病理解剖の勧め

思いがけない経過をたどり患者が死亡した様な場合



 患者の急変の際、生命維持のための治療を最優先する。それでも一部の方々は治療に反応せず,見る見る状態が悪化し死の転帰を取る。この間急変の原因を検討するための検査を行う余裕なども得られないことも少なくない。

 従って、この様な予想外の経過をたどった方々の死因を明らかにするためには是非とも病理解剖を行うべきである。しかし、実際には遺族の承諾が得られるとは限らないが,それでも死因をめぐって後に遺族と医療者側の間に紛争が生じたり、裁判に至ることもあり,両者にとってもはなはだ不幸なことである。この様な場合,医療者側は推論を組み立てて説明をすることになるが,なかなか理解が得られず,感情的トラブルにまで発展していく。
 病理解剖が行われていれば,このような場合、不幸な経過をたどることはより少なくなるので誠意を尽くして説得すべきである。それでも納得が得られないときは,場合によっては司法解剖の手続きに進めることもやむを得ないかもしれない。

 まず一般論であるが,死因解明のための解剖の種類は、(1)病理解剖、(2)行政解剖、(3)司法解剖(4)承諾解剖に分けられる。
 
 (1)病理解剖は、遺族の承諾を得て行うもので、いわゆる、一般に行われている解剖で死体解剖保存法7条に記載されている。患者の死因が明らかでない場合、あるいは医師にとっては納得できる場合であっても、患者遺族がその死因を納得しないと思われるとき等には死因を明確にするために是非とも解剖を行う必要がある。この解剖は遺族の承諾を得て行うことになる。また,紛争に発展しかねない場合などには、先々のことを考え第三者の医療機関で病理解剖を行うことも検討する必要がある。

 (2)行政解剖は、監察医制度が施行されている地域でにおいてその死因を明らかにするために監察医によって行われる解剖を言い,死体解剖保存法8条に記載されている。行政解剖は昭和21年GHQの命令で設置された監察医制度として、東京都に監察医務院、大阪府、兵庫県及び横浜市に監察医事務所が設置されて行われている。他の都道府県では、大学の法医学教室で類似の解剖が行われている。監察医制度が施行されていない秋田県においては行政解剖は行うことができない。

 (3)司法解剖は、犯罪に関係ある死体、またはその疑いのある死体について学識経験者が検察官、警察官らの嘱託にもとづき、裁判官の許可を得て行う解剖を言い,刑事訴訟法168、223、225条に記載される。

(4)承諾解剖(第7条行政解剖)は病院外で死亡した場合など、死因が明らかでなければ、解剖するという制度で,秋田県では平成8年以降、秋田県医師会の事業として、県からの補助を受け県警の協力のもとに行政解剖に準ずる方法で異常死体に対して実施している。この承諾解剖は医学的あるいは社会的見地から死因などを解剖により明確にするべきと検案医師が判断したものが対象になり、法的強制力はなく、遺族の承諾が必要である。
 

 思いがけない経過をたどり患者が死亡した様な場合で、病理解剖について遺族の承諾が得られないときであっても、場合によっては解剖が出来ることもある。医療事故等,あるいは全く予想外の経過によって患者が異状死をとげたときの解剖は、一般的に次のような経緯で行われる。

 まず、患者遺族あるいは医師または医療機関が、所轄警察署に届出する。この場合,医師法上は医師が所轄警察署に届出しなければならないと言う規定はない。届出を受けた警察署は、死亡の状況や死因を調べる。これが行政検視で,検視の結果で死因を明らかにする目的で行われるものが行政解剖である。

 行政検視で死因が犯罪や業務上過失致死罪と関係あるか、その疑いがある場合には変死体として検察官に報告し、検察官(実際には警察官が代行)が司法検視を行う。司法検視の結果行われるものが司法解剖である。ここでは遺族の承諾の有無は関係しない。

 遺族からの承諾をどうしても得られない場合、解剖を諦めるのではなく、所轄警察署に届出して、司法解剖の道を検討することも必要である。その際、医師らが警察による取調べを受けるなどの負抵がかかることになる。しかし、これらの負担も、紛争化した場合のことを考えれば、十分検討に値するものと思われるし,病院が警察署に届出して司法解剖が行われていれば、裁判にまでは至らない場合もあると考えられる。


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