、覚え書きなどは、決して外に出ません。何故医療情報は全てを公開しなければならないのか、日医は診療録開示を担保にしながら、日本の情報開示のあり方に問題を投げかけるべきだったと思います。
また、診療録の法的な性質、書き方等の検討が後手にまわったのも問題です。一般の方々が診療録を見て驚くのは、まず病名欄です。医師から病状の説明を受けたときに触れられなかった疾患名が並んでいます。病名が20以上も書いてあるのを見て患者は疑心暗鬼になります。この様に保険診療上の診断名がそのまま開示されるのも問題です。診療録の書き方の正式な教育もなく、多忙な日常の中でなぐり書きをしているのが現実です。記載法の検討が無いまま開示が先行してしまいました。
2)診療録は誰のものか
法的に診療録は「第三者に読ませるための文書というよりは、まず第一に記載者たる医師のメモとしての本質を持つ」と言う備忘録説はまだ生きています。診療録の開示が判例に出たのは昭和61年で「医師の備忘録として、全ては公開に値しない」とされました。法的にはまだ新しい解釈は出されていません。
患者と医師または医療機関との間には診療受け付けと共に自動的に診療契約が結ばれます。その中には説明義務がありますが、診療録の開示までは含まれないと解釈されています。日医では診療録の帰属について深い議論は無かった様です。寺田会長が郡市医師会長会議で「診療録の内容は患者と医療者と共通のもの」「診療録の記載内容及び紙としての所有権・管理権は医療者に」と述べています。法的に5年間は保存とあるように、診療録の管理権は医療側にあります。一部の病院では医者が診療録のコピーを保存し、診療録は患者に渡すという、理解し難い事をやっています。
開示された診療録は使われ様によっては、記載者の立場が一挙に悪くなるということも想定されます。病態を相談するために、あるいは医療への抗議のために、患者が診療録のコピーを大量に複製し大衆やマスコミに配ったり、ホームページに掲載するという事態が起こらないとも限りません。この様なことは絶対に阻止しなければならないと考えるのですが、日医はこれに対して特に見解を持っていない様です。今後、機会ある毎にこの点については主張していきたいと考えてます。
著作権としては認められないとしても、手書き、備忘録的性質からみて、診療録の主観的評価を記述した部分は医師の個人情報でもあり、不用意に公開されることは権利の侵害と考えます。教育界の問題ですが、平成6年、平成9年の「内申書は客観的部分の開示は差し支之ないが、人物所見等の評価判断部分、総合所見は開示に適さない」とした内申書の判例は参考になります。これは記載者の権利の擁護のためです。何故診療録のすべてを開示の対象にしたのかは再検討の要があります.(追記:本年11月25日大阪高裁で内申書は全面開示すべき、という判決が出た。情報開示の考え方は着実に変化しつつある)。
3)法制化と自主開示の差
法制化と自主開示、どちらが不利かと間うと、誰もが法制化と答えますが、私は必ずしもそうは思いません。法制化の方が楽だと思います。法制化の場合は、自己責任で最小限開示すればいいし、開示の責任は国にあります。しかも、法制化の場合、「開示すべき」、との条文だけと言うことはあり得ません。開示範囲も、方法も明快に決められます。当然、他の分野との整合性も検討されます。自主開示は内側からの規範なので常に社会から注目され批判されます。例えば、誰かが開示の請求に対して不適切な対応をしだとすると世論から激しく批判され、その度により深い内容が求められます。
日医は法制化される以上に、厳しい選択を行った事を全会員は自覚し、この開示のガイドラインを遵守する必要があります。
将来的には、自主開示が軌道に乗り、開示に一定の規範が出来、かつ、他の分野の情報公開との間に整合性が整えば、その範囲においての法制化は構わないと、私は孝えます。
4)日医の開示指針の考え方
日医は情報開示を、日常診療の場において医師と患者が協力して疾病を克服するため、良い医療を展開するため、としています。従って、死亡患者の診療録は開示の対象に含まれませんが個々の判断での開示は構いません。裁判では証拠としてカルテの全内容が保全対象となるので、訴訟を前提とする開示請求も拒否しても構いません。指針は最低限の規範です。それ以上の開示は自由です。会員が指針を守らない場合は「いろいろ指導を行う。どうしても同意しない場合は、会員の倫理違反として除名もありうる」と日医の担当は述べておりました。
5)診療記録の標準化
記載に必要な時間すらない状態で、メモ的に作成される診療録がそのまま開示されるのは問題で、私は要約書の発効が重要と考えます。しかし、世論的には「開示は診療録のコピー」となっていて、要約書では満足されないだろうと思います。今後は、公開を前提とした診療録の作成が必要になります。私は客観的部分と主観的部分を区別して記載する記載法が良いと考えます。診療記録の標準化は日医の医事法関係検討委員会で検討中で12月中に答申が出る予定です.答申案には客観部分と主観的記載とを分ける、とかの具体的な方法については殆ど書かれておりませんでした。私は診療録標準化はまとまらない、大した答申は出ないと感じています。ドイツでは客観的部分だけ開示されることが、法的に認められています。アメリカは全開示ですから医師が不利になる事を恐れて診療録を書かなくなり記録としての価値が低くなったとされています。日本でもそうならない様に、安心して記載できる様に、診療録記載法を検討して欲しいと思います。日医では、新しい規範が出来るまでは最小限「日本語でなくても構わない」「第三者が読める字で書く」「診療の都度、必ず記載する」の三点を挙げています。
6)開示開始時期、患者・社会への告知・宣伝
診療録の開示は20OO年1月1日からで、これ以降の診療録が対象ですが、以前の診療録の開示も差し支えありません。患者への宣伝はポスターを作成し医療機関に掲示して行います。日医のサンプルは「診療に関することはお尋ねください」という表現になっています。従って診療録開示を機に、患者から医師、看護婦、窓口にクレーム、質問をぶつけてくることになります。単なる診療録開示ではなくて、あらゆるクレームも受け付ける形に発想の転換が必要です。市医師会も苦情処理委員会を設置するとのことですが、ポスターの下段に県医と並んで、各医師会名と電話番号が掲載されることになります。社会への宣伝は、日医が担当します。
7)情報提供の方法
「診療録を見せながら口答での説明」「閲覧させる」「要約書の提供」「コピーして渡す」などがあります。
コピーは求めがあれば原則的に応じます。これに関し私は賛成の立場ではありません。「要約書の提供」ですが、要約書は原文の要約に徹し、新たな解説・文書等は追加しないのが原則です。問題は要約書で満足か、ですが、恐らくダメでしょう。内容が忠実でないかもしれないと誰もが思います。実際に要約書が発行されるのは診療録が膨大な場合、解りがたい記載.評価的記載が多く開示が第三者、患者本人・医師等が不利な立場に陥る可能性が高い場合です。第三者から聴取した内容が書いてある場合、不用意に公開することは第三者の人権を侵害する事になり、危険を及ぼす可能性もあります。癌で告知が不適切な場合、要約書で別なことを書くのもだめだと思います。要約書は真実を書かねばなりません。
立会人無しで、原本をそのまま渡すようなことは絶対に避けていただきたい。閲覧の場合、必ず立会人を置き、立会人が一時離れなければならない場合は、診療録を一時預かって中座するようにしていただきたい.後々の事故を防ぐためです。
8)費用の請求
コピー代金と立会の人件費等を請求可能ですが、常識的な範囲でというのが日医の希望です。日医は開示の費用を診療報酬の中に認めるよう厚生省に折衝してますが、自主的開示では診療報酬上での評価は困難でしょう。
9)開示請求者
開示請求者はあくまで本人で、15歳以上の未成年も含みます。本人が動けない場合等は、代理権を与えられた親族、世話している親族等、あるいはこれに準ずる縁故者でも良いことになっています。委任状を持参の場合には一歩判断を謝れば秘匿義務違反を間われます。委任状が本人の意志であるかを電話等で確認する必要があります。申請者が本人であることを証明する運転免許証等をコピーしておくなどの対応も必要となります。また、他の医師から患者の情報提供の請求があった場合でも、それが紹介状であっても、患者の許可を得てから行うように指導されています。
10)開示請求者の手続き方法
日医の開示手続き様式のサンプルを参考に、各書式は医療機関で作成していただきます。日医のをコピーして使用しても構いません。よく知っている患者の場合でも手続は遵守していただきたい.各医療機関で診療録開示についての院内処理のルートの確立、職員の教育が必要です。院長は主治医と相談のうえで開示の判断を速やかに、数日以内に行っていただきたい。
11)開示申し込みの理由は確認しない
開示の申し込みの理由は確認しないのが日医の方針です。私は大きな疑問をもっています。死亡した乳幼児の診療録が主治医名入りでそのままインターネットで公開された和歌山県の例、いじめの被害者の親が学校、校長名、担任名を出した例、東芝、トヨタのユーザーが会社の対応について掲載した事象が具体例としてあげられます。これらは数週間で何万という支持者を集めたとされています。
診療録開示の場合でも、インターネット等を通じて公開されると大変です。この点日医でも是非対策をすべきと考え質問しておりますが返事がありません。12月に全国の連絡協議会がありますので話題にしてみたいと思っています。
12)開示を拒みうる場合
第一には、開示が第三者の利益を損なう恐れがある場合です。患者と医療者だけではなく第三者が関与している場合は、第三者の許可を得てからにします。
第二には、患者の心身の状況を損なう恐れがある場合です。しかし、一定の説明、要約書、他の方法で提示しても、開示を強く要求された場合は拒めないと思います。むしろ、その過程の中で患者の気持ちに火をつけることになるかもしれません。開示した結果、患者かが不測の反応を示した場合などには、苦労するでしょうが自主開示ですから十分フォローすべきでしょう。その他、医療提供者側に被害が想定される場合にも拒否して良いと思います。
13)苦情処理機関
日医と都道府県医師会に設置されます。郡市医師会の設置に関しては、郡市医師会の希望に添いますが、秋田市医師会には是非設置していただきたいと考えております。
14)指針の及ぶ範囲
各病院団体、私大協も含めて日医で協議会を開き診療録開示に協力要請し同意いただけた様です。非医師会員に対しての徹底ですが、診療所の医師はほとんど医師会員なので問題ありませんが、病院の場合は医師の2/3が非会員です。これについては、院長の指導力のもとに日医の指針を病院の指針として診療情報の提供を行っていただきたい。見直しは2年毎に行っていくとしています。よりよい開示のために各会員は日医に働きかけるべきですし、日医は自主開示を担保にわが国の情報開示の発展、整合性のために問題提起を続けるべきです。
おわりに
日医の自主的診療情報開示について私見を含めてお話しました。種々の問題点をあげましたが、1月1日に大変な事態を迎える、との認識は不要です。医師と患者の関係や日常診療の内容が変わるわけでもありません。患者とのコミュニケーションを十分に保つことは診療の基本であり、日医の診療情報開示の実行そのものだからです。これがまっとうされていれば診療録のコピー等による開示請求の機会は増えることはなく、むしろ、日医の自主的診療情報開示が医療提供側と患者間のコミュニケーションの架け橋になると確信します。
(本勉強会用のメモをもとに秋田医報12月1日号に日医の診療情報開示について解説しました。重複も少なくありませんが、ご参照下さい)
理事勉強会終了後、福田光之先生と理事の間で、以下の質疑応答があった。
質問 診療記録等の開示申込書の様式例について、各医療機関で作成とのことだが、県医で統一した形で作成する意志はあるのか.
福田 診療録開示は基本的に医療機関、医師と愚者との関係。従って各医療機関で作成すべきである。日医のを使っても良い。
質問 市医で診療情報提供にかかる苦情処理機関を設置するが、市医にも診療記録等の開示申込書を置いた方が良いのか.
福田 まず医療機関と患者さんとの間で交渉があり、何らかの問題点があった時に医師会はその後の対応になるので、開示の請求用紙を置く必要はない。ただし、医師会内に苦情処理受け付け用、処理過程を記録する書式は何れは用意する必要があるだろう。
質問 死亡した患者に関しては、開示しなくても良いのか.
福田 このガイドラインには、日常の診療のためにあるので、原則は開示しなくても良いが、個々の判断で開示しても良い.
質問 診断結果に不満で開示を求めるケースは少なくはないと思うが。
福田 告訴まで考えていると予想された場合には、開示対象外と拒否しても構わない.良い診療を遂行していくための視点であれば開示すべきと考える。
質問 看護記録、その他の職種の記載に対する診療録の管理について、日医ではどのような話になっているのか。
福田 看護記録、検査、画像、全て診療録に含まれ開示の対象となる。他職種の診療録記載についてアメリカでは、医師が直接記入した診療録等は価値が低く、資格を持つ記載者が一定の書式に従って書き、医師が署名するのが一番良いとされている。日医では.まだ日本の風土にはなじまないが、診療録がなぐり書きになっている理由は、時間が無いためであるから、代理人に診療録を書かせて、医師が署名することできちんとした診療録にするという考え方はあります。
質問 保険診療的には、医師が記入するよう指導されると思うが。
福田 署名した段階で、医師の責任となる.保険上でも大丈夫である。
質問 患者へのパンフレット、診療に関する相談窓口は、そもそもは診療録開示のためのものだとは思うが、あらゆる苦情または、医療相談が殺到する恐れがある。それはそれで良いが、医師会に窓口を設置すると毎日その電話が鳴りっぱなしになるのではないか。
福田 可能性は否定出来ない。県医にも結構相談電話が来ており苦慮することもある。しかし法制化を何としても防ぐことを前提に譲歩を重ねた結果、と納得していただきたい.診療時の対話がしっかりしていれば、個々の医師にとって苦情が増えることはないと思う。
質問 情報開示で「なぜ医者にだけが」という問題をどのくらい掘り下げることが出来るかが大きな問題だ。診療録開示に関して守りの姿勢が目立ち、指針は方法論でしかない.より良い医療をするために何が必要なのか、というのはこれに載っていない。
福田 その通りと思う。理事勉強会で述べたように、拙速、譲歩、受け身と思う。診療録開示を極子にし、日医が社会に問いかけるべきと考える。厚生省は約3年間日医の自発的開示を観察するとしており、法制化論議の行く末は会員次第と思う。しかし、開示が普遍化すれば法制化しても構わない.法制化の場合、我々の権利も法によって守られなければなちないし、診療録の作り方、保存の仕方、改善の仕方も検討されなければならない。診療報酬に開示費用を上乗せする交渉も堂々とできるようになる。
質問 開示は、説明付きで開示するということなのか.また、そうなると主治医が説明するのか.
福田 診療録を見せながら口答で説明するのが一番良い。総合病院等では主治医が異動するが、その場合には代理人または管理者が説明すべきである。開示の理想は日常の診療の中にある.診療の都度、診療録を前に患者と対話すれば良い.不満を残したまま診療が終わると、患者から開示の請求がくることになる。患者にとって満足や納得のいく医療が展開されていれば、何も心配はない.
質問 開示した診療録がマスコミ等に流出しないような防御策、同意書などはあるのか.
福田 日医では、開示した診療録の使い道を問うてはならないと述べている。日医と私の孝え方には、雲泥の差がある。私は、診療録のコピーは個人の範囲の使用に留める様、きちんと要求すべきだと思う。日医にはこの点を提起してみたい.法的に我々の直筆の個人的な部分は公開されない権利がある、と主張していくしかないだろうと思う。公開された時、主治医の字が汚い、思考にも問題、ということから始まる。直筆のメモから医師の能力を含めた全体像が推論され、批判非難の対象となる。
質問 日医の方針としては認めていないが、各医療機関で開示に対して患者に条件を付けてやることは出来ないのか。
福田 今回の指針は内部の倫理規範としての情報開示にもとづいている。法制化を防ぐために個々に動かず、会員は可能な限り遵守し、まとまって対応して欲しい.その上で、本日話題にした問題点、開示後に明らかになってくる問題点を含め、日医に対して指針自体を改訂するよう会員、医療機関、医師会は働きかけ続ける必要がある。