「一患者一診療録」の利点・問題点
はじめに
特定医療法人明和会が開設する中通総合病院は秋田市の中央部に位置し病床数は540、標榜診療科数は19、一日平均外来患者数は約1300人である。
外来カルテはB5版で1987年から患者固有番号制,生涯使用様式(一患者一診療録)にした.
演者は、一患者一診療録形式自体にも、当院の運用方法にもまだまだ解決すべき問題もあるものの、患者の立場,特に安全性,効率性を重視した診療を展開するためには最も優れた様式と考えている。
以下にその利点、問題点を述べる。
当院における一患者一診療録施行上の約束事
@患者番号はその患者に固有で,患者に関する院内業務の全てにおいて共通して使用される.
Aカルテは支障のない限り同一のものを患者の生涯にわたって使用する.
Bカルテの記載は科別の枠を設けず受診した診療科の順序に時系列的に行い、科毎に診療科名,診察日,診察医を記載(実際はゴム印を使用)してから行う.
C使用頻度が高いので無用に厚くならないよう、破損したり汚すことの無いよう配慮する.
Dカルテは中央カルテ庫に保管される.例外は一切認めない.
E各診療科で独自の記入用紙が必要な際にはカルテ検討委員会で検討する.
F退院時総括,紹介状,返事用紙,B5 版の各種報告用紙はカルテの表紙と様式第一号(ー)の1との間に添付する.
G人間ドック,産科経過用紙,神経精神科初診用紙のみは医師記入用紙の途中に挿入する.
H検査結果はカルテに記載された指示項目部分、またはフローシートに転記し、伝票は添付しない.
I図形で結果が示される小型の伝票(蛋白分画など)は全面に糊付けして添付する.
J処方は処方欄用紙に記載された薬品名に順にふられた番号をカルテに記載して行う。
Kカルテは所定のカルテ借用依頼票を提出した場合に限り借用できる。
Lカルテ借用依頼票はアリバイカードとしてカルテの代わりにカルテ庫に収納される.
Mカルテ借用中にも患者の受診などでカルテが必要となることがあるので借用依頼票に記載した場所以外にカルテを置いてはならない.
Nカルテは厚さ1.5cmに達した時点,又は医師から申し出があった時点で各診療科で総括し,No2,No3・・と更新する.
O処方欄は薬品番号が99番に達した時点で更新し,新たに1番から使用する。
一患者一診療録の利点
1)患者の病歴の大部分、各診療科の診療内容を経時的に見れることで、より全人的視点で患者を理解する事が出来,医療の効率性,安全性に結びつく。特に以下の点についての効果は大きい.
a)検査の重複が防がれる。
b)処方薬の重複、過剰投与が防がれる。
c)診療科の壁を越えた連携治療が円滑
に行われる.
2)医師の個性や医学的視点,発想の違い,他の診療科の医療の現状、などを知ることができる.
3)各医師の診療姿勢,臨床力に刺激を受け、自己研修にもなる.
4)各医師の診療行為の公開につながり、
診療上の問題点などが指摘できる。
当院の一患者一診療録の問題点
1)複数の診療科を受診する場合,待ち時間を増さぬようカルテを手搬送するが,煩雑な上,多くのマンパワーを要する点は問題である.
2)退院時総括,紹介状,返事用紙,B5版の報告用紙などが表紙用紙の裏にまとめて添付されるため,カルテ記載と関連させて経時的に参照したいときに不便である.
3)病名欄は各診療科の急性、慢性疾患の診断名が雑多に並ぶので記入欄が直ぐに満杯になり病名欄の追加を要する.診療継続中の病名が複数枚の病名欄に散在することになる.
4)継続中の病名の把握困難は特にレセプト作成時に問題となり,時に請求漏れも生じる。
5)処方欄には各診療科の急性、慢性疾患に使用する薬品名が数ページにわたって並ぶため,カルテに記載された処方番号から薬品名を再確認する場合に煩雑である。
6)カルテの記載は受診した診療科の順序に行なわれるため,特定の診療科の診療行為を確認するのに手間どる.
7)頻回に来院する患者ではカルテが厚くなり易く,更新を要するが各診療科の思惑が異なり調整が必要である.又,各診療科の総括が一定の期間中に作成されず,作業が中断する.
8)複数の診療科で使用するため種々の目的での使用頻度が高く,貸し出し中のカルテを回収する人的作業が頻回に生じる.
カルテの機能性向上のために
1)退院時総括,紹介状,返事用紙,B5版の報告用紙なども時系列的に診療記録用紙間に挿入する.
2)病名欄は継続病名記載欄とその他に分けて記載するなどの工夫が必要である.
3)処方欄は番号にかかわらず表裏2ページ満杯になった時点で使用を止め,新たに
No1から使用する.
4)診療行為の記録が複数の診療科,多数の医師によって時系列的になされるため過去
の検査歴などを検討する際に不便である.検索しやすくするために診療行為の記録には出来るだけイラストを描く必要がある.
5)カルテの更新は各科の総括を行わずに簡便な方法で進める必要がある.過去数ヶ月分の診療記録を新カルテに移行させることで事務的にカルテの更新を行うことが出来る.
まとめ
1)一患者一診療録形式は特に複数の慢性疾患をかかえる患者の包括的医療のために卓越したカルテ様式といえる.
2)カルテの形式以前に各診療科の壁が取り払われるなど,全人的,包括的医療に向けての医師団の合意・納得が先行していなければならない.
3)カルテの形式によって生じるデメリットに関し,特に医師団が納得・理解し,円滑な運用がなされるような配慮が必要である.
4)診療時の事務的処理が迅速,円滑になされる必要があるが,そのために多くのマンパワーを必要とする.
(日本診療録学会誌)