中通総合病院職員の皆様に --年頭のご挨拶と所信--(2007.1.9) |
1 はじめに |
1. はじめに
新年明けましておめでとうございます。
2007年初頭の医局会を迎えるにあたり、新年のご挨拶と今年の所信を申し上げます。
6年間続いた小泉政権は終焉しましたが、この間、医療情勢は悪化の一途をたどりました。安倍政権に交代し一縷の光が射しこむか、と期待されましたが、発足後3ヶ月余で、様々な不協和音が生じ始めており、先々が不透明です。
このような中で、今年は一体どんな年になるのでしょうか?
私どもは今年をどの様な年にすることが出来るのでしょうか?
今年、特に強調したいキーワードは「外来再編成と新看護体制の取得」、「DPC調査対象病院に参入」、「病院の新築を指向した運営の盤石化」です。
なお、「基本的理念」、「中期計画の尊重と職員のコスト意識の高揚」、「医療の安全対策、危機管理、苦情対策」、「診療科の後継者対策、マンパワー対策」、「問題を発信していく医療機関として」等についても重要性は何ら変わっておりませんが、今回は時間の関係で省かせていただきます。これらについては2006/1/8の「2006年 年頭の挨拶、所信」をご参照下さい。
2. 2006年を振り返る
2007年は当院の将来を大きく左右する重要な節目の年になります。それをご理解いただくために2006年をザッと振り返ります。
1月は豪雪と共に明けました。特に1月4日夜から朝にかけては一晩で70cm超の積雪となりました。早朝、腰まである雪をかき分けながら、歩いて出勤した職員もいたと聞いております。各職員が必死に病院を守ってくれました。心から感謝いたします。
3月に病棟利用率、機能を向上させるために病棟を再編し、診療部長・診療科長の任務を見直し、統括科長職を新設し、病棟機能の向上を図りました。この部分については、2006/2/6「中通総合病院職員の皆様に-病棟再編についての考え方-」をご参照下さい。
4月以降、医療界はマイナス3.16%もの診療報酬削減と、介護保険給付療養病棟の廃止決定、新看護体制新設などの数々の衝撃の中で病院運営が強いられました。全医療機関に遍く及ぶ問題とは言え、地方の私的総合病院である私どもにとって、その影響は大きく、病院運営はとりわけ厳しいものになりました。
5月に病棟部門からオーダリングを導入し、暫時機能が拡大されております。しかし、関連部署及び看護師の超勤時間が増加しました。この状況は可及的早期に解決しなければなりません。
6月の法人管理職会議において新看護体制についても論議されました。看護師の業務改善、病院運営の双方からみて軽視出来ない制度として、DPCと共に検討を開始しました。
7月には、当院ともう一つの病院が地域がん診療連携拠点病院として国の要件を満たしていながら、県の姿勢が問われ、国の認定を受けられませんでした。10月の再推薦の折には県は候補病院を絞り込めない、と言う不可解な理由を挙げで秋田市内からは一ヶ所も推薦しませんでした。何処よりも近い立場にいると考え、認定に向けて努力をしてきただけに、とても残念です。
8月には管理会議のメンバーを中心に17年度の上半期の部門別収支のデータを基に病院運営の検討を行いました。外来部門は高い人件費率のために収支状況が悪く、外来部門の改善が病院の経営状態改善のポイントの一つと考えられ、外来再編成の検討を進めました。
9月末には待ち望んだ医療評価機構の認定書が届きました。
10月には病院満足度ランキングの上位にノミネートされたとの嬉しいニュースも届きました。
11月から外来にオーダリングが導入され、予約制がスタートし看護師の業務内容が変わりました。
12月以降、ノロウイルス感染症が著増し、対策に奔走しました。過去の経験を基にICTは今回も成果を上げましたが、救急車搬入の制限、入院制限などをせざるを得ない状況にまで達し、病院の運営上では再び大きな打撃を被りました。トイレ、手洗い設備が各室にない病棟の構造が感染の蔓延に関連していると考えられ、今後は消化器系感染症時の危機管理対策として新棟の利用が必要です。
3. 2006年を収支の面から振り返る
当院の2005年度の最終的収支は、対予算比で7500万円不足、前年度実績比で3600万円不足でした。法人としては他の院所の収入と、保険診療の会計区分の変更などもあり、予算比でプラス300万円でした。このように、当院の収支は額が大きいだけに法人全体の運営に大きな影響を与えています。当然、法人運営上で責任は大です。
4月以降、3.16%減額された診療報酬のもとでの診療が強いられました。
第一四半期は比較的順調だったのですが第二四半期から収支状況が悪化しました。
上半期(4-9月)の収支は、対予算比で1億1600万円の不足、前年度実績費で4860万円不足、と僅か半年で前年度の倍の数値となり、危機的状況に至っています。その状況の詳細と下半期の当面の対策の提起は11月15日の拡大診療科長会議での配布資料、「2006後半の計画と対策」をご参照下さい。この中でポイント患者数の確保と単価の確保です。
10月に病床利用率が一時回復しましたが、その後も低迷が続き、更に12月にはノロウイルス感染症が著増し、救急車搬入の制限、入院制限などで病院の運営上では引き続き厳しい運営が強いられています。前回のノロウイルス感染症の蔓延での経済効果は約マイナス5000万円とでしたが、今回はその時を凌駕していると考えます。
慢性的な収支悪化の主たる原因は患者減と診療単価の低迷です。
外来での患者数減は増え続ける長期投与と周辺の診療所の増加の影響が大きいと考えます。前者については対策が可能ですがので是正を常に呼びかけていましたが、目に見えるような効果は現れていません。秋田市内に最近10年間で約60の診療所が新規に開業しました。
病棟の利用率低迷の原因には、入院適応患者の減少もあったと考えられますが、これについては更に分析が必要です。それに加え、各病棟での臨機応変な入退院コントロール機能が不十分であった事、診療部長・統括診療科長の機能が十分に発揮されなかったこと、も要因として挙げざるを得ません。
単価の低迷の一因はマイナス3.16%の診療報酬の減の影響は勿論ありますが、医師のコスト意識にも問題があると考えます。
4. 今後の病院運営
(1)医療人のよろこびを具現するために
いつも強調しているように、全職員の医療人としての自覚とよろこびを基に、安全で良質の医療、あたたかい看護を提供し、住民に選ばれる医療機関であり続ける様努力することの意義はいかなる医療制度、医療環境のもとでも価値を失うことはありません。この様な「医療の冬」だからこそ、むしろその意義は大きくなっていきます。本日は時間の関係でこの部分について述べられないのが残念です。
(2)7:1看護体制の取得とDPC対象病院参入
自分達がやりたいと思う医療を展開するには健全な病院運営が必要です。そのためには経営基盤を立て直し、かつ、盤石化する必要があります。
そのためには、全職員のコスト意識の向上を基にして、一定数以上の患者の確保と診療単価の維持、支出の削減も常に重要な課題です。
しかし、これから一層厳しくなる国の低医療費政策、秋田市の医療環境の変化、人口の動態、高齢化からみて、これらの基本的な努力のみで一定の収入を確保することは徐々に困難になっていきますし、現状のままでは不可能になって行くと予想されます。
国では国民の医療費を削減する一方で、一定の要件を満たした医療機関、すなわち、新看護配置基準、DPC対象施設には厚い診療報酬を用意することで医療の一層の効率化を目指しています。この流れに乗ることは単なる時流に即応すると言う軽いものでは決してありません。これら二つには、日本の医療の行く末を考えたときに避けて通るべきでない、重要な意義も含まれております。
そのため、当院では次年度から7:1看護体制の導入を目指し、準備を進めています。また、平成20年度からDPC対象病院となる事を目指し、次年度にDPC準備病院に参入する準備も開始しました。
(a)7:1看護体制とは
看護職員配置の表記は業務実施時の実質配置として表示することとなり、従来から当院が採ってきた2:1看護配置基準は新表記では10:1看護配置と呼ばれます。
この4月に急性期病院の看護配置として新たに7:1(旧表記1.4:1)基準が設けられ、入院基本料も相応の水準になっています。この新体制の要件は、看護師比率70%以上、平均在院日数19日以内であり、当院は取得不可能ではありません。
この看護配置の新基準の取得は看護師の業務の改善と当院の今後の運営の成否を分ける最大の要素になりますので、次年度からの取得を最重要課題としています。
この基準を獲得するためには、看護師を増員するほかに、病院内及び法人内の看護師を一定数病棟配属にする必要があります。特に部門別収支の検討で人件費比率が大きな問題になっている外来部門、及び、診療報酬改訂で減収が余儀なくされた療養病棟の看護師配置は基本的に法定配置とします。ICUの病床も減らさざるを得ないかもしれません。
そのために外来の再編成を進めなければなりませんし、ICUも、療養病棟の入棟基準も業務内容も、見直さなければなりません。看護師の再配置後の業務の進め方については、早急に具体的に検討に入ります。
この新看護配置の獲得は、後述するように看護師の業務改善のためにも、当院の運営上でも、法人にとっても、決定的な意義があります。万難を排して実現しなければなりません。そのためには当院だけでなく、法人内の全院所の理解と協力も必要となります。
「そんなことは出来ない、不可能だ」と言うのではなく「どうすれば成し遂げることが出来るのか」と言った発想で受け止め、考えて頂きたいと思います。
この場を借りて、法人内全職員のご理解とご協力もお願いいたします。
(b)DPC(Diagnosis
Procedure Combination
診断群分類)とは
日本の医療保険制度は原則として出来高払いですが、医療保険財政が厳しくなっている今日、医療の質と効率とを両立させる必要が求められています。
そのため診断名と医療行為の組み合わせによって患者を分類するのがDPCで、分類された患者群ごとに標準的な支払額を設定する包括払いです。先進国でDPCを持たない国は日本だけです。
診療報酬は病院費用部分、すなわち病室の利用、検査、薬剤などが包括されます。他方、手術料や麻酔料といった「医師の技術料」は出来高払いとして残ります。DPCでは、病室の利用料や検査、薬剤が包括対象となりますので、在院日数は短縮され、検査、薬剤は必要不可欠なものだけに限定されることになります。
粗診粗療を予防するために予め医療機関の医療レベルを評価する仕組みが必要となりますが、これがDPC調査対象病院です。現在、DPC対象病院が全国で360病院、病床数では177.703床で、調査対象病院が371病院、114.022床です。これが全部DPC対象病院となることを希望し認可されますと全国で731病院、291.725床となり、国内の一般病院の病床の32.3%に相当します。
調査対象病院も今後大幅に増加することが予想されています。
今後、急性期病院としてはDPC対象病院であることが求められます。その要件は、看護基準10:1以上であること、診療録管理体制加算を算定していること、標準レセプト電算マスターに対応したデータの提出を含め7-12月間の退院患者に関わる調査に適切に参加できることが必要ですが、当院は十分に合致しています。
5. 2007年予想される医療情勢について
(1)国の経済状況について
今後の医療情勢を語るのにまず国家の経済の諸問題から始める必要があります。
今のわが国には経済的余裕は殆どありません。何しろ、17年度末で774兆円もの尋常でない長期債務残高を国と地方が抱えています。この状況は先進国で最悪の状況です。一時45兆円ほどにまで落ち込んだ税収入は昨年度53兆円と多少増加したと言え、来年度国家予算80兆円超であり、更に25兆円の国債を新規に発行するので、破産状態からの脱却はまだまだ遠い夢でしかありません。
国家の一般歳出経費47兆円の中で社会保障費は41.6%を占め、医療費は17.1%と単独項目では最大規模です。従って、政府や政治家にとって医療費抑制が国家財政の立て直しに必要とみなしています。従って、今後の医療界は厚労省ではなく、財務省の論理で厳しい扱いを受けると予想されます。
国は2011年度には、一般歳出を借金に頼らずに賄うとした「骨太の方針」を決定しました。その実現のためは聖域なき歳出削減が必要とし、社会保障費も年間で2200億円も抑制する、という厳しい方針を設けています。
勿論、だからといって私どもは黙っている必要はありません。医療の現場を実際に担っている立場から国の医療行政の問題点については積極的に発言していかなければなりません。
(2)安倍内閣に医療環境の改善を期待できるか
9月、安倍内閣が誕生しました。安倍首相は若さと、小泉前首相とは少なくとも何かは異なるであろうと言う期待感で、発足当初こそ63%程の高支持率を得ていましたが、最近では47%にまで急降下しています。就任3カ月にして、安倍首相は早くも剣が峰にさしかかっていいます。
閣議決定というのはとても大きく、重みがあります。それには首相の意向が重要ですが、厳しい国の経済状態と不安定な政治情勢で、安倍首相の指導力は揺らいでいますので、今年の医療界に何らかの明るい光が射さす期待感は遠のきつつあります。
従って、今年も、今後も厳しい医療環境が続いていきます。
(3)崩壊しつつある地方の医療と財務省、厚労省の意向
大都市圏以外の医療の現場では、特に地方では医師不足、看護師不足のために医療崩壊が生じてきています。秋田県も決して例外ではありません。
しかし、厚労省は医師も看護師も不足しているのではなく、偏在と病床数が過剰のためであり、病床数が適正になれば、人数は十分足りてくる、とあくまでも強硬です。
厚労省は、医療費の高騰は病床過剰と在院日数の長さにあると見ていますので、今後は病床削減に結びつく政策を次々に打ち出して来ます。その方法は経済的な締め付けによる、医療機関同士の生き残り競争への誘導です。
(4)診療報酬の傾斜配分、その財源は弱者から絞る
今の医療機関は経営的には殆ど余裕がありません。マンパワー、設備投資等の予算配分は最小限に抑えられ、青息吐息の状況で、存続すら脅かされています。加えての今回のマイナス3.16%の診療報酬の削減は全医療機関にとって大打撃となりました。疲れ果てている駄馬にムチをあてる様な厳しい政策です。
一方では、厚労省はアメに相当する施策も実施してきました。
即ち、DPC対応病院、及び、7:1看護体制導入病院への厚い診療報酬です。
今回のマイナス3.16%もの診療報酬の削減で小泉内閣は医療費のパイの伸びを小さくしました。この時、小泉首相が、救急分野、小児医療分野、周産期分野は報酬を厚くするよう指示したために傾斜配分となり、その財源確保のために慢性期の老人医療が標的とされ、リハビリテーション、療養病棟の診療報酬は一層激しく削減されました。
今回、厚労省はDPC対象病院の拡大と、7:1看護体制導入を行いましたが、両者には厚い診療報酬が用意されています。DPC対象病院には出来高払いに比較して3-6%の診療報酬が上乗せされていますし、7:1看護体制を取得した場合の入院基本料は1269点から1555点にアップされます。ここでも医療財源の傾斜配分ですが、その分の財源は他から補給されることは考え難く、DPCと7:1看護体制を採らない医療機関への一層の締め付けによって産み出す、と予想されます。
(5)一般病床は90万床から60万床に 目標ラインは45万床に
医療機関は、今後、否応なしに生き残りをかけた競争の中に誘導されて行くことになります。その過程を経つつ、90万床が徐々に60万床に、更に45万床に、と厚労省の病床削減の目標が自然と達成されて行きます。
今、厚労省は、というよりは財務省はそんなシナリオを描いて医療費抑制政策を次々と出してきている、と私は考えます。
そのような中で、今、私どもはどの様な判断をすべきなのか。
結論は一つだと考えます。それは、安全で良質の医療を提供し続けることと経営基盤の安定を成し遂げること、です。
6 おわりに
今年も大変長い話になりました。
今回は特に話題を病院の運営に集中して述べさせていただきました。
今、私どもは病院の運営上で真に正念場を迎えている事、これからの厳しい医療情勢を力強く乗り切っていくためには業務上でかなりの変革が求められること、を全職員の皆様方にご理解願いただきたかったからです。
実際には触れなかった分野にも問題は山積みしております。それらについてはまた機会を改めてお話し致したいと思います。
最後に、この厳しい医療情勢を鑑みたとき、近い将来、秋田市内の病床数はどう見ても過剰になります。その時、中通総合病院がどのような形で存続していくのか、今から真剣に考えていかなければなりません。旧病棟はアメニティだけでなく、感染症危機管理の面から見ても機能が不十分です。だから、私は「中通総合病院は、改築なくして存続なし」と思っております。
本日の三番目のキーワードとして「病院の新築を指向した運営の盤石化」を挙げました。医療情勢が厳しい中であまりにも目標が大きく、その準備の前に達成しておくべき課題も多数あり、本日の時点でそれらについて具体的に述べることは出来ませんが、「外来再編成と新看護体制の取得」、「DPC調査対象病院に参入」は、新築への長い歩みのうちで欠くことが出来ない一歩です。絶対に避けては通るべきではないと考えます。
挨拶を終わるにあたって、私は院長に就任した際に挙げた3つのキーワード、すなわち「挨拶」「笑顔」「ディスカッション」をもう一度ここで強調しておきます。この三つは人間関係の基本です。これを欠くことは困難を解決する糸口を閉ざすことでもあります。
院長室は私がいるときには扉が開いています。気楽に訪れて意見を述べて欲しいと思っております。勿論、メールでも結構です。
平成19年を希望に満ちた明るい年にするよう、種々の提起と、院長としての考えを述べ、全職員のみなさん方のご協力をお願いし、年頭のご挨拶とさせていただきました。
(本稿は1月9日の医局会用に準備した挨拶文に若干加筆したものです)
(2007/1/9)
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