その四
万年筆 MONTBLANC MEISTERSTICK No 149
18年前から使い続けている万年筆である。当時48000円ほどしたと思う。私は本来こんな高額な物品を身につけたり、用いることにはかなりの抵抗感を持っているが、これは長くお世話したあるリンパ腫の患者さんにいただいた逸品である。
この方は安定した状況を2年ほど過ごされた後あと、再発してお亡くなりになったが、最期を迎える約二週間ほど前のある日、そのころは連日の発熱と呼吸苦で会話もままならない状況であったが、感謝の言葉と共に、「是非毎日使って欲しい」と枕元の小箱を私に手渡した。その場で開封させて頂いたが、あまりにも高級な万年筆で驚いた。傍らで奥さんを始め家族の方も是非にと、言われるので、患者さんの気持ちを大事にし、恐縮したがいただくことにした。外来診療時や回診時に私が万年筆を愛用しているのを見ておられたのであろう。
当時、一般的書類や文章等は出来るだけワープロを用いており、自筆はほぼカルテのみとなっていたが、この万年筆は当日から私の筆記用具の主役として現在に至っている。
この万年筆は最終的行程は職人が一本一本手作業で完成させていると言われている。ペン軸自体も太く、かなり重厚に出来ている。ペン先は大きく、繊細な模様が描かれていて美しいが、とても硬い。その時まで用いていた軽く柔らかいペン先のPilot万年筆とは使用感が全く異なっており、何度かは前の万年筆に戻そうかとも考えたこともあるほどであった。しばらく忍耐強く使い続けたが、手になじみ慣れるまで数年を要した。おそらく私の方が万年筆に適応していったのだと思う。当初感じた異質感は逆に今ではなくてはならない特徴となっており、かえってほかの軽い万年筆の方が使いにくくなってしまった。その後万年筆は購入していないが、後輩の医師からも1本いただいた。これは色違いのインクを入れて脇役として用いている。TV出演記念としてウオーターマンの万年筆は数本いただいたがそのまま机の隅で出番を待っている。
この万年筆はインクカートリッジ式でなく、ペン先をインクにつけて軸の一部を回転させることでインクが補充されるタイプである。太字なのでインクの消費量も少なくない。インクも30-50ml入れの小瓶のでは余り持たない。250mlのボトル入れの青インクを今まで2本消費し、現在3本目である。日常、随分字を書いているものだと改めて驚く。
いただいてから18年間使用したところ、昨年ついにキャップのクリップが金属疲労によって折れてしまった。毎日、時には10数回もポケットから出し入れするので当然かもしれない。大阪の販売店まで確かめたが、手工芸品でありクリップだけの交換は出来ないとのことで、軸全体の交換になると言う。文字を書くという面では基本性能が落ちたわけではないので不満であるがそのまま用いている。とは言っても机上を転がるし、ポケットからも簡単に落ちてしまうので3mmほどに切った消しゴムを摩擦が大きく書類をめくるときなどに用いられる指先用のゴムバンドで覆っている。機能的にはこれで十分である。
紛失しない限り、壊さない限り、いつまでも使い続け、何時の日か私と共に灰になるのかもしれない、私にとって最も身近な愛用品の一つである。
愛猫とともに(03・1・2記)