日医「医の倫理シンポジウム」報告

2002/2/23 14:00-16:30
日本医師会館講堂


 日医は「医師患者関係の本質を求めて」をテーマとした「医の倫理シンポジウム」を開催し235名の会員が参加した。各演者の発言を抄述する(なお、日本医事新報4052号に各演者の発言が詳しく掲載されている).

挨拶:石川高明副会長
  日医の定款の「医道の高揚」の意味を述べた.「日医生命倫理懇談会」から提出された各種の提言は臓器移植法の成立やインフォームド・コンセントの推進、世界医師会の医の倫理に関する宣言や声明に影響を与えた。「会員の倫理に関する検討委員会」が従来の倫理規定を見直し平成12年に「医の倫理綱領」として採択した.
   医学医療の進歩発達、国民の価値観の多様化、権利意識の高揚などに伴い、医師会が医の倫理の向上に積極的に取り組むことが求められている。

シンポジウム(座長 小泉明副会長)

シンポジスト
日本赤十字社医療センター名誉院長、日医参与  森岡恭彦 氏、
東京医科歯科大学名誉教授                  岡嶋道夫 氏、
三菱化学生生命科学研究所主任研究員      ぬで島次郎氏、
東海大学法学部教授                       宇都木 伸 氏、
弁護士、日医参与                             畔柳達雄 氏


シンポジストの発言内容

森岡氏:「医師の倫理向上への実践」
 欧米諸国では職能組織が強い権限を有し、不祥事に対して厳しい処分が行われる。
日本の実情は世界の先進国にみられるように強制加入の医師団体がなく、医師の職業上の倫理を監督・監視する制度も十分に機能していない。日医も任意加入で、会員の綱紀粛正について限界もあるが、社会の信頼に応えるべく組織的対応を考えることが急務である.今後、わが国では裁定委員会の活性化が望まれ、特に都道府県医師会の会員啓発に期待したい。また、制裁処分を受ける前に退会する事例が多く見受けられる実情に対し、各医師会においての定款見直しの必要性がある。


岡嶋氏:「ドイツにおける医療倫理」
 ナチス体験を踏まえ権力の集中を避けたドイツでは、各州の医師会に医師の監督権限が移譲された.医師会は全員加入の強制団体として制裁・処分を含めた強い権限が与えられている。倫理に相当する内容も同規則のなかに定められており、すべての医師は倫理的医師たることを義務づけられている。全国レベルでは医師会が「ドイツ医師のための職業規則」を制定し、この規則に基づいて、診療記録の開示や守秘義務などの行動規範を規定し、医師の職業裁判所での判断基準を基に諸規範を作成、医師の倫理向上に努めている。


ぬで島氏:「フランスにおける医の倫理」
 フランスでは、医師倫理規範は法律に準ずる拘束力を持ち、法により強制加入の団体をつくる義務が課せられている。医師の職業倫理の遵守は、法に基づく身分団体による医籍管理と懲戒制度(倫理規範)によって担保される。同規範は、医師の一般的義務を規定し、セカンド・オピニオンの要請に対するカルテ提供義務、インフォームド'コンセントに関する患者への義務等を明示している.また、医療の現代化にあわせた改革、自由診療の原則と医業の独立、個人責任や社会全体への責任などは医師が果たさなければならない事項とされる.懲戒処分の権限も委ねられており、毎年少なからぬ医師が処分を受けている。日本も、医師の職業集団としての目立と信頼を確立するために、このような医師の組織化を検討すべきである。


宇都木氏:「イギリスの特徴から学ぶこと」
 イギリスの大きな特徴は種々の機関が多様な機能を分担していることにある.特に、general medical councilという医師の互選からなる機関が医学教育へのコントロールから免許、懲戒にいたるまでの一貫した責任を負っている。しかし、90年代にこれらの機能に批判が強くなり、現在組織の見直しが行われている。わが国の制度では医療審議会の活性化が必要であり、行為規準の明確化や手続きの明示を条件として権限の拡大が必要であろう。また、国民からの苦情相談において行政の対応が実効性を持たない現状においては、医師会の苦情処理制度の充実も重要である。


畔柳氏:「弁護士会における懲戒」
 強制加入団体である弁護士会は、会員の資格審査権や除名を含めた懲戒権を有している。弁護士会の処分は医道審議会の処分に比べて一般的により厳しい。懲戒処分で退会命令や資格停止処分等を受けた場合には弁護士業務は行えず、違反者は刑事・懲戒処分の対象になる。


   講演後、フロアから・医師会を強制加入団体とすることの可能性、・医の倫理確立に対する医師会の具体的役割、等の質問があり討論が行われた。

感想と私見
 倫理は道徳とほぼ同義で、ヒトが社会生活を営むにあたっての守るべき行動の規範とされている.倫理や道徳は法より上位に位置する規範とであり、個人または集団が持つ社会的立場によってその激xルは相対的に異なってくる.元々、倫理は内面的かつ個人的なものであり、他から強制されることにはなじまないが、医師および医師集団はとりわけ高い倫理観を有することが社会から期待されており、そのレベルに影響を及ぼす.個々の医師の倫理観の低下は、社会の中における医師集団の存立をも脅かす.従って、会員の倫理観の堅持およびその高揚は医師会にとってはいわば危機管理に相当する最重要課題の一つである。

 それぞれの集団は自ら相応しいレベルで倫理規範を決め、会員に遵守をもとめるが、規範は抽象的、概念的になりやすい。日本医師会の倫理綱領はよく考えられた名文であるが、あまりにも抽象的であり、如何様にも解釈できる。そのため「会員の倫理の高揚」と言うは易しいが具体的方策となると難しい。

 会員の倫理観の維持はヒトとしての心理的・行動科学的背景、つまり、ある条件下でヒトはいかに行動するかと言う視点に立って考え、対策すべきである。公務員倫理法の如く細かい規定は不要であろうが、禁則的事項を具体的に蓄積していくことによって具体的レベルを明らかにしていく必要がある。更に、第三者を含む、内部から独立した監査体制の構築も必要となる。
(秋田医報1156号に掲載)



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