秋田県は私的医療機関を軽視していないか?(私見)  
  秋田県の医学生修学金制度新設は朗報だが・・

 2005/4/10秋田医報巻頭言として投稿

はじめに

 本年2月8日の秋田魁新聞に秋田県の医師充足、定着率向上のために平成18年度から10名の学生に月額15万円の奨学金貸与を開始するというニュースが掲載され、私は関心を持って読み、次いで落胆した。
 本制度は、地域的偏在のために秋田市周辺以外の医師不足を解決するための施策という。私自身、岩手県医療局の奨学制度を利用して医師になったが、やっと秋田も、と言う感じでこの制度自体はとても良いことだと思う。
 しかし、「卒後9年間、県内の公的医療機関に勤務すれば返還を免除」とする点は私的医療機関軽視で容認できない。医師の県内定着を図るためならば公私の区分は不要である。

 県の担当部署から資料を取り寄せた。奨学金ではなく修学金制度とのことで内容的にも新聞記事とは些か異なっていた。以下が概要である。


秋田県の「医師修学資金貸与事業」とは

(抜粋。本稿の論旨と関連が乏しい4−10,12の項目は省略し、一部表現を改変した)

 1 事業の目的:将来、県内の公的医療機関等で医師として従事しようとする者に対して修学金を貸与し、県内の公的医療機関等の医師の充足を図る
 2 貸与対象者:県内の高等学校を卒業し、大学の医学履修過程に在籍するもので、将来、県内の公的医療機関等に医師として従事しようとする意思のあるもの。
 3 勤務を要する県内の公的医僚機関等:(1)県、市町村、日本赤十字社及び厚生農業協同組合連合会が開設する病院又は診療所(2)秋田大学医学部附属病院(3)規則で定める医療機関。
11 返還:修学資金の貸与を受けた者のうち以下の事由がある場合には1年以内に貸与された額を返還する。事由(1)ー(3)は略。事由(4)医師となった後、直ちに県内の公的医療機関等において医師の業務に従事しなかったとき。事由(5)県内の公的医療機関等において医師の業務に従事しなくなったとき。
13 返還免除:事由(1)のア 貸与期間満了月から1年6月以内に医師となり、直ちに、かつ、引き続き県内の公的医療機関等において貸与期間の3/2以上医師の業務に従事した場合。一部返還免除事由(2)のイ 県内の公的医療機関において医師の業務に従事期間が修学資金の貸与を受けた期間に達したとき。
14 返還の猶予:事由(1)(4)は略。事由(2)県内の公的医療機関等において医師の業務に従事しているとき。事由(3)大学院の医学を履修する課程に在学しているとき。事由(5)被貸与者の責めに帰することができない理由により、県内の公的医療機関等において医師の業務に従事することができないと認められるとき。


何故、「公的医療機関の医師充足」を目的としているのか

 秋田大学医学部創設以来現在まで2723人が卒業しているが,県内に定着した卒業生は1003人で定着率は36.8%と関係者が期待しているより遙かに少ない。県の修学金事業の目的は新聞記事によると「医師の県内定着を図るため」とのこととあったので大いに賛同出来たのであるが,県の書類では「県内の公的医療機関の医師の充足を図るため」となっており疑問に転じた。県内の医師不足を解消しようとするなら公私の別は問題にすべきではない。
 「公的医療機関の医師の充足率を高めるため」と目的にはあるが,秋田市周辺の公的医療機関の医師はほぼ充足しつつある。特に問題なのは、偏在による県北県南地域の公的病院の医師不足である。これらの公的医療機関への医師充足率の改善は行政から見て緊急の課題であることは十分理解する。県のこの事業の思惑はこれら医師不足に悩む公的病院の医師充足を目的にしていると予想されるが、医師の偏在の解消には寄与しないし、県の施策として行うならば「公への過保護」であり、不公平である。

 医師の偏在の解消を、とりあえず経済的な面から改善しようとするなら,地域の医療機関毎あるいは設立母体が,十分な研修の補償と将来の就業を条件とした修学資金,および相応しい報酬を出すべきで、予算措置として不足なら県がバックアップすれば良い。


県の医療は私的医療機関も支えている

 平成16年4月現在、秋田県には79の病院があり、14の精神病院を含む50病院が私的病院である。秋田県の医療は公私の医療機関が渾然一体となって、互いに協力しあって地域医療を担ってきている。特に高齢者医療の分野では,公的病院の多くが急性期医療を志向しているなか,高齢者医療の分野で私的医療機関が果たしている役割は評価し過ぎることはないはずである。
 更に,私的医療機関のいくつかは、救急医療,HIV、SARS、天然痘テロ対策等を含めた政策医療の面、新臨床研修制度等で公的病院と同等に力を発揮している。私自身、日常の診療のなかで公私の別など意識することは無いが、今回の修学金制度の問題もふくめ,国や県の施策には私的医療機関に勤務する医師の立場からみて疑問を感じるものが少なくはない。
 秋田県では私的医療機関の役割をどう評価してるのか,知りたいものである。

 県北県南地区の公的医療機関の医師不足が深刻なのは十分に理解しているが、医師不足の主因は働くのに魅力ある医療機関でないこと、医師確保の努力が不足していること、につきると考える。勿論、県都から離れている等、県北県南の医療機関には地域性による決定的なハンディがあって医師確保が一層困難であることも重々承知の上である。しかし、医師確保にはこの様な因子も考慮した上での厚い処遇が考慮されているのだろうか。

 私的医療機関の医師不足は公的病院に比較して更に更に深刻である。私的病院は医師確保に常に四苦八苦しているだけでなく,やっと実力が付いてきた若手医師,中堅医師が公的病院への転職するケースも少なからずあり,常に辛酸をなめている。その際、経営上の死活問題に直結することすらある。実際にこの10年間で医師確保が困難で複数の私的病院が姿を消している。

 この県の修学金制度は、修学金を受けた医師は9年間は私的医療機関で研修や勤務が出来ないことになるから私的医療機関の医師確保を確実に困難にする。私的医療機関にとっては大問題である。こんな不公平な施策を県が進めることは許し難い。



この制度は医師の偏在の解消に寄与しない


 この事業で医師の偏在は解決できない,と私は思う。新臨床研修制度等のもと、修学資金を受けた新卒医師は義務年限の消化を兼ねて、多くは公的医療機関で、一部は大学で研修する。だから、医師の偏在に関しては最小限2年間は解決しない。むしろ偏在を助長する。さらに、この研修期間を終了しても臨床医として責任ある仕事を担うほど実力が付くわけではない。だから、若手医師は更に数年間修練を積み,認定医や専門医の資格を求めていく。その頃にはおそらく修学金を受けたこと自体が飛躍の足かせになるだろう。この時期には勤務年限に応じて返還額は減額されるはずで返還は不可能ではなくなる。返還して自由になる道を選択する医師は少なくないであろう。

 従って、この制度は県内へ若手医師の定着率は増すであろうが、医師偏在解消には少なくとも今後10数年間は寄与しない。
 昨年から発足した新臨床研修制度は県内の医師の供給体制に種々の問題を投げかけた。公私共々総ての医療機関が深刻な影響を被ったと言っていいだろう。おそらく,あと数年で,旧来とは異なる,すなわち医育機関に依存しない医師の流れが明確になり,それが主流になって行く,と私は予想する。来春,新臨床研修制度を終了した若手医師がどの様な選択するのか、その動向には目を離せない。10数年後,秋田の医療事情、医師供給体制はガラリと変わっているはずである。

 この事業は平成16年に立ち上げた地域医療対策協議会での提言に基づいて作成したとのことであるが,経済的足かせをはめ,十分な専門研修を積んでいない若手医師を地方の公的病院に赴任させようとする発想を見て取れる。これは自治医科大学の設立理念と共通しており,医師、地域の住民の人権軽視の現れ,と私は思う。


公的医療機関とは何か?私的医療機関とは?


 医療は民間の医療機関によって提供し,それで不足する部分を公的医療機関が補完するのが我が国の医療体制の基本である。とは言っても,広大な岩手県や秋田県では私的医療機関のみでは到底カバー出来得ないのでそれなりの歴史的変遷を経て今の医療供給体制が出来ている。しかし,基本は大事にしたい。それなのに,何で県は公的医療機関ばかりを庇護するのか?

 公的医療機関とは何だろうか?「都道府県、市町村その他厚生大臣の定める者の開設する病院又は診療所」と医療法第31条で定義され、更に省告示で「日赤、済生会、厚生連、など」とされている。従って、国(国立、国立大学、労災、逓信、自衛隊等)・自治体立病院・日赤・済生会・厚生連・社会保険・厚生年金・共済組合の病院等が相当する。
 公的医療機関の使命について、厚生省医務局は
 (1)医療、保健、予防、医療関係者の養成、へき地医療等、一般の医療機関に期待することのできない業務を積極的に行うことが期待できる
 (2)適正な医療の実行が期待され得るとともに医療費負担の軽減を期待し得る
 (3)その経営が経済的変動によって直接に左右されないような財政的基盤を有すること
 (4)医療保障制度と緊密に連携協力し得る、としている。
 さらに、「国庫は医療の普及をはかるため必要があると認めるときは、開設する公的医療機関についてその設置に要する費用の一部を補助することができる(中略)」と補助についても定めている。

 要するに、民間の医療機関が行なうことが困難で、かつ不採算部門などの医療を公的医療機関が担うために国庫補助の他、地方自治体や保険財政などから公的資金が投入されている、と言うことであるが,充分に使命を果たしている公的医療機関は多くはない。公的医療機関はその使命を本当に果たしているか、補助金の繰り入れ等が適正であるのか、を妥当な方法で明らかにする必要がある。

 一方、私的医療機関の定義は簡単である。公的でない医療機関である。私的医療機関は税制面,補助金制度の面で公的病院のような特典は一切与えられていない。そのなかで一定水準以上の医療が求められている。そんな厳しい条件の下、私的医療機関は(3)以外の部分で大奮闘して地域の医療を支えているが、この実体を県ではどう認識しているのだろうか?


修学金精度は良い制度である。しかし、不適切な運用だ


 修学金は県税である。県税を私的医療機関の補助金等に用いる事が出来ないことなどは重々承知している。このことを本稿で不公平だと言うつもりはない。しかしながら,県の修学資金制度は私的医療機関の医師確保を確実に困難にする施策である。私的医療機関も,従業員も,私も納税者である。県のこの制度は,納税者の立場から言えば「飼い犬に手を噛まれる如く」の不適切な施策と言わざるを得ない。
 国立大学医学部卒業者は一人あたり1億円近くの税金を使っているとされる。「国立大学卒業者は定年まで公的医療機関に勤務しなければならない」と限定されたら日本の医療はどうなるか?


おわりに


 私的医療機関は県の医療に大きな役割を果たしていながら目立たない存在であるが故にこの修学金制度にも見られる如く,県の施策の面では不公平な扱いを受けている。
 私的医療機関関係者,特に院長はもっと自らの立場を主張すべきである。かつては私的医療機関の横の繋がりとして私立病院協会があったとされるが,残念ながら今はその実態を知らない。
 まず,私的病院の院長達は秋田県病院協会で積極的に発言して欲しい。さらに,秋田県の施策については,県医師会を通じて対応を求めるべきである。更に,代議員会に引き続き行われる総会には会員であれば誰でも出席し意見を述べる事が出来る。積極的に述べて欲しい。

 今回,私は県の修学金制度を機会に日頃感じている公私医療機関の問題の一部を私見として述べた。



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